27 新天地へ(2)
生徒会役員改選が終わると通常はその日のうちにクラス委員改選が行われるのだが、すでに昨日の夜大方決定していたこともあり、ロングホームルームはあっさりと終わった。
「昨日の今日だからな。楽だろ」
「先生、手抜きしたかったんでしょー!」
古川がつっこむ。女子委員の中で唯一前期持ち上がりで決定したのがこの人だった。どういうたくらみかはわからないが、女子は見事にシャッフルされてしまっている。
「そうだな、確かにそうとも言うがお前らだって夜は盛り上がったんだろ。ずいぶん遅くまでうるさかったぞ。寝不足なんじゃねえか」
「そりゃあ、お年頃の男女のすることですから」
「まったく古川も、もう少しだなあ、お嬢さんらしくするとか」
笑いが起こりつつも決めるべきことは片付いているので雰囲気も軽やかだ。藤沖と江波の件だけがまだ若干わだかまりらしきものもなくもないが表向きは問題なさげに見える。
──それにしても、まさかな。
規律委員に立村が納まったのは理解できるとしても、女子規律に疋田が入ったのが解せない。ピアノ専門だしせめて音楽委員に立候補ならまだわかるのだが、なぜか古川に乗せられたかっこうで押し込まれている。無理やりじゃないのか。強引じゃないのか。
「あんたはどうせ生徒会なんだから口出しするんじゃないの」
終わった後、古川に声をかけられた。
「クラスは無事丸く収まったことだし、合宿も楽しかったし、もう言うことないよ」
「だが、女子は相当入れ替えたな、派手に」
「まあね。昔と違うからさ。委員会イコール部活動じゃないならみないろんな委員を楽しむのも悪くないよ。みんなもだったらやろっかってことでね。無理やりじゃないから」
「本当か?」
「当たり前じゃない。あんたさ、私のこと信用していない目つきしているねえ」
意味ありげに見入る古川を追いやるため軽く空気を押しのけた。
「じゃあ悪いけど関崎、美里たちのことよろしくたのむわ」
「何を頼むんだ」
尋ね返すと古川は首を振った。
「たぶん相当、今期の生徒会、荒れ模様が予想されるからねえ」
とんだ天気予報の予告を無視しつつ乙彦はそのまま生徒会室に入った。すでに元生徒会役員たちが揃っている。清坂と羽飛のふたりが先着してなにやら楽しげにみなとだべっている。
「関崎くんが三番手かあ」
耳元で手を振る清坂と、
「おー、待ってたぞ。早くこっち来いよ」
機嫌よく声をかける羽飛。乙彦も手を上げて返事を返し、先輩たちには一度止まって丁寧に礼をした。
「まあまあ堅苦しいことはなしなし。座って全員揃うのを待とうや」
元生徒会長が清坂に、
「じゃ、清坂ちゃん、これからはお誕生席ここだぞ」
愛想良く自分の座っていた最奥の席を勧めた。清坂もにこやかにお礼を言って腰掛けた。
「レディーファーストですねえ先輩」
「そりゃそうだ。おい、そこの騎士たる君はこっちだ」
ちゃんと清坂の最脇に羽飛を置いた。まんざらでもなさそうだ。乙彦はどこに配置されるか様子を伺っていると、元書記の先輩から、
「関崎くんはここ。羽飛くんと向かい合ってここね」
ちょうど清坂の両隣をふたりで占める格好となる。三つ巴とはこのことだ。なんだかあまり気持ちのよい位置ではないがしかたない。
「関崎くん、どうだった、クラス合宿行ったんでしょ?」
「よく知ってるな」
先輩たちが新役員たちをそれぞれ席に案内している間その三つ巴でしばらく語らっていた。クラス合宿といっても一泊とも言えないわびしいものだと言いたいところだが、
「だって知ってるに決まってるよ。立村くん言ってたもん」
さらっと清坂は答え、声を潜めた。もちろん羽飛も一緒に耳を傾けている。
「ずいぶん委員のメンバーさんたちが入れ替わったって言ってたけど」
「男子はそうでもない。一応俺が規律だったから穴は開いたが」
「そうだよね、立村くんが規律委員ってのは聞いたよ。ね、貴史?」
羽飛に清坂が促すと大きく頷いている。
「あいつらしいっちゃああいつらしいが、まあいいだろ。納まるところには納まったってことでな。けどな美里、これからうっかり遅刻できねえな。違反カード切られたくねえよあいつになんか」
「そうだよね。朝の週番もするんだよね。私はもう解放されてせいせいしてるけど。関崎くんは?」
「別に、朝はもともと早いから嫌も何もない」
やはり規律委員はあまり面白いものではなかったのだろう。適当に聞き流す。
「うちのクラスは委員もほとんど代わり映えないし、私が生徒会に行ったからといって雰囲気変わるってわけでもないし」
ということは、一年B組の評議も順当に静内で決定したのだろう。めでたい。
「他のクラスはどうなのかなあ、そうだ貴史、あんたのクラスどうなのよ。C組、評議委員と音楽委員が抜けじゃッたらどうするの」
「うるせえなあ、評議はノープロブレム、天羽カムバック」
「天羽くんかあ、順当だよね。規律は南雲くんで決定でいいとして、音楽委員と美化は? みな生徒会に流れちゃったじゃない」
「そっちも特に問題なく埋まったぞ」
いつのまにか会話は清坂と羽飛ののどかなおしゃべりに切り替わり、乙彦は蚊帳の外と相成った。ぽんぽん飛び交う会話、それは幼馴染ゆえの年季が入ったからと言うけれどもその辺の温度差が乙彦には全く分からない。すでに席についている名倉に手を上げて挨拶を交わし、斜め前にてにらんでいる難波にも一応頭を下げた。なんとなく返事するようなそぶりは見せたから無視はされていないのだろう。更科は相変わらずけらけら愛らしい。泉州と阿木の一Dふたりは仲良くおしゃべりに興じている。乙彦の顔を見てにやにやする泉州の、なんとも言えない雰囲気のずれにどう対応すればいいか迷った。
──泉州は片岡の、数少ない友だちなんだよなあ。
「みなさんお待たせしました。では改めて、生徒会新役員のみなさん、就任おめでとうございます。いきなり自転車の補助車を外すようなことはしません、俺たちやさしい先輩なもんですのでしばらくは面倒見させてもらいますよ。うざったいだろうけどどうぞよろしく」
元生徒会長の発言にみなが拍手を送る。
「とりあえずの予定ですが、もうそろそろ期末試験も近いことですし留年しちまったら話にもならんわけで、冬休みに入るまではおおよそ俺たち元生徒会役員たちが徹底して君たちをしごきます。ですが、ご存知の通りみな冬休みに入ったらもうそれどころじゃなくなっちまいますので一切生徒会室には近づかない予定でいますんで。冬休み中、予定としては年明けあたりに先生たちが生徒会の合宿をどっかで行うはずなんでそのあたりをめどにひとり立ちを目指してくださいな」
「質問です」
乙彦は手を挙げた。
「ほい、関崎副会長」
「合宿はどこでやるんですか」
「たぶんセミナーハウスか『青潟青年の家』あたりになるだろうなあ。安心しろ苦学生。余計な負担はさせないぞ」
ひそかに笑い声が聞こえた。清坂がたしなめるように言葉を放つ。
「関崎くん、すごいんですよ。月謝、ちゃんとアルバイトして稼いでるんですから! それもうちの学校普通だったらアルバイト絶対許さないのに特例としてちゃんと話をつけて、古本屋さんで朝働いてるんですもん。それでいて成績もいいんだからすごいなあって」
「噂には聞いていたが、先生と円満に話し合いの末アルバイトか。こりゃすごい」
今度は先輩たちも含む大爆笑が起こった。からかっているのか馬鹿にされているのかはわからないが少なくとも清坂の発言に悪意はない。だからありがたく受け取るに留めておいた。
「