5 初秋の雨(2)
──藤沖も悪気はないんだろうがな。
バスに乗り込み、最奥の席で静内と二人揺られながら乙彦は指を折って数えた。
「何計算してるのよ」
「ああ、もう半年経ったんだな」
「そうか、そうだね。あと二年半しか残っていない高校生活かあ」
「まだ半年と言うのが普通じゃないのか」
それほど空いているわけでもなかったが、顔見知りの奴はひとりもいない。気楽に静内へ語りかけることができる。いつもならもうひとり名倉が混じっているわけだが、奴はやはりクラスの合唱コンクール練習に巻き込まれている。
「静内」
「何?」
思い切って呼びかけた。やはり、一度は言っておいたほうがいい。
「B組の揉め事は、清坂がきっかけか」
「だったら?」
間をおいて静内も返した。ひっかかりがあるということだけはわかった。
「俺も詳しいことはわからないが、もし意味もなくつっかかれるとか外部生だから文句を言われるとかそういうことが続くようだったら、俺からも話をしてもいい」
「何言ってるの。関崎が彼女と話してなんになるのよ」
静内は笑い飛ばした。当然のことながら乙彦は静内に、清坂美里からひまわりの花満開イメージの告白をされたことなど話していない。嘘は言いたくないので事実だけ拾い上げて答える。
「俺は別に詳しい事情を知っているわけじゃないんだが、それなりにつながりもある」
「それとどう関係あるのよ。関崎、余計なこと考えなくていいって」
首を振って笑いかけた。乙彦の言葉にいやな気持ちはしなかったようだ。
「なんだかね、面倒な人だなという気はする。それはある。一学期はほんっと今日の雨見たく鬱陶しかった」
「だいたい気持ちはわからなくもないが」
「でも、夏休み中いろいろ考えて決めたんだ」
鞄を縦にかかえ、静内は肩を一回怒らせて、すぐに戻した。
「あんまりちょっかい出してくるようだったら、こちらもそれなりに覚悟して勝負するしかないかなってね。まあ、表立って喧嘩してるわけじゃないよ。向こうも親切なふりしていろいろと力関係ひっくり返そうとしているのがまるわかりなだけ。根っこは悪い人じゃないんだなってこともわかるし」
「それもわかる」
一度は立村の恋人だった相手だ。
「だから面倒なのよね。向こうさんは私のためにお手伝いをって余計なこと言い出すけれども、それって迷惑以外の何者でもないの。それにもっというと、そう考えているのが私だけではないってことが、この夏休み中通じてよくわかったってこともあったし」
「B組で相当嫌われているのか」
しょっちゅうA組の古川と一緒に行動している姿を目にしている。清坂にとってB組は居心地がよくないのだろう。
「彼女が悪いわけじゃないのよ。単純にうちの担任とクラスメートたちの価値観が私と一緒だっただけ。いろいろ情報集めてみた限り附属上がり文化ってその中に入っている人たちにとっても苦痛だったのかもね」
よくわからない。静内の話を聞く限りだとA組ののんびりとしたムードは奇跡なのかもしれない。
「彼女がひとりで暴れているように見えて、それがうっとおしくてうんざりしていて、中には迷惑被る人もいて、という流れなのかな。ただ彼女には他クラスの味方が多い。ひとりだけ集中していじめるという形にはなってない。そこが救いね」
「いじめになったらまたこれは別の問題だろう」
「それはいや。絶対避けたい」
静内が清坂美里に対してここまでうんざり気分を表現するのは初めて見たような気がする。夏休み中はそもそも話題に上がらなかったが学校が始まればやはり目に入ってしまいいらいらも増大するのだろう。乙彦もあのひまわりパワーには圧倒されそうになるものの、傍において受け止めたい存在とは到底思えない。それにしても立村はなぜあそこまで性格の違い過ぎる清坂と付き合おおうと思ったのだろう。恋愛沙汰にはあまり触れたくないのだが、下世話な興味はなくもない。
「だから、今回の合唱コンクールでしっかり白黒勝負をつけたいの」
「勝負と来るか」
「そう。ねちねち嫌味の言い合いになるのは避けたいのよ。私が相手さんに求めているのは、余計なことに口出ししないで自分の仕事だけきっちりしてかかわらないでってことだけ。合唱コンクールであれば一生懸命歌って、練習にはきちんと参加してもらう。それだけでいいのよ」
「それだけで、そんなにもめるのか」
静内が要求していることはあまりにもささやかだ。それすら受け入れようとしないのか、あの清坂美里は。そうなるとどう考えても嫌がらせだろう。理由があるならまだしもだ。
「そう。先週の土曜も先約があるからってことで練習さぼられちゃったし。とりあえず土曜はすでに来週も予定があるんだって」
他クラスのやる気がありすぎるのかA組がのんびりしすぎているのか、さてどちらだろう。
「今の話で少し気になったんだが」
清坂美里の件でひとつひっかかったことを伝えてみた。
「確認したわけではないんだが、清坂は二週連続で土曜を休むと話していたんだな」
「そうみたい。まあ私が金曜にいきなり練習予定を組んだのも悪かったけど」
確か古川が話していなかったろうか。何かつながるものがある。
「もしかしたらだが、立村の練習に付き合ってやっているのかもしれない」
「あの、伴奏の人に?」
そこまで口にして、あっと声を挙げた。
「けど、まさか」
「立村の家にはピアノがない。練習は学校の音楽室と、あと古川の家で行うと聞いている。確か土曜の放課後、古川の家におじゃまして弾かせてもらう予定だと聞いた記憶があるんだ」
「でもそれ、古川さんでしょう?」
「古川と清坂は仲がいい。立村とも付き合いが長い。となると、三人か四人か、附属上がりの仲間内で一緒に行く可能性もあるんじゃないか。俺の推測だが。直接立村に聞いてもいい。古川に聞いても教えてくれるだろう」
「関崎あのさ、聞いてどうするのよ」
「理由があればお前だって納得するだろう」
静内がいらいらしているのは、明確な理由がない状態で清坂に好き勝手されることではないかと乙彦は勘ぐっている。二週連続となると、おそらく立村のピアノ練習を手伝うか何かしたいのではないだろうか。なにせ家にまで遊びに来るくらいの仲良しだったのだから、そのくらいのことはするだろう。
「関崎、もしかして私と彼女と人間関係うまくいかせたいとか思っておせっかいしてるでしょう? もしそれだったら心配ご無用。私、あそこまで感覚がずれていると合わせるとかそういう気になれなくなってしまうから」
「感覚、か?」
問い返す乙彦に静内は言い切った。
「伴奏者さんとあの人、もう別れているんだよね」
「詳しいことはわからないが、たぶんそうだろう」
「だったらなお変だよ。あの人、とにかく手当たり次第いろんな男子と遊んだりしているの見かけるもの。その中のひとりがあの伴奏の人だけど、一度きちんと別れたのにまだ、ああやってべたべたしている。人の価値感だから何とも言えないけど、あまり清潔な感じはしないな」
「あのな、静内」
あえて苦言を呈する。
「ならお前はなんなんだ? 俺や名倉と一緒につるんで自由研究やっていた一ヶ月はどう言い訳するんだ。こういったらなんだが、似たようなことしていると糾弾されたらどうするんだ」
さらっと静内は言い返した。
「私、関崎と名倉以外の男子とは遊んだこと一切ないけどね」