28 期末試験後(1)
出来はともかく書くべきことは全部書きこんだ。論理的にがたがたかもしれないがなんとか終わった。三科目分の試験も片付き麻生先生の、
「お前ら完全に燃え尽きてるようだが、あまりはめはずすんじゃねえぞ。冬休み前に追試ってのもあるんだからな。ついでに言うと冬期講習だって待ち構えているんだからな」
脅しすらもうどこ吹く風といったもの。みな、あと二週間で念願の冬休みを迎えることで頭が一杯の状態だ。人間として当然の感情だろう。
「さってと、今回どうだった関崎」
藤沖があいまいな笑みを浮かべながら乙彦の顔を覗き込んだ。
「期末の傾向は全くわからん」
「論文ばかり書かされているのはやはりしんどいか」
「当たり前だろう。三年間鍛え上げられてきたお前らとは違う」
一緒に顔を出したのは片岡だった。こいつも少し顔色が明るい。英語はそれなりにこなしたのだろうが、他科目も順調だったようで、
「今まで勉強した中で一番よかったかもしれないなあ、これでいい成績取れたら今度こそ焼肉食べようよ!」
にこやかに語りかけてきた。藤沖が居ないところで前に聞いたことがあるのだが、片岡の場合内川との交流がきっかけで公立中学の教科書をじっくり読み返す必要が出てきて、その分基本をやりなおさざるを得ず四苦八苦していたそうだ。内川にはそんなこと一切におわせることはなかったらしいが、そのあたりで結構身についたものがあるという。
──基本に戻る必要はあるよな。
今度、中学時代の教科書を読み直してみようと決めた。
あまりクラスでだべっているわけにもいかない。これから生徒会役員同士のお食事会が行われる約束で、学食へと向かうのだから。結局昨日の夜に羽飛から生徒会連絡網で連絡がきて、
「やっぱ生徒会って立場だしなあ。しゃあねえよ。学食をパーティションで一部個室っぽくしてやろうぜってことで決まったぞ」
乙彦の心配していた懐の痛みもさほど感じずにすみそうな場所と相成った。ありがたい。学食ならメニューも好き勝手に選ぶことができるというわけだ。連絡網最後尾の名倉にも電話をかけたが、
「妙な場所に連れていかれないですんでよかった」
ほっとしている。やはり外部生同士の絆である。藤沖と片岡に手を振って挨拶した後乙彦はD組へその名倉を迎えに行った。女子二人につかまるかと思いきや、すでに移動しているようで名倉ひとりが現れた。
「生徒会同士のお食事会、その名のままだな」
「まったくだ」
名倉と頷き合いながら生徒玄関へ向かった。正直気乗りしないところもないとは言えず、清坂・羽飛の盛り上がりっぷりもどこか遠い。だがそれもそれでまたよし、ろくすっぽ話をしたこともない泉州や阿木とはこの機会にいろいろ確認したいこともある。難波はともかく更科は愛想もいいしそれなりに会話はつながる。さて、やはりカレーとざるそばのセットでいこうか、それとも奮発してとんかつセットにするか。迷うところだ。
「関崎先輩」
振り返った。生徒玄関を出てから三歩ほど前に出たあたりだった。駆け寄ってきた野郎の顔を思わず覗き込む。やたらととんがった声と今にもこんこん鳴きそうなその面、紛れもない、霧島の姿だ。名倉は一歩たじろいでいる。乙彦の後ろに下がった。
「どうした霧島。生徒会長に就任したそうだな」
一応は挨拶しておこう。労いをこめて伝えると、
「恐れ入ります。さっそく本題に入りますが、立村先輩は本日いらっしゃいましたか」
単刀直入に問いかけてきた。もちろんいた。まじめに答案を提出していつのまにか姿を消していた。
「それはいた。期末試験最終日だからな。中学もそうか」
「同日です」
短く答え、霧島はかすかに目を吊り上げた。まさに稲荷神社の狐。
「それでは今、立村先輩がどちらにいらっしゃるかご存知ですか」
一瞬眉がぴくりとしたように見えた。緊張しているのかそれとも馬鹿にしているのか。乙彦には全く分からない霧島の心理だ。立村にはわかるのだろうか。
「いや、あいつは早めに教室を出たがどこへ行くかは聞いていない」
「関崎先輩とご一緒ではないのですか」
「なんで俺が一緒にいなければならないんだ」
さらに疑問を感じつつ乙彦が問いかけると、
「いえ、失礼しました。先輩であれば少しはご存知かと思っておりましたので。それでは急ぎますので失礼いたします」
早口にまくし立てて背を向けた。何か妙な予感がする。乙彦は呼び止めた。
「霧島、待て」
「何か御用ですか」
「立村に急ぎの用があるのなら、俺も探してやろうか」
目を吊り上げたまま霧島が振り返った。
「今なんと仰いましたか」
「いやたいしたことじゃない。そんなに血相変えて探している様子だと、かなり切羽詰った状態じゃないかと思っただけだ。お前は青大附高の校舎をあまり知らないだろう。もしかしたら試験後だしあいつも本が好きだから図書室でのんびりしているかもしれない」
のんびり、といった言葉にするどく霧島は反応した。そんなに慌てなくてもいいのにとも思う。
「先輩が、のんびりとしているんですか」
「わからないが、その他補習を受けているかもしれないし、音楽室でピアノを弾いているかもしれない。さまざまな想像はできる」
思いつくままに連ねて見るが、確実に立村がどこにいるかを判断することは難しそうだ。とっくの昔に自転車で帰っていると考えたほうが自然かもしれない。だが、ひとり青ざめて探している霧島にもののあわれを感じたのも確かだ。
「関崎先輩、感謝いたします」
頭を下げ、霧島はきりりと口元を引き締め、改めて乙彦へと向き直った。
「恐れ入ります。僕も一緒でよろしいですか」
「ああ、そうすればいい」
後ろで逐一様子を伺っていた名倉には、
「悪い、そういうわけで少し会には遅れるが必ず行くから、先に始めていてくれと伝えてくれないか」
明らかに恨めしそうな目つきで名倉は見返してきた。気持ちはわかるがこちらにも優先順位というものがあるのだ仕方ない。気乗りのしない食事会よりも、大切な友人の後輩の希望を叶えたい、これが本音だ。
職員玄関に回った霧島を迎えに行った後、そのまままずは図書館へと足を向けた。たいてい立村が腰掛けているのはこのあたりだ。興味津々の眼差しで観られたのは霧島の方で、愛想良く微笑み返している。いい根性だがこいつの目的は達せられなかった。図書カウンターの古川に、
「悪いが立村いなかったか」
声をかけると即答で、
「音楽室か中学かどっちかじゃないの。ここには来なかったよ。あ、それよか関崎さあ、これから羽飛や美里とデートなんだって?」
誤解をおおいに招く発言をおまけにつけてきた。悪いがそんなことかまっている暇もない。顔見知りの古川と霧島は軽く挨拶を交わしているが、また一礼をして図書館から飛び出した。あせっていることは古川の目にも明らかなようで、
「どうしたんだろうねえ。霧島に行き先教えないなんて立村も罪なことするよねえ」
乙彦に流し目で、「ねえ」と繰り返した。