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6 独唱(1)

 水曜日の朝一番にとうとう正式発表された。

 麻生先生の出席簿が教壇からどでかく見える。クラス全員を見渡しつつ、まずは実力テスト取り組みの感想をさらっと述べた後、 

「とはいえだ。夏休みのいわゆる自由研究がなかなかみないいもの作っていて、担任として俺は非常にうれしいんだ。いや、読物としてみなよく出来てるぞ。お前らの悲惨な答案にマルつけるよりはな。それでだ」

 かなり無理やりに自由研究の話題へとつなげていった。

「今日は、報告がある」

 ちらと乙彦に目線を走らせた後、麻生先生はにんまり笑いながら続けた。

「その自由研究を先生方全員で読みまくった結果、関崎のまとめた『青潟の石碑地図』が高い評価を得て学校図書館に製本して保存されることになった」

 ふわりとざわめき。男子も女子もみな顔を見合わせている。

「関崎くんが?」

「すごいよそれ」

「関崎すげえ」

「やっぱお前か最後はあ」

 最初何を言われたのかがつかめず様子を伺っていたつもりだったが、ふと気づくと脇から古川こずえが手をひらひらさせている。ついさっきまで古川とは合唱コンクールに関しての意見交換を行っていた。真面目な話をしていたつもりだったのに、やることはやはり相変わらずだ。

「おーい、どーしたー! 目、覚ませ!」

 手を目の前でひらつかせている。悪いが目はギョロ目になるほどでっかく開いている。 さらに後ろからも藤沖ががっちり肩に手をおいてくる。やはりきた。

「すごいぞ、関崎、さすが外部生のスターだ」

 そのあとしつこく叩きまくるのは勘弁してほしい。夏服のシャツに藤沖の本気張り手はかなり響くのだ。さらに片岡が乙彦の顔を覗き込むようにして、

「すごいな、やっぱりすごいな。今度、見せてくれるかな」

 まさに無垢としか言い様のない笑顔で語りかけてくる。

「いや、俺ひとりで作ったわけじゃないんだ」

 言い訳も麻生先生の声にかき消される。少しざわめきがやんだ。 

「本当ならば何作か素晴らしい自由研究を選んでその上でコンクールを行おうという予定だったんだ。だが先生たちと協議を重ねた結果、今回のトップが関崎をはじめとする有志による作品であることが動かない以上、もっと他の奴のものについては別の次元で考えるべき内容なのではという結論に達した。ある意味、お手本なんだ」

 これはお礼を言うべき場面だろう。乙彦は立ち上がった。

「どうもありがとございます!」

 麻生先生に一礼してみた。なんだか別の奴らにも頭を下げねばならないような気がした。さらに反対側に、東西南北全部頭を下げた。

「おいおい何やってるんだ関崎、全方向に礼してどうするんだ」

「僕の力だけではないんですが、高い評価をありがとうございます。みんなのおかげです」

「いや違うだろ。お前の実力だろ」

 からかうように麻生先生がつっこむ。いや違うと言い切りたい。

「いえ、この学校に来なかったら、石碑なんてものに興味持つわけなかったですし、このクラスにいなかったら自由研究を真面目にやるなんてことを考えることもなかったと思います。やっぱり、このクラスのおかげだと思うので頭下げました」

 噴き出すささやきと同時にどこからともなく拍手が始まった。麻生先生も満足げに乙彦をみやりながら、

「いやあ、お前本当に教師殺し野郎だまったく。自覚してないだろ? まあいい。とにかくこれから詳しい話はあとでいろいろすることにしようか。とりあえずはこれから始まる合唱コンクールに向けて、少し気合入れるぞ。藤沖、どうなんだ調子は」

 藤沖が答える前に古川が「はーい」と挙手して立ち上がった。

「さあこれからですよこれから! 藤沖や関崎に手伝ってもらっていろいろやってますから先生、心配ご無用」

「古川、お前相当、ご褒美に飢えてるだろ」

「先生もちゃーんと用意しといてくださいね」

 いつもの掛け合いにまた沸く教室。ふと乙彦が気づくと、立村が静かに振り返りこちらを見つめていた。


 この報告は乙彦だけではない、お隣B組、さらに遥かなるD組にも伝わったはずだ。昼休みを待ちかね乙彦は教室から飛び出した。給食後の教室では古川率いる有志たちが楽譜にかじりついていたがこちらには優先順位があるというものだ。図書館に向かうことにする。かならずあいつらいるはずだ。

「関崎」

 声を掛けてきたのははるかなるD組の名倉だった。まだ学年五番の祝いをしていない。肩にいきなり手をかけてきた。言いたいことはなんとなくわかる。

「めでたいな」

「ああお互いに」

 思わず笑い出したくなる。名倉もあまり口には出さないが、それなりに嬉しいのだろう。誘っていつもの図書館テーブルを占拠する。もうひとりの紅一点はまだのようだ。

「静内はまだだな

「あいつはそれどころではない」

 さっそく事情を聞くことにする。クラス男子と今だ馴染んだ様子のない名倉は英語科の乙彦と違い、静内とつるむ機会が比較的多い。

「何があったんだ」

「例の合唱コンクールだ」

 名倉は額を手で拭った。

「俺の知る限りかなりのスパルタ特訓をしていると聞いたが」

「そうだ。本気出してるぞ。ただ何人か離反している奴がいるらしい」

「男子か女子か」

「静内が言うには女子とのことだ」

 たぶん清坂のことだろう。名倉にも同じことを愚痴っているらしい。

「実際は多数対その女子という組み合わせでもめているようだが」

「俺もそれは聞いたな」

 乙彦がつぶやくと名倉は首を振り続けた。

「ひとり、やたらと人間関係にだらしない女子がいて、担任からも注意されているらしい。静内もいろいろと注意するらしいが無視するとのことだ」

「だいたい誰かは見当がつくんだが、そんなにだらしない印象はないが」

 清坂が、ではなく付き合ってきた立村の名誉のためにも伝えておいた。

「俺もその女子は知らないが、奈良岡の友だちなので悪口は言いたくない」

 結局そこか。名倉のピンポイントチェックはいとしのお姫様につきる。夏休み中のそうめんパーティーでも奈良岡彰子と直接話をしたが、確かに清坂美里や古川こずえとは親しい友人だとは聞いていた。

「だがなんであんなに静内と相性が悪いんだろう」

「あいつは不潔な人間が嫌いだ」

 投げるように名倉が説明した。やはり乙彦にはわからないことを互いに語り合っているらしい。

「人間関係においてだらしなかったり、いい加減な生き方をしている奴は生理的に受け付けないと言っていた。ちなみに担任も同じ趣味らしいのでえらく静内は気に入られているらしい。あいつ自身は迷惑がっているようだが担任にひいきされているとのもっぱらの噂だ」

「じゃあなんで俺たちとカラオケ行ったりするんだ?」

 乙彦は名倉に問いかけた。最大の謎だ。

「だらしない人間は嫌いでも、変人は好きだということだろう」

 身も蓋もない答えだった。

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