4 実力試験結果(5)
──生徒会出馬?
予想外の提案だった。口元を緩めて藤沖が話を進める。
「そう驚くな。俺も二年以降は生徒会役員もお前に合っていると思っていた。だがさすがに下準備が必要だろうしいきなりはどうだともな」
「生徒会役員と言われても、青大附高でそもそも生徒会の存在感はあまりないようだが」
せいぜい在校生との顔合わせイベントやさまざまな行事の節目には立ち会っているらしいがそれ以上の接点がない。
「いや、表立ってということはないが、生徒会の場合は主に渉外としての活動を行っていると聞いている。俺も元青大附中の生徒会長をやっていた身分だけにある程度のことは聞いている」
確かに、藤沖はこれでも元生徒会長だったのだ。忘れがちだがそうだった。
「附中が生徒会役員よりも委員会優先主義だったところもあるが、附高は全く別の組織として委員会と切り離すことによって独自性を出しているようだ。委員会は学内のイベントを中心に切り盛りし、そこで得たものを生徒会が外部に持ち出すといった形をだ。ある意味新しい形での生き残りを図っていると見える」
よくわからないが学校内に視線を向けていないことだけは確かのようだ。
「俺はそれが正しいかどうかはわからん。だがどちらにしても、附中のような先生がたの御用機関でもないしかといって委員会と不要なバトルを繰り返す場所でもなさそうだ。外へ、外へと向かう姿勢はまた面白いんじゃないかと思う」
「ならお前、なんで生徒会に出ようとしない?」
乙彦も尋ねてみたが、すぐに愚問だと気づいた。当たり前のことだ。
「理由は関崎も十分理解しているはずだろうし繰り返さないぞ」
「悪かった」
「俺がなぜ、いきなり方向転換したのかその理由を聞きたいんだろう」
藤沖はどっかりと座り直した。乙彦を手で招いた。
「あまりでかい声で話せる内容ではない」
「現在、一年の派閥らしきものはC組に集結している。一番勢力を保っているのが元評議三羽烏と呼ばれる天羽・難波・更科の三人だ。曰くつきのあいつらだな」
乙彦は頷いた。なんとなくそれは感じていた。
「青大附中の評議といえば権力の象徴みたいなものだった。まあひとり例外もいるがそれはあとで説明する。どちらにせよあの三人を分割せずC組に押し込んだ学校側の対処が実はまずってるんじゃねえか、というのが俺の憶測だ」
「かえって団結してしまったということか」
「そういうことになる。学校側が恐れたのは評議三人がばらばらのクラスに振り分けられることにより自動的に評議委員に押し上げられてしまうことだろう。だが、よりによってあのC組だ。中には影のリーダーたる南雲や羽飛もいる。ついでに女子では轟もいる。なぜあそこまでめぼしいやつらをC組にまとめてしまったのか。まずはそんなところになる」
「結構露骨なやり方だとは思う」
藤沖の観察力は鋭い。だが少し思い込みが激しすぎるような気もする。
「あの三人がなぜか、外部の生徒、厳密にいうと関崎に対してあれだけ敵愾心を持っているのか。お前を見ていればそれはよくわかる。余裕で内部生追い抜かれる恐怖があるんだろう。成績もそりゃあ最初はついていけないところもあったかもしれないがあっという間に今は追いついている。さらに一学期におけるさまざまな活躍ぶり、今回はさらに合唱コンクールでの指揮者ときた。これだけ目立ちかつ、クラスでも不要なジェラシーを背負っていない奴、そうそういない」
「褒められるのはありがたいのだが」
乙彦の言葉をすぐに遮る藤沖。
「もっとも、タイマン勝負をかけるとか姑息ないじめをするとかそういう奴らではない。俺も内部生の一員として言っておくが、人間として腐ってはいないと思う。だが、関崎が今後同じ土俵に上がってきたりしたら、またいろいろと面倒なことになるのは否めない」
「今のところ、規律委員ではさほど面倒なことはない」
「お前がそう思っているだけで、裏ではいろいろとあるぞ。たとえば南雲とか清坂とか」
またふふと、笑う。
「規律委員の状況も俺なりに様子うかがいしているが、これから先は南雲が本気でやりたいことを迫ってくるだろう。なにせあいつも附中時代は伝説をこさえてきた奴だ。また『青大附高ファッションブック』やら『裏の手芸部』とか『演劇部直轄衣装係』とかいろいろと仕事を請け負ってくるに違いない」
「そんなことできるのか?」
今のところ乙彦が規律委員としてしていることは週番と違反カード切りくらいだが。
「一年のうちはまだお客さんだ。これからが勝負時だろう。それも、後期の委員入れ替えがだ。十一月だな。そうなると南雲も黙っちゃいないだろう。俺なりに見越して、その上で関崎を評議委員に押し込むつもりだったのだが」
もう一度首をひねる。
「そうすると別の問題が発生する。お前はこの前、片岡家で焼肉食いながら規律の後釜に立村を置きたいと話していただろう?」
「ああそうだ」
「俺も、あいつとはいろいろあったとはいえ、腐っても評議委員長を勤めた男を評価していないわけではない」
意外にも藤沖は立村を評価するような言葉を発した。
「立場上あいつを褒めるのは悔しいが、第三者的に見た場合立村の持つ妙なカリスマ性は馬鹿にできたもんではない。男子限定で言えば面倒見はよいし手ごわい後輩を結構手懐けるのが上手いし、なにせな」
言葉を切った。乙彦も通じた。狐顔のあいつが浮かんだ。
「言いたいことはなんとなく理解できる」
「女子連中は立村を昼行灯扱いしているが、よくよく観察するとピンポイントでもてるなあいつ」
──そうなのか?
そちら系統では評価していなかったので意外な気持ちもあるが頷いておく。
「まあいい。立村がもし規律委員に潜り込んだ場合、恐らくだが青大附高の権力図は変わるだろう。しかもクラス替えのない英語科だ。学校側はクラス替えでいろいろと流動化を迫ってくるだろうが英語科だけは治外法権。いつのまにか立村の方に力が集まってきてしまいのちのち関崎が苦労する羽目になるのではというのが、ある」
「俺と立村とは比較的よい関係を保っていると思うし、今後もそのままでありたいが」
喧嘩したいとは思わない。むしろ立村を復活させてやりたいと切に願っている。いや、できればよい友人として永い付き合いをしていきたい。いい奴だし。
「お前らが個人的にそう思うのなら俺は何も口を出さない。ただ俺が言いたいことというのは、立村に付随する他の連中がいろいろと関崎に面倒をふっかけてくるのではという危険性だ」
──そういうことか。
ようやく藤沖の言いたいことが読めた。
「つまり、立村と元評議三人烏とかいう連中とのからみか」
「それもあるし立村はもともと南雲とも仲がいい。羽飛もあいつの味方だしなおのこと、現在C組でぶいぶい言わせている奴らがバックについてくる。南雲も立村が規律に入ってくれればやりたいこともやりやすくなるだろう。つまりだ」
藤沖は乙彦を指差した。
「立村の思惑とは関係なく、A組の評議委員たる関崎にC組中心の敵勢力が押しかけてくる形となる。これはやりづらいだろう」
──なるほど。
腑に落ちた。立村の思惑とは違うところ、まさにそこだろう。
「つまり、こういうことか」
乙彦はゆっくりと頭の中でまとめたことを藤沖に伝えた。
「不必要に立村のバックに立つ勢力と戦う愚を犯すよりは、全く切り離された生徒会のほうでやりたいようにやったほうがいいということか」
「さすが関崎だ」
ふと風が冷たく感じられた。まだ明るい日差しがぬるんでいる。
「もっとも生徒会に入るには役員選挙をくぐり抜ける必要がある。そのためにはお前にもう少し箔を付けてもらう必要があるかもな。その意味であえて俺は指揮者を押し付けたということになる」
あっけに取られた乙彦を前に、藤沖は高らかに笑った。
「まあ、まだ先のことだ」