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28 期末試験後(4)

 難波の割り込みで一瞬空気もこわばったが、結局はみな気の合う同士で好きなようにしゃべくりつづけ、泉州も続きの話を今度は声を潜めて聴かせてくれた。

「うるさい人がいるから端的に言っちゃうと、小春ちゃんがある男子にこっぴどい振られ方をしちゃって、口が利けなくなっちゃったのよね」

「口が利けない?」

 おぼろげながら聞いたことはある。泉州は頷いた。幸い更科と難波は清坂・羽飛となにやら頭をつき合わせて語り合っている。こちらには嘴突っ込むつもりなさそうだ。

「そうなんだ。いわゆるオーソドックスな、告白してごめんねってパターンじゃないからね。最初はなんとなくいいムードで付き合ってたのに突然手のひら返したようにきらわれちゃったんだ」

「何か相手の気に障ることでもしたのではないのか」

「どうなんだろう、ただ小春ちゃんは純粋にその相手男子に尽くしてたよ。好かれるためにありとあらゆる努力をしてたんだけど、結局はそれが重たかったらしくって。振られてもめげず想い続ける小春ちゃんにそいつとうとう、存在そのものが入学当初から大嫌いだったって叫んじゃったのよ。ずっと仲良く評議やってきたし一時期は付き合ったくせによ。なんなのこの手のひら返しって思うよねえ」

「確かに。嫌いなら嫌いとはっきり伝えておけばという話だな」

 ここまで聞くにあたって、片岡の恋人がそこまで殺伐とした過去を持っているとは思わず、今後もこの件については触れないで置いたほうがよいと判断した。

「で、そこでよ。いろいろあって言葉が出なくなっちゃった小春ちゃんに全身全霊で尽くしているのが片岡ってこと。やっと本命登場なんだけど」

 泉州はここでほっとした風に笑顔を見せた。やはり微笑むとどこかの外国女優と会話しているような気分になる。

「片岡はねえ、あんたも知ってるだろうけど一年の時にとんでもないことやらかしちゃったからね。女子から総すかん食ってるの。しかもそれをうまく学校側が隠しちゃったのとあいつのお家がお金持ちなもんだから女子たちから誤解されちゃってて、隠蔽工作して居ついている最低の金持ちぼんぼんとか思われてたんだよ。まあ私もなんなのこいつとか思ってたけど、小春ちゃんのこともあって観察してたらまあすることなすことめんこいったらないの。今時やる? 薔薇の花一本ずつテーブルにおいていくって」

「とげはないのか。そもそも薔薇は高いだろう」

「高いわよ。高級な薔薇らしいけど、それを毎日テーブルに置き続けたってわけ。なんなのこの、いわゆる小野小町って話じゃん? 小春ちゃんもそれにほだされたかどうかわかんないけど、片岡はこれで無理やりながら小春ちゃんに想いを伝えたってわけ」

 ──正気か、片岡、そこまで情熱を燃やしているのか!

 噂には聞いていたがさすが片岡、本気の様が怖い。

「それまですったもんだあったけどよくがんばったよ片岡も。それにご相伴して私も片岡んちによくお邪魔するようになってさ」

「あの高層マンションにか」

「そ。最近は高校のご学友のみなさまが中心でなかなか私もお邪魔できないでいるんだけど。あんた行ったことある?」

「一学期の終わりに焼肉パーティが行われたがあの時にいた」

 確かあの時、泉州らしき女子もいたはずだが見間違いかもしれない。尋ねてみると、

「いたよいたいた。私もさあ、桂さまに思いっきりおいしい肉分けてもらってはぐはぐしてたんだから。あそっか、じゃあ関崎、あんたも食いまくってたんだね」

「桂さんとうちの担任の麻生先生とががんばって仕切ってたな」

「あのふたり、B級グルメマニアなもんだから片岡の教育相談という名目でしょっちゅう食べ歩きしてるみたいよ。私も混ぜてほしいんだけどなあ。もつもラーメンもゲテモノ食いもなんでもありなんだけどなあ」

 ──なんなんだこの人は。

 難波がそんなにがみがみ怒るようなことでもない。なんともまあ片岡には心強い親衛隊がいたものだ。見直した。

「だが、片岡のその相手は今、この学校に居ないと聞いたが」

 腹がいっぱいになってきたところでもうひとつの疑問を尋ねてみた。

「ここから先は、ちょっとここでは無理そうだわ」

 泉州はちらと難波たちのグループを眺めてつぶやいた。

「あいつらが怖いわけじゃないんだけど、食事の席で盛り上がる内容じゃないよ」

 ──やはり面倒なことなんだろうな。

 泉州のしゃべってくれたことだけで十分、片岡の肩に乗せられた巨大な重荷を感じることができた。言葉の出なくなるほどのショックを受けた女子を救いたくて、傍からみたらアホにしか見えない薔薇の花の一件もそうだが、わざわざ自分の家に連れて行ってしまうくらいなのだから相当本気なのだろう。十六歳になるかならないかで結婚を意識する行動を取るなんて正直信じられない。


「みんなー、ちょっといい?」

 話もたけなわの頃、清坂がまわりにいた男子連中を全員席に追いやり、ぱんぱんと手を打った。すでに皿に盛り付けられていたパスタはすべて平らげられ、残っている料理もほぼわずか。

「今日はみんなといろいろおしゃべりができて本当に楽しかったんだけど、この場でどうしても私、言っておきたいことがあるんだけどいいかなあ」

「よっ、会長!」

 お茶らけた口調で更科が掛け声をかける。にやにやしているのは脇に控えている羽飛、むっすりしながらもふんぞりかえっているのが難波。阿木と名倉は仲良く顔を並べている。結構盛り上がったようだ。乙彦隣りの泉州はぼそっと、

「今日しゃべったのって関崎しかいないけどねえ」

 シビアな一言を放つ。

「実はなんだけど、これから生徒会を運営していくにあたってなかなか先輩たちの前もあって話せなかったことなんだけど、聞いてもらえるかなあ」

「早く話せよ」

 待つのが苦手なのか難波がきつく促す。

「ごめんね。つまりなんだけど、みんな気づいてると思うんだけど、うちの学校が最近少しずつ保守的になってるなあって思うこと、なあい?」

「なんだその保守的とは」

 名倉が尋ねたのに驚いた。隣の阿木がにこやかに微笑みながら名倉を見つめているのが気にかかる。

 清坂は細かく頷きながら、真剣な表情を変えずに続けた。

「たとえば、そう、附属上がりの人なら分かると思うんだけど今までは青大附属といえば委員会の部活動化とかいった風に、生徒たちの自主性に任せたイベントとかいっぱいあったと思うんだ。それこそビデオ演劇とか、ファッションブックとか。ね。覚えてるでしょ」

 乙彦と名倉以外は全員が頷いた。

「けど、高校にきたらそういう自分たちで試せる何かってのがほとんどなくなっちゃったと思わない?」

「まあな。確かにそれはあるわな」

 ほとんど清坂の騎士としか見られていない羽飛が相槌を打つ。

「でしょでしょ? 規律委員会も学校祭でそれなりに『幻の制服』とかなんとかやってたけど、思えば前期まともなイベントってあれくらいよ。なんか違うよね」

「清坂、お前の言いたいことはなんとなくわかるんだが結論を言ってくれ」

 さほど機嫌悪そうでもなく答えたのは難波だ。

「ああ、もう難波くんせっかちなんだから! つまりね、私たち生徒会で中学の頃と同じような自分たちでいろいろなイベントを作り上げたりできるような環境を構築したいの。外部の関崎くんや名倉くんにはぴんとこないかもしれないけど、生徒が自分たちでやりたいことを見つけて、それをどんどん実行しやすくする環境作りをしたいの! 今みたいに先生たちがすべて囲っちゃうのではなくて。できないとは思わないよ。だって、今まで中学ではできてたんだもん。高校に入ってできないってこと、ないよ、絶対!」

 拍手を送ったのは名倉だった。同時に他の連中もつられるように手を叩いた。乙彦も続いたが内心、

 ──みな、清坂を黙らせたいというのが本心なんだろうなあ。

 そんな本音も見え隠れしていた。

「ね! だからみんな、立場も思うところも違うかもしれないけど、やりたいことをやりたいと言えばチャンスが巡ってくるようなそんな学校を作ろうよね!」

 清坂も察したのか笑顔満面でまとめた。パーティションだけだと外に声が洩れる。やはりまずいだろうそれは。


 

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