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24 信任投票(3)

「ところでこれから立会演説会なんだが、準備しているか?」

 和やかなつつき合いの真っ最中によりによって副会長候補者の乙彦が言い出すのも何かと思ったが、とにかく聞いてみるしかない。呼びかけた。

 三羽烏も羽飛も清坂も、もちろん立村もようやく気がついたといった風に顔を見合わせている。あまりにも間が抜けていると思わなくもないのだが、一応今日の六時間目を使って形式上の立会演説会があるはずだ。たった一時間で終わるのかも疑問だが。

「そう、そうだよね」

 清坂も両手で頬を押さえつつ乙彦に問いかけた。

「私、一応原稿作ってあるけど、どうなんだろう」

「ちょっと美里、あんたまさかぶっつけで読むつもりだったの?」

 古川がまた仰天声を挙げた。なだめる羽飛。

「古川そうぎゃあすか言うな。俺もとっくの昔に準備済みだ。なあ立村?」

「確かに、まあ」

 言葉を濁す立村をどつく難波。相当、いろいろと隠されていたことを根に持っているらしい。

「少しでも先に出て準備するつもりだったんだろうが俺をなめんなよ。更科と一緒に俺も原稿あるぞ」

「仲間っていいなあ。みんなで頭つき合わせてれば原稿あっという間に出来ちゃうもんなあ」

 また空気を和やかにしようとするのが見え見えの更科が机に座って足をぶらつかせる。

「けど、なんか変だとは思うんだよね」

 清坂は立村に近づき話しかけた。

「立村くん、どう思う? 昨日ね、立候補者全員呼び出されて顔合わせしたんだけど立会演説会については何にもいわれなかったんだから。私聞いちゃったもん。本当にやるんですか立会演説会をって」

「そしたらなんて」

 立村がまじめな表情で清坂を見上げた。身を乗り出している。

「やるけど、準備しなくていいよって。それってどういうこと? 立会演説会って今までならみんな、原稿作って読むよね。所信表明みたいなの。それいらないってどういうこと?」

 今までずっと黙って聞いていた南雲がひょいと手を挙げた。乙彦と目が合い愛想良く笑った。

「清坂さん、たぶんうちの学校の十八番だよそれ」

「十八番?」

 清坂だけではなく他の生徒たちも南雲に視線を集中させた。

「生徒会のみなさん、たぶん何かたくらんでるよ。俺たちの規律委員会とおんなじ」

「でも仮装するなんて話、出てないけど」

 一瞬誰かが吹き出した。この場には「規律委員会アイドルユニット三人組」が揃っている。

「衣装を着けるのは間に合わないにしても、何かのイベントとして考えているんじゃないかな。少なくともおとなしく席について眠そうな顔して演説を聴いているなんてのりじゃないと思うんだけど、りっちゃん、どう思う?」

 立村が振り向いて何かを答えようとしたところでちゃんちゃん、鐘が鳴った。


 五時間目もいつものように終了し、いざ、六時間目の立会演説会へとなだれ込むことになる。八人、ひとり五分程度として四十分弱か。その後はみな教室で静かに投票用紙を書きこんで投票。自然な流れだ。信任投票でも、だが。

「立会演説会五分前です。候補者のみなさんは先に体育館まで集合してください」

 校内放送が休み時間流れ、乙彦もとりあえずは用意した演説原稿を片手に飛び出した。なんだか中学時代の張り詰めた空気とは全く違うゆるんだ雰囲気に今だ慣れずにいる。

 ──いくら時間が切羽詰っていると言ったってな。

 D組から同じくわらわらと現れる立候補三名。C組、そしてB組。いつのまにか連れ立って廊下を歩いていくと、いきなり拍手が沸いた。からかい口調で、

「よっ! 大統領!」

 掛け声かける奴もいる。大名行列のようだ。

「なんか歩いているだけなのにね」

 清坂が羽飛に話しかけているのが聞こえた。乙彦もいつのまにか大名行列状態で廊下をつっきりながら、隣りにいた名倉に、

「これが本当に生徒会役員選挙なのか、信じられるか」

 問いかけてみた。名倉も仏頂面で、

「よくわからん」

 答えるだけだった。 


 体育館に入り誰もいないがらんとした体育館のど真ん中で待ち受けていたのは、八名の現生徒会役員たちだった。準備に余念がないであろうことは予想していたのだが、まさに純粋に八名のみで準備を進めていたこと自体に驚いた。

「どうも、よろしくお願いします!」

 羽飛の張り上げた声に合わせて全員が一礼した。すぐに手招きされた。

「さあさあ、じゃあみんな、とりあえずここに座って」

「ここ?」

 清坂が生徒会役員たちの固まっている中に進んでいきもう一度確認を取った。

「あの、椅子とか持ってこなくていいんですか?」

「いらない。みんなここで車座になってしゃべるから」

 生徒会長は平然として答えた。それを囲む他の生徒会役員たちも、

「これね、ずっと前から計画してたんだけど今の今まで内緒だったんだ! みんな驚くだろうなあ」

「あのう、先生たちは」

 乙彦なりに遠慮しながら尋ねると、またあっさりと答えが返ってきた。

「俺たちなりにずっと任期中はまじめにやってたからな。最後の最後くらいはやりたいようにやらせてもらうということで、今回は大目に見てもらったというわけさ。でなかったらあんなイレギュラーな、一年生しかいない生徒会とか組めないだろう?」

 隣りで呆然と、立会演説会用の原稿を握り締めている難波にも、生徒会長は穏やかに声をかけた。

「ああ、ホームズ難波、安心してくれ。ちゃんとおめえさんのしゃべる番は用意してあるから思う存分語れよ。原稿なんかいらないからな。せっかくだから激論交わすのも悪くないぞ」

「あの、投票は」

 名倉が質問を投げたのに誰もが驚いていたが、すぐに書記の先輩が答えた。

「大丈夫。さすがにそれは帰りに教室で書いてもらうから。公平を期するために開票は先生たちに全部任せてるから」

 ──それってかえって、生徒会の自主性を失ってるんじゃあないのか?


 疑問が疑問を呼ぶ中、生徒たちがみなばらばらに体育館へ入ってきた。やはり生徒会役員たちおよび候補者たちがど真ん中で語らっている姿に戸惑っている様子だった。すぐに先生たちが交通整理を行ってくれている。本当だったらそのあたりを生徒会役員たちが取り仕切るはずなのではとも思ったが、生徒会長は動じずさっさと胡坐をかいた。

「大丈夫、ちゃんと先生たちとも取引はすんでるからね。さ、みんな適当に座ろう。みな同じ平面で話したほうがいいと思うから、椅子はなしだよ。尻が痛いかもしれないけどがまんしろよ」

 いつのまにか生徒会役員、立候補者たちは全校生徒たちに囲まれる形となる。マイクの用意を手伝ったのみで乙彦は膝をかかえて座った。女子たちは足を崩す格好で、男子連中はみな胡坐かあんざ。ふと、何かが蘇った。

 ──座談会、か。

 二年前の水鳥中学学校祭で惨めな敗北のうちに終わった、あの時を。

 

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