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「それではみなさん、これから立会演説会を始めさせていただきます」

 生徒会長の一声で前代未聞の展開と相成った青大附高立会演説会は、マイク一本用意した中、みなが思い思いの形で座り、発言者がその時々に立ち上がるといった形をとって進んでいった。立候補者および生徒たちがぽかんとしている中で生徒会役員たちの手際は見事だった。てきぱきと話を進め、なぜこのようなイベントを開いたのかをかいつまんで説明を行った後、

「そういうわけで僕たち青大附高生徒会最後の役割として、全くさらな状態から新しい風を吹き込むために、みな同じ立場で意見を戦わせればと思った次第です」

 一通りまとめた。驚くべきことはこの形式での展開が生徒たちにはばれていなかった代わり、先生たちにはあっさり通ったという現実である。

「それでは最初に、会長候補の清坂さん、ざっくばらんに今回の立候補理由をさらりと」

「はい」

 差し出されたマイクを慣れた手つきで受け取ると清坂は立ち上がり最初にかんたんな自己紹介をし、にこやかに語り出した。他の連中はやはり膝を抱えているのみ。

「ええと、こういう感じで話すのってほんっとに久しぶりなんですけど」

 後ろの方から上級生たち一部の「やっぱ清坂ちゃん可愛いなあ」との声が聞こえてくる。

「私、中学の時評議委員会に三年間参加して、きっと高校も同じのりで委員会活動やってるのかなって思っていたんです。部活動の延長みたいな感じで、みんな仲良くいろんな学校行事に参加したり、委員会ごとにさまざまなイベント企画したり。でも高校に入ってなんとなく雰囲気が変わってきていたような気がして、なんでだろうっていつも考えていたんです」

 ──本当にいいのかこんなしゃべり口調で。

 演説ではない。ごくふつうに友だちもしくは親しい先輩と話しているようなのりだ。清坂も特に肩肘ばった雰囲気がない。時々囲んでいる生徒たちに語りかけるように目線をかえて、

「でも、それは決して悪いことじゃあないなって。思うようになったんです」

「それはどうして?」

 副会長の女子先輩が問いかける。

「中学って、入学した時から同じスタートって感じですからその中でいろいろと企画するだけでよかったし、正直それで精一杯ってとこがありました。でも、高校に入ってみて外部生の人たちやもっというと他の学校の人たちとの交流などもあって、もっと視野を広げる機会が増えたんじゃないかなとか、そんな気がしたんです。あと、私、学校祭で規律委員のひとりとしてたくさんの人たちに接する機会があって、こういう形でいろいろな出会いや変化を感じさせられる学校に変わっていくんだったら、きっとみんな楽しく過ごせるんじゃないかなって。そう思うようになったんです!」

「ではあとでもっと詳しく聞くとして、次に生徒会副会長に立候補したお二方どうぞ。ええと最初は羽飛くん」

 いきなり「はーとーばー!」とコールがかかる。いいんだろうか、A組の古川も羽飛コールに混じっている。羽飛は頭をかきながら立ち上がり、

「あっと、僕は中学で特に委員会活動やってないんですが。ただ三年になって一時的にクラスをまとめることの難しさとかやりがいとか、そういうものを感じる機会があったんです。それでさっきの清坂さんと同じとこもあるんですが、もっといろんな生徒たちの意思とかやりたいこととか、そういったもんをもっと取り入れて、中学とは違った形で盛り上げていければいいなとか思ったんで。実はたいしたこと考えてません。それなりに演説用原稿は持ってきたんですがそれ読んだほうがかえっていいっすか」

「いらないいらない。でもわかるよそれ。みんなの声を聞いて盛り立てたいってのはわかるよ」

「かえって中学の委員会経験を積んでないからこそ、新しい目線で出来ることもあるんじゃねえのってことで俺なりに考えた次第です。質問どんどん受け付けます」 

 かなりあいまいで短い所信表明だが、一年生を中心に拍手が沸き起こった。やはり羽飛の同学年人気は相当なものらしい。どうでもいいが古川もずいぶん薄情なものだ。

「では次、関崎くんどうぞ。それとみんな無理して『わたくし』なんて使わないでいいからね、男子は『俺』女子は『私』もしくは『あたし』でOK」

 くだけた口調で盛り立てようと書記の女子先輩が呼びかけながらマイクをよこした。

「あの、一年A組英語科、関崎乙彦です。よろしくお願いします」

 どうしようもない違和感の中、乙彦は直立不動したまま一礼した。やはり一応は立会演説会だ。こんなとろとろしたしゃべり方だと自分が保てない。台本は要らないがそれなりにしゃべりたいこともある。

「関崎くーん!」

 ありがたいことにコールがかかっているのは一年A組からだった。B組にいる静内を探してみたがじっと黙って見ているだけだった。


「俺がやりたいことというのは、この青潟大学附属高校に情熱の炎を燃やしたいってことです」

 マイクに口を当ててはっきりと言い切った。全校生徒たちが前から後ろからじっと乙彦を見つめているのが伝わってくる。同じ平面だけあってその熱も身近に感じられる。

「俺は今回の学校祭で規律委員として、外部生というフィルターつきのいろいろな経験をしてきました。正直言って俺は入学した時先輩たちから参考書や辞書、制服や体育着のスペアとかいろんなものをもらって入ってきたような奴なんで、いろんなところがずれているっていうのは感じてます。でも、みな一対一で話せば余計な情報なんて関係なく分かり合えるし、目的があれば精一杯そこに向かって突き進める、それだけじゃなくて誰かが苦しんでいたらいろんな方法で助け合える、そういう学校だったんだと知りました」

 みなしんと聞いている。いいんだろうかこんな大雑把な話で。

「その一方でいろんな人たちから、青大附属は金持ちの学校だからとか、外部生は常識がないとか、内部生は伝統に拘りすぎているとか千差万別の意見が耳に入ってきます。実際俺も典型的な外部生なんで、戸惑いが全くないとは言えません。でも、だからこそいろんな価値観がぶつかり合うことによって生まれる新しい校風というのも絶対あると思います。本当はクラスをまとめるとかそっちから始めたほうがいいんじゃないかって気もしたんですが、やはり俺はできるだけ早い段階でたくさんの人たちとの、ええと化学反応みたいなものを見てみたいと願ってます。そのための起爆剤として、あえて外部生として、飛び込んでみたい、その上で来年の学校祭においては今年とは違った本当の意味での内部外部の融合の炎、みたいなのを燃やしてみたい。そう思ってます」

「関崎くんお疲れさま。じゃあ次」

 ひとりで長くしゃべり過ぎたらしく、あっさり次へ次へ、とマイクが回されていく。乙彦の話したいことはまだたくさんあったしなんだか誤解されそうなところで切られてしまったのが不満ではある。だが仕方あるまい。時間は限られている。


 ──紅炎をもう一度見たい。

 隣りで名倉がささやいた。

「内部と外部の化学反応か」

「ああそうだ」

「爆発して事故を起こすかもしれないぞ」

「だから一年のうちからやりたかったんだ」

 さらに説明しようとしたところで今度は名倉にマイクが回ってきた。はたしてこいつは何が立候補の理由なのか。興味津々で見守ると、

「僕は、早いうちから会計知識を身に付けたいと考えて立候補した次第です」

 きわめて自己中心的な答えであっさり納めてしまった。名倉がなぜ、会計に立候補したいと考えたのか今だに理解できない。外部生としての味方としてはうれしいが、本当にそれだけでいいのだろうかと思わずにはいられない。


「俺は評議委員会時代に得たたくさんの財産を、青大附高にも還元したい! だからこそ今回立候補しました。何も新しいものを無理やり褒め称えることがいいとは俺は思いません。むしろかつて得てきた素晴らしい伝統、たとえば評議委員会で中学時代やってきた『ビデオ演劇』などの自主活動、規律委員会で言えば『青大附中ファッションブック』などのオリジナリティーあふれた活動をもっと支援したいし、そういうことを応援してきた中学の風土を俺は移植したい! それさえあれば青大附高は強い学校に生まれ変わることができるはずです!」

 熱くマイクを握り締めて叫んでいる難波に、みながあきれた顔しつつも温かな拍手を送っている。乙彦は眺めつつ自分の言葉「化学反応」のひとつを難波に重ねて見上げた。ついでに立村の姿も探した。立村はいつのまにかC組の南雲と天羽のふたりにはさまれる格好で穏やかな表情を浮かべつつ候補者たちを見つめていた。

 


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