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5 初秋の雨(3)

 静内と家近くで分かれてから、乙彦はそのまま部屋に潜り込んだ。

 青大附高の宿題が山のようであたふたしていると言えば、うるさい母もそれ以上はせっついて来ない。兄も弟も外に出払っている。部屋はひとりで使い放題だ。


 ──やはり立村とも、折を見て話し合ったほうがいいのか。

 あまり女子同士のトラブルには口出しをしたくない。ましてや静内は外部三人組の仲間だし、清坂も中学時代の縁がそれなりにある。できれば仲良くとはいかなくともクラス替えまで無事に過ごしていただきたい。

 だが、

 ──静内があそこまで文句を言うくらいだから相当、なんだろう。

 一学期観察してきた限り、静内は女子たちと適度な距離をおいて付き合い、特定の仲良しを作って張り付くということがない。いや、外部三人組で行動しすぎるというのも確かにあるのだが、妙な派閥を作りたがるとかそういったことはないのではないか。現に乙彦は静内と親しい女子の名前をひとりも知らない。静内の口から出るのは「B組のクラスメート」というひとかたまりを表すものだけであり、特定の人物名はめったに出てこない。

 その中で唯一個人名が把握できるのが、清坂美里だ。

 それもあまり心地よくない響きとともに。

 

 もしどちらの肩を持つかと言われれば、乙彦は一瞬のためらいもなく静内の味方をするだろう。気心知れているというのもあるが、今までの経緯を把握した限りどう考えても清坂が余計なことをし過ぎている。

 静内が求めていることは、

 ・やるべきことをやっていただきたい。

 これだけだ。極めてシンプルな内容だ。

 また、

 ・評議に余計なアドバイスをしないでほしい。

 これも道理だ。過去の経験を生かしたいからという清坂の善意は、静内にとってかえって負担だろう。学校側の対応も、内部持ち上がりの生徒たちのやり方をいったん白紙に戻す形で通そうとしている以上、評議委員となった静内のやり方にぴたりと合わせていくほうが順当なんではとも思う。静内がろくにやる気なしであれば清坂のアドバイスも有効だろうが。

 さらに意外なことはB組の男子たちからも清坂を見限る意見が多数出てきているという情報だった。これは乙彦も正直わからなくはない。あのまばゆい光はまぶしすぎるのではなくいらだたしい。距離の近すぎる接し方はできれば改めてもらいたい。元気印の女子が必ずしももてるわけではないということを、清坂は学ぶ時期に来ているのではないだろうか。あまり関わりたくないが、いざとなったら何らかの形で言う必要があるだろう。


 ふと、机の上に手紙が一通置いてあったのに気づいた。

 茶色の封筒で少し分厚い。ひっくり返してみると中学時代同じクラスだった男子の名前が書いてあった。封を切ってみると、十枚ほど写真が同封されていた。手紙はない。

 夏休み半ばに行われた、中学クラス会のスナップ写真だった。それにしても多い。

 乙彦の場合、生徒会副会長だったこともあってクラス幹事の担当にはならなかった。卒業時の学級委員が担当することになっていて、本式のクラス会はまだまだ後になるのだが、乙彦としてはどうしても卒業してから三ヶ月後の同級生たちがどう変わったかを確認してみたかった。勝手ながら乙彦は同級生数人をせっついて夏休み中の教室を借り熱く思い出話に花を咲かせたのだった。

 もっとも集まったのは見事に野郎がほとんど。女子も数人顔を出すだけ出したがさっさと逃げ出してしまった。それはそれで気楽でよい。中学時代の乙彦は女子と語り合うなんてことほとんどなかったのだから。また、現在の乙彦が青大附高でどれだけ勘違いされているかについてもあえて口にはしなかった。水鳥中学では「融通の利かないシーラカンス」でよい。現に送られてきた写真に映る乙彦はTシャツにジーンズといったきわめて質素なスタイルを通している。思い切り目立たないままだった。

 ──クラス会だと雅弘呼べないもんな。次回は仲間内でサッカーでもやるか。

 雅弘宅には夏休み中しょっちゅう出かけていたので久しぶりも何もないのだが、やはり中学の敷地で会うのとは違うような気がする。


 写真を封筒にしまい、あとで送ってくれた友だちに電話をしておくことに決めた。

 教科書を開き勉強に励もうとして本棚上のラジオを手に取った。

 ──まだ、明るいと電波がつかめないか。

 夏休み末からはまったBCL、夜に入ってからラジオのチューニングをしながら海外電波を取り込むといった趣味。何度か昼間も試してみたのだがなぜか普通のAMラジオ局しか拾えない。海外の電波が混線してくるのはやはり夜八時以降からになる。外は雨だし、どうだろう、今夜もそれなりに聴き取れるだろうか。

 ノートにメモした電波受信時刻と放送局……主にアジア諸国の日本語放送が中心だが……に眼を通す。さまざまな国の言葉も夜がふけるに従ってざらざらした雑音と一緒に紛れ込んでくるが、いかんせん聞き取れない。

 ──とりあえず今度、受信報告書を書いて見ることにするか。エアメールの書き方を調べておかないとな。いや、日本支局のある放送局もあるからそちらに送ればいいのか。

 誰か同じ趣味の奴はいないだろうか。

 ──英語なら立村に頼んで訳してもらうという手もあるが。

 つと、立村につながった。改めてノートを指でなぞってみた。

 ──あいつは洋楽が好きだと聞いたことがあるが、海外放送局など聴いたりしないのか。

 そういえば、立村とは青大附高に入学してから軽い趣味にまつわる話をあまりしたことがない。


 いろいろ面倒な問題が関わっていたり、立村が藤沖と不仲だったり、清坂が乙彦にからんできたりと歓迎できない話が多かったのは確かだ。今はさほどでもないが、立村も青大附高に入学後乙彦と距離を置きたがっていた時期もあった。乙彦としては不本意だった。ただそれゆえに、立村を客観的に観察する機会は増えたと思う。

 元青大附中の評議委員長というステータスを持ちながら、成績は中の中から下だとか、文系では学年五位以内にいつも入っているが理系がお話にならないくらいの体たらくのため、結局総合順位が低くなるのだとも。立村から直接聞いたわけではないが、他の男子たちや古川こずえから教えてもらった限りではそうらしい。

 また、元評議委員長だからといって他の生徒から尊敬されていたかというとそうでもなかったようだった。藤沖の問題はともかくとしても、女子たちの冷ややかな目線が哀れすぎる。伴奏を担当すると決まった時の女子たちが見せたあからさまな失望の態度もそうだ。幸い立村は男子生徒たちからは比較的受け入れられているようなので救われているとおろがあるのかもしれない。もちろん乙彦も立村を高く評価している人間のひとりである。

 ──俺はありがたいことに、水鳥中学のシーラカンス時代から進化することができたが、このままだと立村がだんだん化石になりそうだ。


 できればせっかく指揮者と伴奏者というなかなかの位置取りを得たわけだから、ここいらで少し立村とじっくり話をしてみたい。その流れでいけばもしかしたら、静内と清坂をめぐる面倒そうな問題の解決糸口が見つかるかもしれない。ついでに藤沖との関係にも雪解けが訪れるかもしれない。とりあえずは、今度学校で顔を合わせた時にでも、

「立村、お前、BCLって知ってるか。海外の放送局をラジオで受信する趣味なんだが」

 と声をかけてみようかと思う。うまくしたら、日本語放送だけではなく英語圏の放送局にもエアメール使って受信報告書を送りつけ、珍しいベリカードを入手できるかもしれない。まだ一度もベリカードなんてもらったこともない乙彦だが、立村との接触予定を組み立てているだけで心が湧いた。

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