25 合宿ミーティング(2)
青立狩 高校一年・二学期編 25 合宿ミーティング(2)
風呂にゆっくりつかる奴あり、さっさとシャワーだけで終わらせる烏の行水野郎ありといろいろだ。ジーンズに着替えて髪の毛をタオルでふき取っていると洗面所で丹念にドライヤーで乾かしている立村を見かけた。麻生先生ではないが「しゃれっ気」だろうか。
なんとなく眺めていると、気づかれて戸惑うような目線を向けられた。
「どうした?」
「いや、ずいぶん男にしては珍しいことをしていると思っただけだ」
「何を」
かなり怪訝な顔で問い返された。しかたない、素直に言う。
「普通そんなにばか丁寧に髪の毛乾かしたりしないだろう」
「今夜は寒いから風邪引くかもしれないと思っただけだけど」
いや、それにしてもずいぶん整え方にこだわりがありそうだ。乙彦の納得しがたい表情をたぶん読んだのだろう。立村はやがて穏やかな笑みを浮かべた。
「俺はあまり外見拘らないほうだけど、うちの学校の生徒はファッションのこだわりが強い奴多いよ。さすがに化粧はしないけど」
──いや、お前は十分外見にこだわり過ぎだと思う。
たかが一晩の合宿にかこつけて、アイロンがしっかりかかったワイシャツおよびネクタイまで用意し、ベージュの細いコールテンシャツとほぼ共色のスラックスさらに濃い目の茶のベストというどう考えても普段着の延長とは思えない格好で準備しているのは、やはり何か違うと思う。
男子はそれでもさっさと風呂から上がり、連れだって集会室へと向かった。たかが十人少ししかいない男子連中で派閥を作る必要もないと思うのだが見事二分化されているA組。乙彦は藤沖、片岡その他何名かと早めに入った。やはりすでに準備済みの麻生先生が待ちかねていた。
「女子が来る気配ねえなあ。やはりおめかしに時間がかかってるんだろうなあ」
「化粧は禁止のはずですが」
乙彦が尋ねると麻生先生は吹き出した。
「いや、女子には女子のいろいろな準備があるんだろう。まあ座れ。それと藤沖もお前なあ」
さっさと傍らに乙彦たちを並べ、麻生先生は語りかけた。
「古川がまたちゃっちゃか働いてたぞ。こういうのもなんだが、嫁さん働かせるダメ亭主みたいな立場はまずいぞそろそろな」
「すいません」
「お前が応援団に燃えているのはよく理解しているし、学校祭での演舞はそれはまた見事だった。だがな、やはりクラスの評議としたらもっと働かないと他の連中から認めてもらえないぞ」
「わかってます」
神妙に藤沖が答えた。そっと片岡と顔を見合わせた。なんとなくだが麻生先生の言葉に感じるものがあるのだろう。
「それと関崎、とりあえず明日の結果待ちだがこの調子だと無事生徒会デビューできそうだな」
「おかげさまで」
そうとしか言いようがない。信任投票とはいえよっぽどのことがなければまず落選は考えにくい。麻生先生はにやにやしながら乙彦に水を向けた。
「評議を飛ばしていきなり生徒会というのも驚いたが、お前らしい決断ではあるな。うちの学校の生徒会はその年によってカラーがまるっきり変わるが、お前たちの代はどんな色に染まるかねえ」
「これから決めます」
「女子が会長に立つというのもあまりないことだが、お前も知ってるだろ。B組の清坂。あの子はふつうっぽく見えるが結構腹が座っている。あとC組の羽飛といいコンビだ。初めて生徒会を経験するお前にはいいお手本になるんじゃないか」
ここで藤沖が口を挟んだ。
「先生お言葉ですが、それは関崎に対して失礼です」
「どうした藤沖」
「羽飛も清坂も悪い奴ではありませんが、関崎が見習わねばならないところはそうないのではありませんか」
「冗談冗談、何つっかかってるんだ。まあどっちにせよ、いがみ合うよりは少しでも相手のいいところを見つけて、少しずつ自分の色を出すのがよいということだ」
──別にいがみ合う気はないがな。
乙彦の不安材料が清坂たちよりも下に控えているふたりであることを、どうやら麻生先生はお気づきでないらしい。
しゃべっている間に今度は古川率いる女子たちがスナック菓子とジュースのペットボトルを人数分運び込んできた。ひとり一本もらえるようだ。立村が入っている男子グループも古川に、
「あんたらでかい図体してるんだから力仕事くらい手伝いな!」
はっぱをかけられてしかたなく働いている。乙彦も立ち上がりかけるが、
「船頭が多すぎるとかえって面倒だからお前らはここにいろ」
止められてしかたなく座りなおした。藤沖と片岡は全く動こうとはしない。古川に見咎められ思い切り怒鳴られたのは心外である。
「全く、もうあんたたちおうちでお母さんのお手伝いしたことないんじゃないの。ったくお坊ちゃまにはあきれるわ!」
スナック菓子をそれぞれ紙皿に盛り付け、飲み物をそれぞれ手元に用意した後麻生先生は全員で円を描くように座らせた。もちろん乙彦たち男子チームが麻生先生の脇を占めるのは変わらない。
「ほんじゃあまあ、始めるとするか。今日の議題はさっきも言った通りクラスの後期委員改選なんだが、ただ立候補して手を上げて拍手して終わりじゃあつまらん。この機会だ。言いたいことがあれば言ってしまおう」
促しながら麻生先生はそのまま本題に進んでいった。いつもなら評議のふたりに舵取りを預けるのが常なのだが珍しい。最初に評議委員立候補者を募った。
「それでは、最初に評議委員の誰か立候補者いるか? 関崎、生徒会役員と一緒に評議やる気ないか?」
冗談だろうが、もし違っていたらまずい。丁重にお断りした。
「生徒会役員の仕事を最優先で覚えたいのでお断りします」
「まじで取ったか。冗談も気をつけねばなあ。んで次だ。藤沖、お前どうする? せっかくだ、前期の続き、後期もやるか」
「誰も立候補者いなければ仕方ありません」
しぶしぶといった口調だが、すでに藤沖の本心を知っている乙彦には笑えてならない。
「それと女子、誰もいないのか? このままだとお前らしっかり古川の尻に敷かれるがそれでいいか?」
「私は正々堂々立候補しましてよ」
高飛車なお嬢様風な口ぶりで手を上げる古川に、爆笑する一同。何事もなく、あっさりと終わるはずだった。
唐突に、ひとり手を上げる男子がいた。吹奏楽部三人組のひとりだった。
「悪いんですが、推薦もありなんすか」
「あああるぞ。誰かいるか?」
「推薦する前にリコールってのもありですか」
「ぶっそうだな。どうした、お前立候補するか」
麻生先生がじろりとにらんで促すと、
「今回、俺としては藤沖に評議をやってほしくないってのが本音としてあるんですがね」
刺された藤沖がぎょろりとそいつをにらみつけた。相手も打ち返してきた。藤沖の眼差しから逃げなかった。