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28 期末試験後(3)

 全員で盛り上がろうとか言っておきながら結局は分裂しているところがよくあることで、乙彦の相手はしばらく泉州のみだった。それはそれで面白い時間だったが。

「片岡もねえ、たったひとりでA組に流されてどうしたもんかと思ってたんだけど結構うまくやってるようで一安心ってとこ」

「ああ、あいつはほんとにいい奴だからな」

「ガキなのよどうしようもなく。ぼーっとしているのか泣き虫なのか全くわかんないけど、ああいうのってほっとけないんだよね」

 とかなんとか言いながらも泉州から聞き出せた、「片岡の謎の彼女事情」は貴重なものだった。


「小春ちゃんっていうのよ。西月小春ちゃん。名前だけでも聞いたことある? 私の大親友なんだけど」

「あるかもしれないが」

「あるに決まってるじゃん!」

 背中をぶったたかれた。口に押し込んでいたパスタが飛び出しそうになる。この男子を邪険に扱う態度、どこかの誰かにそっくりだ。

「痛い。食っている間に叩くのは頼むからやめろ」

「あれれ悪かったねえ。私は男子の場合あいさつだと思ってるけどねえ」

 がははと笑う。また頼みたいのだが、物が口に入っている状態で笑うのはどうかと思う。

 ──こういったらなんだが、ミスなんとかに選ばれそうな顔しているんだが。

 心底そう思う。もったいない奴だ。泉州はかまわずフライドポテトをつまみまくり自分の口に押しこんでいる。

「小春ちゃんはね、二年まで評議だったの。ほら、難波とか更科とか、会長さんとかと

一緒」

 まだ清坂のことを「会長」と呼べずにいる乙彦だが泉州はあっさり受け入れているらしい。

「入学した頃は元気いっぱいでね、とにかく弱いものいじめする奴が許せなくって男子でも女子でも関係なくぶつかってって。辛い思いしている子には自分から寄り添ってって。とにかく古い少女漫画のヒロインみたいな女の子だったんだ。二年の終わりまではね」

「二年の、終わりか」

 少し含みを持たせた言い方をする。泉州はここでしっかり口の中のものを飲み込み、コーラで喉を潤した。

「ほんっと、いい子だったあ。私もほら、こんな顔でえらそうに見えるじゃん? みんな退くんだよねえ。女子もそうなんだ。別にこっちは父ちゃんゆずりのどじょう掬いくらいやってあげてもいいんだけど。あんなかで怖がらないで近づいてきたのが小春ちゃんだったんだ。いきなりよし恵ちゃんとか言われて最初びびったけどすぐに仲良くなったよ」

 ──確かに泉州に話しかけるのは男女ともに勇気いるだろうな。

「まあそれで小春ちゃんは元気に評議委員してたんだけど、二年の冬休みにとある事件が起こってね。通称『奇岩城』事件っての?」

 不意に更科が乙彦と泉州を交互に見やり、口に人差し指を当てた。

「少し小さな声で話したほういいよ」

「了解」

 すぐに納得したのか泉州は声を潜めた。

「まあねえ、あそこのふたりはある意味当事者だからね」

「その『奇岩城』事件とはいったいなんだ」

「あんた、アルセーヌ・ルパンの『奇岩城』読んだことないの」

 なぜ青大附高の連中はみな乙彦に過剰な文学常識を押し付けるつもりなのだろう。知らないわけではないが残念ながら本経由ではなく漫画だ。

「まあいっか。うちの学校さ、中学の頃って『委員会の部活化』みたいなとこがあって、どう考えても評議委員会が演劇なんてやる必要ないと思うんだけど、なぜかビデオ演劇ってものを用意して撮影しちゃったりするんだよ」

 それならよく知っている。乙彦は膝を打った。

「ああ、知ってる。俺も中学時代生徒会で青大附中の評議委員会と交流してたからな。その時にカセットテープで聴かせてもらったことはある」

「へえ何を」

「『忠臣蔵』の松の廊下」

 静かにするのを忘れてか泉州はまたがははと首をのけぞらせ笑いこけた。

「あの伝説の『忠臣蔵』でしょ! 私たち、給食時間いきなりテレビ放映されちゃったもんだからもう笑いすぎてその日のメニュー全部食べられなかったよ。うちの会長さんに聞いてみな。会長さん確か、勘平お軽のお軽さんやったはずだよ。道行だったか」

「なんだそれ」

 乙彦の記憶では立村の浅野内匠頭がとち狂ったように「この間の遺恨覚えたるか」などと叫びつつ立ち向かっていく音声のみ残っている。微妙な笑いが水鳥中学生徒会室に響いたこともリアルな記憶として残っている。そうか、評議委員を三年間務めた清坂が何も演じぬわけがない。当然のことだ。ただし「勘平お軽」とはいったいなんぞや。

「とにかくさあ、やったのよ、ルパンの『奇岩城』。評議委員のみんながそれぞれ役割振られて演じてて、その時小春ちゃんはレイモンドといういわゆるルパンの恋人役だったの。それであと、そのルパンがねえとんでもない奴でさあ」

 声のボリュームを一切抑えずに泉州が語り始めた時だった。


「泉州、悪いがこの話はここまでにしてくれ」

 いつのまにか乙彦の背後には難波が立っていた。思わず振り返ると目が合い気まずい雰囲気が漂った。自分らの席で羽飛が、

「おいおい、落ち着いて食えよホームズ先生よ」

 からかい調子で声をかけ、

「ホームズほらほら、新しいフライドポテト追加だよ」

 腕をひっぱる更科と。なにやら不穏なムードであることは確かだった。

「何か俺たちはまずいこと話していたのか?」

「そうだよ、ほらあんたたち知ってるでしょ、小春ちゃんと片岡のこと。関崎はそのこと知らないってたから、教えてただけなんだけどさ。あいつ誤解されててさあ、ほんっとかわいそうだから同じクラスのよしみってことで関崎にね」

 きょとんとした顔で説明する泉州を再度難波は遮った。

「お前たちが悪意ないのはわかる。だがここでは誤解を生じる。俺たちはあの事件を一通り経験しているからすぐにわかるが、関崎は全くの白紙の状態だ。その状態でいきなりあやふやなことを伝えられたら、先入観で天羽を見られるはめになる。それは避けたい」

 堅い顔でかっちり述べる難波だが、めがねの奥が引きつっているのが分かる。そんなにあせるような内容とも思えないのだが。乙彦も嘴を挟んだ。

「俺も、評議委員会のビデオ演劇は立村から聴かせてもらっている。その延長としてしか聞いていないが」

「それとこれとは違うんだ!」

 口荒に難波は跳ね除けた。

「いいか、泉州の立場からしたらどうしても西月をかばいたくなるだろうしその気持ちを汲み取ることはできる。だが、別視点からしたら西月は学校を退学されるだけのことをした生徒だしその行為をどのような理由があったとしても俺たちは肯定してはならないんだ。関崎にはあとで俺と更科、あと清坂も含めて説明はするつもりではいる。だがその際にはできるだけ公平な立場で関崎には判断してもらいたい。今のこの場ではまだ言ってくれるな。いいか」

 ふくれっつらの泉州はしばらく黙っていたが、やがてフライドチキンの骨ごと指でつまみ上げかぶりついた。そのまま、

「わかった。じゃあ早めに解禁しといて。私は全く別の目的でしゃべってるんだからさ。水入りはいっちゃって面倒だよねえ、関崎」

 面倒くさそうにため息をついた。

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