24 信任投票(5)
結構話をした感じがするが実際終わって見るとたった一時間で完了している。
「意外と時間短縮になるでしょ。椅子とか持ち運びしないでもすむし」
生徒会役員たちの手際よい撤収ぶりと、それに伴う投票作業も単純だった。教室で渡された投票用紙に○つけて提出してそれで終了。あとは明日の早朝に開票結果が発表となるのだが、そこが信任投票たるところで九割がた決定と考えていいだろう。
「あのやり方はさすがだな」
投票用紙も回収され放課後に入ったが、一年A組の一日はまだ終わらない。藤沖につかまって乙彦はしかたなく生徒玄関に向かった。ある程度着替えは親に持たされてボストンバックの中に入っているがどうせ同じ敷地にあるセミナーハウスでの一泊、たかが知れている。明日の授業に伴う教科書が少し重たいだけだった。
「これからすぐ行くだろ」
「そうだな」
本当はいつもの外部三人組としゃべりたいところだったのだが、今日はさすがにそうもいかない。あわただしくも決まったクラス合宿の予定が配られていて、
・集合:十八時
・夕食:十八時半
・風呂:十九時三十分~二十時
・クラスミーティング:二十時~二十二時
・就寝:二十二時
きわめて健康的なスケジュールがまとまっている。
「本来の予定はすべて二十二時以降に固まっていると思うんだが」
「だが明日の朝は早いだろう」
乙彦も朝バイトを休む気などなく、麻生先生にもその旨伝えてある。朝四時起床はいつもどおり、朝食はひとりだけ早く用意してもらうことになる。
「朝練やっている奴もいるしな。お前だけじゃない。どちらにせよあまり夜遅くひっぱるのは無理ということか」
「それ以前にクラスミーティング自体が二十二時で終わると思うか?」
麻生先生のことだ。かならず何かかしら伸びるネタが用意されているような気がする。
「ところで今日の立会演説会ならぬ、座談会だがお前、実際参加してみてどう思った?」
藤沖は乙彦に、寒空の下尋ねた。
「よくわからないがああいうやり方もありだとは思う。少なくとも中学でああいうやり方を経験したことはない」
「そうか。俺も実は初めてだ」
藤沖は鼻の下をかきながら続けた。
「今まで生徒会といえば先生がたの言いなりで無難にことを片付ければよいという発想のもと動いていたのは否めない。実際俺が生徒会長やっていた頃も、ふざけるのは委員会で、生徒会はまっとうにというのがモットーだったからな。おそらく今までの生徒会もその路線でやってきたんだろう。だがそれだと限界を感じていたということでゲリラ的なやり方をいきなりとったということらしいな」
乙彦もある程度は聞いていたことなので驚きはない。
「まあ、面子を一通り確認してみたがまんざら悪くはない。清坂が最初どうかと思ったが、もともとあいつも頭の回転は速いしそれに羽飛が脇にいる。暴走を止めるくらいのことはするだろう。ただ」
──やはり不安分子があるということだな。
言いたいことはわかっている。乙彦も空を見上げて答えた。真っ白い空だった。雪がそろそろ降りそうだ。
「お前が前から話していたあのふたりだろう。確かに俺も感じている」
「今回の難波の発言も正直俺は気にかかるところがあるんだ」
同じことをやはり藤沖も思っていたのだろう。
「清坂、羽飛、このふたりは内部と外部の融合を目指しているといった雰囲気がなんとなくする。評議時代にいろいろ感じることがあったのだろうし、羽飛もそれに同感しているようだ。少なくともお前の敵ではない。まあ清坂は前からお前に惚れているようだからそれ以外の要素もあるかもしれないが」
「うるさい、そういうことは俺には関係ない」
「そう怒るな。お前の本命は明白だ。だが難波は明らかに中学と同じ空気をなんとかして高校にもまとわせたいといった意識が強い。古きよき時代の青大附属を復活させたい、その気持ちは本物だろう。だがそれは外部からの変化をも拒絶することにつながりやすい」
──それはわかっているがどうすればいいんだ。
藤沖の熱く語る気持ちもわからなくはないのだが、まだ生徒会役員に決定したわけでもないのだからこの段階で細かく考えることも難しい。
「俺も評議委員として出来る限りの協力はする。いつでも相談してくれ」
「ああ、わかった」
とりあえずは適当に流しておくことにした。
集合時間にはだいぶ間もあることだし図書室にでも立ち寄ろうかと思ったが、
「せっかくだ。お前もセミナーハウスに入るのは初めてだろう。俺が案内するぞ」
頼みもしないのにどんどん大学敷地内に向かう藤沖。まだ四時を回るかどうかというのに早すぎやしないかと言ってみたものの、
「いや、セミナーハウスは結構ゆったりしていて、運動する場所もある。飲み物も適当に買える。遅刻するより早いに越したことはない」
どうやら今日は藤沖に付き合うしかなさそうだ。
向かう途中立村とすれ違った。乙彦が声をかけたが気づかなかったようで反対方向へ駆け出していくのが見えた。見送っていると藤沖がまたつっこんできた。
「あいつも参加すると聞いていたが」
「参加しない奴いないだろう?」
「確かにそうだが」
藤沖は少し考え込みつつ改めて立村の背を目で追い、すぐに乙彦に尋ねた。
「お前は立村とそれなりに付き合いがあるようなんで聞きたいんだが、最近あいつやたらと中学に顔を出しているような気がしないか?」
「それは俺も感じていた」
その通りだ。やはり乙彦だけではなく藤沖をはじめとする他の連中も同じことを考えていたのだろう。付け加えておいた。
「ここ最近そんな気はしていたんだ。もうひとつ気になっていたのが、霧島といつもつるんでいることなんだが」
「霧島、というと、生徒会のか」
「そいつしか俺は知らない」
──厳密には弟の方か。
藤沖にはまだ、霧島の姉と顔をあわせたことを伝えていない。
「そうか、霧島と連絡を取っているのか」
何か勘付いたようで、唇をかみ締めていた。ただ何がひっかかったのかはわからない。
「夏休み前からしょっちゅう見かけていたんだが、ここ最近は毎日と言っていいな。相当なつかれているようだが」
「そうか、最近か」
考えこんだ後、藤沖は思い切り坊主頭を振った。
「さっさと行くことにしよう。食い物は古川が全部手配してある。今夜のクラスミーティングはほぼ当選確定の関崎お祝いパーティーになるに決まっているからな!」