25 合宿ミーティング(1)
六時集合時刻とは言うものの、気がつけばひとり、またひとりと集まってくるわ、
「ちょっとお、あんたら暇もてあましてるんだったら荷物運びしてよね」
古川の命令に従ってペットボトルやスナック菓子運びにこき使われたり、
「あ、ピアノある。弾いてってもいいよね?」
めざとく見つけた集合室内のアップライトピアノを奪い合いする女子たちとか。それに合わせて箱にしまいこまれていたタンバリンで遊んだりする男子とか。
みな思い思いに合宿開始直前まで楽しんでいたようすだった。男子らも大部屋に全員詰込まれ仲良くテレビを見たりトランプやったり、何考えたか古典的な枕投げを始めたりとか。やりたい放題ではあった。
「関崎、それ何?」
乙彦が部屋の窓辺にラジオを乗せアンテナを伸ばしたところ、片岡が興味を示して近づいてきた。別にごく普通のFM・AMラジオだ。短波は入らない。
「ラジオが好きなんだね」
「その通りだが、俺の目的は違う」
通信報告書を書くためのデータも用意してある。家と違い学校内は比較的夜電波が落ち着いているのではという読みもあり、今夜はしっかりBCL三昧するつもりでいる。簡単にBCLとはなんぞやということを片岡に説明すると、
「そうか、外国のラジオ放送が聴けたりするんだ。英語?」
「どちらかいうとアジア系が多い。あとロシア語とかスラブ系か」
「じゃあ、分からない内容ばかり?」
「そうだな。全然俺にはわからんが、それでいい。とりあえずコールサインだけは聞き取れれば」
専門用語を使ったのがまずかったのか、片岡はそれ以上興味を示さなかった。惜しい。
集合十分前に到着した立村が最後だった。
「立村、おめえ遅せえぞ」
何名かの男子連中に突っ込まれるものの立村は特に言い訳することなく、入り口側で小ぶりのトランクケースを広げ出した。一泊旅行とはいえ少し本格的過ぎるんじゃないかとひそかに思う。興味はあるが誰も尋ねようとはしない。よく見ると次の日のためのシャツとネクタイまで用意している。いったい何のために。
最近クラスで立村がつるんでいるのは吹奏楽部の男子たちが中心だ。合唱コンクールがきっかけなのだろう。普段はどちらかというと他クラスの連中と話をしているようだが、クラスの奴しかいない場所になると乙彦たちとは違うチームに頭を突っ込んでいる。
「さーてとみんな集まれ! 最初に合宿開会の辞を麻生先生からどうぞ!」
時計の針が六時をまわったところで藤沖が……実際は古川がせかしたせいともいうが……全員を集会室に集め、じゅうたんの敷き詰められた中で全員正座して座った。
麻生先生もすっかりトレーナーとジャージ姿で準備を整えている。リラックスムードだが生徒たちはまだ制服、ネクタイも外していない。
「全員揃ったところで始めるとするか。今日はなんだかちっとも合宿といった雰囲気じゃないし、なんつうかその、仲間とマージャンする乗りだがな。今日を逃したらあとは期末試験でみなひいひい言う羽目になる。下手したら留年ともなりかねない。わかるな」
みな、発言せず。心中はみな「無謀だろそりゃ」の一言だ。
「そんなわけでまずこれからみんな死ぬ気で飯を食ってだ。その後でたっぷりこれから先の一年A組について時間無制限の一本勝負でもやろうと思っているんだがどうだ? 藤沖どう思う?」
藤沖もたぶん、たまったもんじゃなとため息ついているのだろうがあっさりと、
「いいと思います」
渋く答えた。そうするしかない。代わりに古川が茶々を入れた。
「それはそうなんですけど、テーマって何? 先生、また人生についてとか恋愛についてとかそんな重たい話で議論するんじゃないでしょうねえ。悪いけどそれ、私たち仲間でたっぷり実技つきで勉強してるからパスね」
「おい古川、いい加減その言い方よせ、お前も女の子なんだから」
たしなめつつ、麻生先生は胡坐をかいて両膝をぱしりと叩いた。
「共通の話題で行こう。今回の議題は来期のクラス委員改選だ」
ほぼ全員、顔が引きつった。もちろん乙彦も例外ではなかった。
──おい、まさかここでかよ。
藤沖と顔を見合わせた。首を小さく振るところを見ると評議の藤沖も状況を把握していなかったようだ。
「本当はお前らの恋愛遍歴をたっぷり楽しませてもらいたいところなんだが、やはり俺たちにも事情ってのがあってだな。次回のクラス委員改選にそれほど時間を裂けないっつう問題があるんだ。この半年いろんなことがあったろうし、お前らもいろんな委員経験してみたいってのもあるだろう。だがそれは一時間ちょっとじゃ片付かないだろ。せっかくだからこの機会に腹割って話しつつ、せっかくだからクラス委員もここでちゃっちゃと片付けてしまおうってのはどうだ。関崎どう思う?」
今度は乙彦だ。まわりの連中が視線を集中させてくる。答えるしかない。
「予定では二十二時就寝とありますが」
「場合によっては二十三時まで延長も認める。さすがに午前様はまずいがな」
「ですがそれほど時間がかかる内容とも思えません」
まだ口には出せないが藤沖もすでに評議委員をそのまま続ける意思ありだし、乙彦が抜けた規律委員も恐らく立村が立候補してくれるだろう。しなくても乙彦が無理やり推薦するし反対する奴もそういるとは思えない。その他の委員についてもそれほど荒れそうな気配はない。ものの五分か十分程度で片付きそうな気もする。
「そうかな、わからんぞ。世の中予想通りにいかんことの方が圧倒的に多いんだぞ」
麻生先生は次に古川を指した。
「古川、女子としてはどうだ。何か言いたいことあるか」
「別に今はないですよ。みんな仲良し、それが一番!」
うさんくさそうに顔をしかめていたが、不意に立村の方を向いた。いつものように最後尾でちんまり座っている。
「立村、お前も言いたいことないのか」
「特にありません」
「そうか、さっきは中学校舎で見かけたがな。ずいぶん忙しいことだ」
露骨に顔を背けるしぐさをする。立村自身自覚しているのかわからないのだが、こいつは思ったことがはっきり顔に出る。
「何はともあれ、まずは飯と風呂、これにつきる。それで全員普段着に着替えろ。ジャージでもいいんだが女子の手前いいかっこ見せたい奴もいるだろ。多少のしゃれっ気は許す」
麻生先生の一方的な合宿開始宣言の後、みな急いで食堂へと向かった。料理はきわめてありきたりなハンバーグランチだったが味は悪くなかった。古川が予定しているという乙彦の「生徒会副会長(仮)就任パーティー」はどうやら麻生先生の意向によりお流れになる見込みらしかった。
「関崎、気にするな」
別に気にしてはいないのだが藤沖が背中をたたきながら語りかける。
「麻生先生のことだ、さっさと委員を決めた後は無礼講だろう。一緒に飲もう」
「飲む、のか?」
「当たり前だろう。古川にさっき何運ばされた」
そうだった。大量のウーロン茶とオレンジジュースのペットボトルだった。
──BCLは今回断念だな。残念だが。