26 朝焼け(2)
立村は制服のままで来たせいかかなり寒そうに見えた。手に息を吹きかけて時折周囲を見渡している。この時間にも関わらず人の出入りはそれなりにある。
「少し早いけど、当選おめでとう」
指をしばらく温めるようなしぐさをし、立村ははにかむような笑顔で乙彦に伝えた。
「いや、最終決定は朝だろう」
「そうだけど、一応昨日情報はもらったから」
──そうか、立村の仲間内があれだけ立候補していたもんな。
羽飛、清坂、難波、更科。確かに何も知らないなんてことはないだろう。
「昨日用があって学校に残っていたんだけど、ちょうど決定が出て早い段階で連絡が来た人もいたみたいなんだ。番狂わせもなくて無事全員信任投票だって言ってたよ」
「そうか。すまない」
頭を下げた。昨夜の江波が巻き起こした嵐のようなものをさりげなく沈静化させた立村に礼を伝えたいのだがここで持ち出すのも何か場違いとは思う。
「関崎もいきなり生徒会ということで戸惑うことも多いと思うけど」
立村はそのまま穏やかに続けた。
「藤沖も青大附中の生徒会経験者だしある程度クラス内で情報はもらえると思うし、清坂氏も羽飛も関崎を敵視することないしさ。ただ」
言葉をとぎらせた。
「難波と更科か」
「わかっているんだな」
別に乙彦が言わなくてもほとんどの奴は理解しているような気がする。
「あいつら誤解しているだけなんだよ。タイミングや自由研究のいざこざとかいろいろあって妙な文句つけていることもあるけど、実際関崎が話をしたらきっとうまく行くような気がする」
「俺もできればそうしたいとこなんだが」
立村に伝えると、頷いた。その上でまた手を激しくこすった。
「ただ、触れないほうがいいという部分はあるから、それだけは注意したほうがいい」
「なんだそれは」
「難波の場合、中学時代に霧島のお姉さんにあたる人と関係したトラブルがいろいろあって、附属上がりの連中はあえてそれと関係する話をしないようにしているんだ」
「霧島というと、中学にいるあの霧島か」
確認した。一応霧島の姉という女子には青潟工業高校学校祭で顔を合わせているとは言わないでおく。
「そうだ。中学上がりの人たちにとってはむしろ常識過ぎて意識にも昇らない内容なんだけど、もし誰が好き彼が好きといった話題になるようならできるだけ難波を交えないところでしたほうがいいと思う」
「そんなにややこしい話なのか?」
藤沖が懸想していた女子とは聞いていたが、まさか難波まで関係しているのか。元評議委員に所属していたというから顔見知りではあるのだろうがいやはやややおしいったらありゃしない。
「ややこしくはないけれど、出来る限りそういった話題は生徒会室で出さないほうが無難だよな」
「わかった、心得ておく」
恋愛沙汰については乙彦も積極的に触れたい話題では毛頭ないのでありがたく受け取っておく。
「同じことで、これも附属生にとっては常識なんだけど」
人がほとんど居ないのにきょろきょろしながら立村は続けた。
「更科についてもいろいろな噂があって、特に気をつけてほしいのは年上の彼女の話についてなんだけどさ」
「年上の? なんでそんな話題が出てくるんだ」
正直どうでもいい話題だと思う。乙彦からすれば、それぞれの惚れた晴れたの話なんてプライベートすぎて触れる気にもなれない。気心しれた、それこそ外部三人組で集っている時であればおふざけ半分でからかったりもするがその程度。それこそ生徒会室でそういう類の話題が出てきたら無視すればいいことではないのか。
「本人も開き直っているからいいんだけど更科のそういう話題が出てきたら一切触れないでほしいんだ。詳しいことは言えないけれど、一歩間違うとトラブルの元になるんじゃないかって話が多いからさ」
「わかった。一番いいのは生徒会での恋愛話を厳禁にすることじゃないかという気がしてきた」
「そうだね、それが一番いい」
どちらにしても触れてはいけない部分があることを確認できたのはありがたい。乙彦も別に難波や更科と好き好んで対立したいわけではない。もちろん方針や目的で荒れることがないとは思えないがそれでも人間性を罵倒するとかそういうことからはできれば離れたい。
「あと、泉州さんっているだろ」
「ああ、あのやたらと背の高い女子だろう」
接触があるのかないのかよくわからない女子についても立村は触れた。
「彼女はA組だから片岡ともつながりがあるけれど」
いきなり片岡の話を持ち出したことに少し驚く。合唱コンクール後、若干立村とは雪解けムードが流れているけれども親しさはない。
「泉州さんは片岡にとって数少ない味方の一人だと聞いている。俺も直接話をしたことないからよくわからないけれど、中学時代片岡がいろいろあって無視されていた時に陰日なたなくかばった女子のひとりらしいんだ」
「そうなのか。あいつにも女友だちがいたのか」
戸惑うような表情を立村は見せたが、続けて、
「これも附属生にとっては常識だし悪いことじゃないから伝えておくけど、泉州さんは片岡の親しい女子の友だちと、また親しいんだ。西月さんの話、聞いたことあるか?」
あるかもしれないがわからない。思えば片岡とは恋愛沙汰について語り合ったことが全くない。
「そうか。このあたり話がいろいろ混み入ってて俺の説明で正確に伝える自信が正直ない。ただ、関崎は片岡と親しいようだからきっと泉州さんとも仲良くできると思うよ。うちのクラスでは男子たちの中にちゃんと溶け込んでいるようだけど、やはり女子には無視されているみたいだし少し片岡のことについては気になってたんだけど」
「相当のことをやらかしたらしいからな」
立村はあえてそれには触れようとしなかった。
「でも、その問題を解決した上で泉州さんは片岡と友だちでいるわけなんだし、うまくしたら片岡ももっと女子たちから見直されるきっかけをもてるかもしれない。そういうこともあるってことでできれば様子見を頼みたいんだ」
「わかった。覚えておく」
恋愛沙汰云々よりももっともありがたい情報だった。片岡をなんとしてもクラスになじませたいというのは乙彦のある意味念願でもある。泉州よし恵、覚えておこう。生徒会役員同士ともなればいやおうなしに語り合うことになるのだから、当然片岡も混じることになるだろう。
そこまで話したところでタイムリミット。だいぶ普通の青空がさらけ出されてきた。
「貴重な情報、感謝する。助かる」
「いやそういうわけでもないけど」
「あと、それとだ」
立村に、忘れないうちに伝えておきたかった。
「規律委員を引き受けてくれてありがとう」
しっかり頭を下げた。最敬礼だ。立村がびっくりしたように首を振った。
「いや、そんなにされなくたってさ。俺も南雲に誘われてたりしたから。自分の意思だから」
「委員に上がってもらえれば、お前とももう少しきちんと話がしやすくなる。それが俺は一番うれしい。それじゃ、また学校でな」
照れ隠しではなく、単純にバイトの開始時刻が迫っているだけ。乙彦はすぐ背をむけ、片手を上げて自転車置き場へと駆け出した。