24 信任投票(2)
立村を捕まえるチャンスは意外と早くやってきた。
「おーい、立村いるかあ?」
「よっし、ちょっと面かせ」
「言い訳したっていいよね」
給食食べ終えた昼休み、けたたましく飛んできたC組三羽烏に立村がC組へ連行されてゆくのを見送っているうちに古川から、
「ちょっと、あんたも一緒に見に行かない?」
誘われた。今朝の話からすると古川も生徒会立候補にまつわる大どんでん返しについて追求したくてならないらしい。だったら親友の清坂を捕まえろと言いたいところだがその辺は考えていない様子だった。
「俺が追いかけていくべきか疑問だが」
「いいのよあんた。立村をA組に奪還するって言い訳があるじゃん」
──何も奪還っていうのはないんじゃないか。
せかされて立ち上がる。どちらにせよ、興味はある。
B組を通り過ぎてC組へ向かうと、やはりというかなんというか立村は天羽たちにしっかり囲まれて追求されている。真ん中あたりの席にしっかり据えられ、真正面から難波が、両隣から天羽と更科が、遠目で南雲が他の男子連中とにやにやしながら眺めている。
「立村、お前何たくらんだ!」
追求とはいえどものどかな雰囲気なのに難波だけ目が釣り上がっている。冗談が通じないらしい。
「たくらんだわけじゃないけどさ」
「いや、お前絶対何か仕掛けただろ! 他の奴はともかくも俺を騙せ通せるとは思うなよ!」
「別に難波を試すつもりじゃなかったけど」
とまどった風に俯いたまま立村が言い訳している。
「まあまあホームズ切れるなよ。お前だってこれから、ほぼ九割方生徒会の人間になるわけだし、俺も一緒だし、いいじゃん。羽飛も悪い奴じゃないし、清坂さんも」
「そういう問題じゃねえってんだ!」
難波が指で煙草を吸うようなまねをした。その指で机を叩いた。
「いいか、立村。俺もお前とは長い付き合いだ。お前のやり口を知らんわけじゃない。羽飛を組み入れた、ついでに清坂も引きずり込んだ。それはいい」
「いや違う、引きずり込んだわけじゃないってさ」
慌てて立村が言い訳するが無視される。
「今度の生徒会が一年生ばっかりになっちまうのも前もって委員会経由から情報は得ている。音楽委員会もなめたもんじゃない。これからどういう展開になるかわからないが俺なりに考えてそれで立候補したんだ、わかるよな」
「わかる、つもりではいる」
小声でつぶやく立村を慰めるように天羽が肩を叩く。
「ま、お前のことだ、難波が言うようにお前なりに考えあったのは認める。ただなあいつがぶち切れてるのは別のこと、なんだよな?」
エキサイトしすぎているんじゃないかと思うのだがC組の男女生徒ともにみな冷静、慣れっこのようだった。合唱コンクールで指揮者だった難波も、練習中は相当怒鳴ったと聞く。C組の皆々様には心より同情する。
「そうだよ、ホームズも少し落ち着けよ。ただ俺もびっくりしたよ」
また和みの言葉を放つ更科。
「羽飛が会長に出るのならああそうだなって思うけど、まさか清坂さんだなんてね。そりゃうちの学校、中学も今まで女子が会長してたけど高校で今まで会長っていたっけ?」
「いねえだろ普通!」
なんだかけんかしているのかじゃれあっているのかよくわからないが、とりあえず立村もさほどおびえている様子もないし安心した。場合によっては間に入らねばならないとも覚悟していたのだが。ふと、一緒にいたはずの古川が見当たらないので目で探すと、今度は別口でつるし上げ中らしい。もちろん、羽飛しかいない。
「あのねえ、羽飛、私だけなんで蚊帳の外なわけ?」
「そう怒るなよ、古川、結果オーライでいいだろが」
「羽飛もそうだけどなんで美里も内緒でいろいろエッチなことしちゃうだろうねえ」
「してねえよったくばか!」
こちらも痴話げんかっぽい雰囲気で遊んでいる様子だった。深刻な話にはなりそうにないので胸を撫で下ろす。なんだかんだで次期生徒会の仲間たちを歓迎しているかのように見えた。
「だってさ、私のうちで話、した時、どのポストに出るのって聞いたらまだ決めてないって言ったじゃん! 美里もそうだったけどさ、あんたいつ決めたわけ?」
「締め切りぎりぎり。人生悩むぜそりゃ」
「悩むったって、書類提出する時に普通書くでしょが、書記です副会長です会長ですって」
「立候補するにはするけどポストはあとでって話をしたんだがな。なあ、そうだろ立村?」
三羽烏に思い思いの形でつつかれている立村へ羽飛は呼びかけながら近づいた。
「ポストはあとだと?」
また目がつりあがる難波を更科がまあなだめるように腕を引っ張る。立村はおずおずと、
「でもそれでいいって生徒会側でも言ってくれたし別にずるいことしたわけじゃないよ」
難波に必死に訴えた。
「ふたりとも立候補するならそれでいいかなと思ってたし。ただポストが重要だというのは俺も知らないわけじゃない。少しじっくり考えてからのほうがいいんじゃないなってさ。どちらが会長になっても不思議じゃないし」
「ちょい待ち、立村」
初めて天羽が鋭い口調で問うた。
「お前、清坂と羽飛が立候補した時、どちらが会長になったほういいと思った?」
「それは」
また言葉に詰まる立村に、今度羽飛が割って入った。
「天羽、あんましこいつ責めるなや。見ろよ、完全に責任ひとりで背負っちまった顔してるだろ。違うっての」
「じゃあ羽飛ちゃん真実をとことんどうぞ」
「たいしたことじゃねえよ。立候補は決めたけど最終的にはあみだくじ」
──あみだくじ?
聞くともなしに聞いていたらしいC組連中がすわと耳をそばだてた。
──おい、お前ら、生徒会長のポストを「あみだくじ」で決めるのかよ!
たぶんこの時の乙彦は、難波と気持ちが思い切り重なっていたと思う。
古川が清坂を腕引っ張ってきたのはこの時だった。
「なんなのいったい、すごい盛り上がりだけど。立村くんまた弾劾受けてるの?」
「弾劾じゃないけど」
「似たようなものよ。まあいいけど」
天羽たちの中に割って入った清坂は、古川に向かい両手で「ごめんね」するポーズを取った。すぐに難波へ向かい合い、
「難波くんごめんね、それと更科くんも」
素直に頭を下げた。おかっぱ髪が揺れた。
「そりゃびっくりするよね。女子が生徒会長っての、驚くよ。私も中学で佐賀さんが生徒会長になっちゃった時、卒倒しそうになったもん」
あっさり謝られて、言葉を失っている難波に清坂は立村を見やりながら、
「私もね、まあいろいろあるわけ。前から生徒会出たいなとは思ってたの。けど、かなり迷ってたんだけどね」
「だったらもっと早く言えよ。なんで隠してたんだ? それぞれ心の準備っつうのがあるだろ」
難波がぶっきらぼうに尋ねる。怒りは収まったようではある。
「そうね。今回あえてぎりぎりまで迷ったのはどの役職に出るかってこと。それによってやりたいことが変わってくるじゃあない? 私もやりたいことそれなりにあったからどの役職がいいかなあって悩んでて、それで結局貴史とあみだくじで決めようってことになって」
「だからなんでお前らあみだなんてそんな安易なやり方するんだ?」
またエキサイトしそうになる難波に、今度は立村が口をはさんだ。
「俺がその立会人になったけど、結果としては同じだったよ」
「どういうことだ?」
天羽が問いかける。
「つまり、あみだくじ作って勝ったほうが自分の意思を通すだけだから。結局清坂氏が勝って生徒会長立候補選んだけど」
続けたのは羽飛だった。立村の後ろに回り両手を両肩に置いた。
「そ。俺はどっちにせよ美里のやりたいようにやりゃあいいと思ってたから会長でも副会長でもOK。やりたいことある方が上に立てば一番いいんじゃねえの? なあ立村?」
屈託なく笑った。