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エピローグ 片岡邸忘年会(3)

 戻ってきた桂さんと約束どおりハリウッド・アクション映画のビデオにエキサイトしているうちに片岡たちも勉強の世界から戻ってきてくれた。時期はずれのクリスマスケーキを仕入れてきた桂さんがケーキを切り分けてくれたり、そのあとなし崩しにもつ鍋パーティーに突入したりわいわいがやがやしているうちに、いつのまにか日付は替わっていた。

「お前らも早く寝ろよ。てか、関崎くん明日のバイトはどうなんだい?」

「昨日でもう仕事納めです」

 青大附高の講習が終わるまでは休めない「みつや書店」だが、なんと来年は学校が始まるまでしばらく長期休業だ。あまり喜んではいけないことなのだがゆっくり眠れることはそれなりにうれしくもある。

「じゃあ、適当にのんびりと語るなり寝るなりしてろよ。ん? もう、ぶっ倒れている奴が一名いるな。おーい、ウッチー」

 内川はすでに、川の字に敷いた布団の中で安らかな寝息を立てている。勉強とおしゃべりと食い物とですっかり満たされているのだろう。

「ほんじゃま、司もまあ、適当なところで切り上げろよ。じゃあおやすみな。明日はせっかくだしどっか車で行くとすっか」

 言い残し桂さんが出て行った後、片岡はゆっくりと扉を閉めた。音を立てないように。


「しかし桂さんよくあれだけ料理するなあ」

 しみじみ感心した。ここまで乙彦が手伝ったのは皿洗いのみである。

「いつもああだよ」

「しかし半端なもんじゃないな。あの腕といいなんというか。料理人してたとか」

「どうなんだろう。俺もよくわかんない。気がついたらうちにいたんだ」

 目の前ですとんと眠りこけている内川を見つめながら片岡は微笑んだ。すっかり楽なスウェットに着替えて自分のベットへ足を伸ばしている。乙彦も着替え終わりたたむだけたたんだ後片岡を見上げた。こういう機会はそうそうない。せっかくなので聞いておこう。

「片岡、もしよければ聞きたいことがあるんだがいいか」

「何を」

 いったん言葉を飲み込むようにして片岡も答えた。

「泉州のことなんだが」

 切り出したとたん、片岡は両膝を抱えて頭を埋め込み、その後顔を上げてため息を吐いた。

「もう、全部知ってるよな」


 ──ある程度は、と答えたほうがいいんだろうか。

 もちろん泉州とは生徒会で一緒だし、あのグループ内では比較的話をするひとりではある。だんだん生徒会も微妙な派閥が見え隠れしてきて、なんとなく外部グループと元評議グループが一緒に行動することが多くなっていた。ただし阿木は一応元評議ではあるけれども三年後期のみということもあって外部チームの仲間ではある。

 あの期末試験後に聞いた内容も相当なものだったが、本当にすさまじい展開だったという……傷害事件とかなんとか……ところまでは耳にしていない。

「全部じゃないが、薔薇の花のことは聞いた」

「じゃあもう、わかってるんだよね」

 片岡はまだ膝を抱えたまま、搾り出すような声でつぶやいた。

「それでも泊まりに来てくれたんだね、ありがとう」


 ──礼を言われたくて聞いたんじゃないんだが。

 思わぬ片岡の反応に正直戸惑っていた。乙彦が確認したかったのはそういうことでは決してない。単純に泉州と片岡とのつながりに対して興味があっただけだった。これから生徒会活動を行うに当たって、片岡がもし泉州と仲がいいのであればそこらへんを通じてクラス女子ともなじんでもらえないだろうかとか、そのヒントがほしかっただけだ。決して片岡のしでかしたとんでもない過去を暴露したいとか、傷害事件を起こしたらしいあの彼女のことを掘り起こしたいとかそういうわけでは決してなかった。

「関崎、いいかな」

「ああ」

 しばらく黙りこくった後、片岡は大きく息を吐いたのち語り始めた。

「今の自分の立場がどういう風に見られているかってことは、よくわかってるつもりなんだ。一度してしまったことを償うことなんて、本当は絶対に出来ない」

 ──そうは思わないが。

 言いたいのを飲み込んだ。下手したら内川を起こすかもしれない。

「いろいろあって、俺は今こうやって青大附高に行かせてもらってる。すごく恵まれた立場なんだってことも自覚してる。してないように見えるかもしれないけど」

 ──してるんだろうな。

「俺は、まわりの人たちに許してほしいとはもう思ってないんだ」

 片岡はかすれる寸前の声でつぶやいた。

「関崎が俺をなんとかしてクラスの中になじませようってすっごく気を遣ってくれてることはありがたいと思ってるし、できたらずっと友だちでいてほしいって、そう願ってる。これ、泉州さんもおんなじなんだけど。たぶん泉州さん全部話してるよね」

 ──いや、肝心のところはまだなんだが。

「でも関崎、ほんとにそれ、無理しないでいい。ほんっとに、無理しないでいいから。俺はクラスで嫌われても、女子から気持ち悪がられてもいいんだ。ただ、俺のことを信じてくれた人たちだけが幸せになってくれたら、それでいいんだ。何にもできないかもしれないけど、そのためだったら、出来ることいっぱいしたい。それだけなんだ」

 ──だから、その薔薇の女子と。

 言いかけそうになりやめた。なんだか間抜けだ。

「俺、自分でも馬鹿みたいなことしてるって思う。やることなすこと子どもだとか、人の言うこと鵜呑みにしすぎるとか、いろいろ言われてるしその通りだと思うけど、内川くんみたいに俺のことをここまで信じてくれるんだったら、精一杯のことしたいんだ。冷静に考えて、正直厳しいってのは俺もわからないわけじゃない。けど、一生懸命やれば奇跡が起こるかもしれないって、どうしても信じたいんだ」

「わからなくもないが」

「それ、今までずっと俺がしてもらったことばっかりだから、恩返ししたいんだ」

 片岡はするりとベットから降り、自分の机の上に近づいた。音を立てぬよう引き出しから一枚のはがきを取り出し、静かにおいた。乙彦も立ち上がり覗き込んだが年賀状のように見えた。写真つきのもので、背景に藤のカーテンが広がり、和服姿の少女とその家族らしき人々の笑顔が写っていた。

「泉州の親友か」

 こっくり頷き、片岡はそっとそのはがきに手を置いた。目を閉じた。


 

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