23 立候補者一覧(5)
律儀に四時を回ってから集まってくる奴の多いこと多いこと。名倉のことを乙彦なりに生徒会メンバーへ紹介したりしているうちに新たなる立候補者二名が現れた。
「もう来てたのか」
乙彦の顔を見るや第一声はそれか。難波と更科が仲良く顔を出した。
「さあさどうぞどうぞ」
生徒会長が手招きしたので仕方なさげに名倉の隣りに座った。難波が立候補したのは目の前で確認したからいいとしても、まさか更科までとは思わなかった。天羽がいないのが意外だった。
「天羽は来ないのか」
声をかけて見ると、更科が首を笑顔で振った。
「だって今日さ、立候補者だけだから付き添いでは行けないって」
「なら更科はどのポストに出るんだ?」
「書記」
きっぱり答え、難波にも話しかけた。
「ホームズは渉外だよね」
「勝手に言うな」
不機嫌そうに難波がつぶやく。意外な展開に少し驚く。てっきり難波は副会長あたりを狙っていたのではと思っていたからだった。第二の総田となるかと正直気が重かったのだがその辺りは回避できたようでなによりだ。もっとも渉外とてかなり面倒そうではある。
「そろそろどのポストに立候補するかということくらい教えてもらいたいよなあ」
難波が更科に話しかけると、聞こえていたのか生徒会長がすぐに答えた。
「そんないきなりつまらんことやってどうすんのシャーロック難波。推理ってのが一番だろ」
「まあそうですが」
──シャーロック・ホームズ・難波な。
自分の趣味を自由研究にぶち込んで仲間を引き込んだというのはそれはそれで面白いものが出来たんじゃないかと思う。ちょいと興味はある。もう少し人間関係がこなれたら見せてもらいたい代物だが、いかんせんその見込みが薄いのも確かだだった。
「こんにちわー!」
次に現れたのはやたらと背の高い、欧米人風の顔立ちを持った女子だった。見たことがありそうな気がするのだがどこだか思い出せない。昨日の集まりには混じっていて、確か書記に立候補していたはずだ。
「泉州さんどうもどうも」
またこちらも笑顔で手招きする生徒会メンバーたち。男子よりも女子たちの愛想が妙によい。押しの強い美人といえばいいのだろうが、男子としては少々怖いタイプとも言える。
「なんかいいのかなあ。あれ、名倉、あんたもいたの」
いきなり親しげに声をかけてくるのも驚きだ。名倉はろくに返事もせずそっぽを向いている。
「名倉と知り合いか?」
「同級生だってば。D組仲間なのにねえ」
大柄な女子は名倉を楽しげに眺め、
「ねえ、今日はなんでいるの?」
いきなり直球を投げている。名倉も仕方なさそうに口を尖らせ、
「見ればわかる」
一言告げた。確かに見れば、目的はひとつだ。
「へえ、立候補したの? で、何に」
「会計だよな」
あまりにも無視をこかれるのは申し訳ないので代わりに答えてやった。生徒会書記女子もフォローに入る。
「そういえば昨日、会計だけ埋まらなかったもんね。でもどういう風の吹き回しなのさ」
問い詰めたそうに名倉の顔を覗き込む。ずいぶん親しげな口を利く女子だが、乙彦には全く興味がないらしい。代わりに答えてやってもいいのだが。
その次は渉外に入った女子がひとり。乙彦は知らなかったが彼女もどうやらD組らしく、顔見知りらしい難波と更科が、
「阿木も今回は生徒会に来たのか」
「評議を狙わないで生徒会って、元評議にははやりなのかなあ、でもまたC組時代のお付き合いでよろしくね!」
「うん、こちらこそ!」
などと声をかけている。評議委員ではないらしいが、それなりにふたりともつながりはあるらしい。詳しく後で聞いてみよう。一応乙彦たちにも頭を下げ、名倉の顔を見てびっくりしている様子だった。泉州と呼ばれたごっつい女子が、
「阿木さんも混じるとなると、D組の一大勢力が生徒会に終結しちゃうね」
「ほんと、びっくり」
軽やかに話している。名倉は口を一切出さない。誰にも立候補については内緒にしていたことが伺える。
──ちょっと待てよ。あと、誰だ、来るのは?
附属上がりの連中が委員会などの思い出話に華を咲かせ始めたところで乙彦は指で数えた。隣の名倉も頷きじろりと回りを見回す。小声で、
「あとふたりが会長と副会長か」
ささやきかけてきた。その通り、すでに副会長一人、書記二人、渉外二人、会計一人が揃っている。残りは会長と副会長のポストのみだ。もちろん信任投票であることにかわりはないが、いったいそいつらが誰なのかは次に扉が開いた時に判明する。
「誰だろうな」
「ねえ会長は誰なのよ」
「さあ、それぞ推理の必要があるんではないか?」
「推理するまでもない。答えは出ている」
難波がふと目をあげて立ち上がり、腰に手を当てて何か言葉を発しようとした時だった。
扉が開いた。
──やはりか!
仲良く肩を並べて現れたのは羽飛と清坂の幼馴染コンビだった。
「やっぱりそっかあ、清坂さんなんだな」
「羽飛も水臭いぞ。なんで俺に言わなかった」
元評議コンビふたりが語り掛ける中、泉州と阿木のふたりは黙りこくり様子を伺っている。同時に生徒会役員会計の女子先輩が缶珈琲を取り出しつつ、
「ええっと、美里ちゃんと羽飛くんが来てくれたところで、正式発表していいかな」
会長に呼びかけた。あいまいな笑みを浮かべたまま清坂は羽飛に何かをささやいている。羽飛も、
「ま、そろそろネタ晴らしタイムってとこだわな」
にやりと笑っている。相当緘口令をひいていたのか、それともこっそり動きたかったのか。はっきりしていることは、静内が早い段階で清坂の立候補を勘付きその上で自分は身を引いたということだろうか。もちろん本人に確認しないと詳しいことはわからないが。
「それじゃ、美里ちゃんいい?」
「はい、お任せします」
清坂はちらっと乙彦に目を留め、すぐに会長たちへひまわりの笑顔を向けた。羽飛と仲良く、
「予定通りだね」
「まあな」
などとささやき合っているところがなんとなく通常の幼馴染以上の何かを感じさせる。
──いったいあの夏休みのあれはなんだったんだろう。
気まぐれだったのであればいいが。もうあとくされなさそうなら助かる。
「では、全員揃ったところで生徒会役員立候補者のみなさんに一通り今後の予定をお伝えします。では最初にそれぞれの立候補ポストを告げて、クラスと名前だけ簡潔に自己紹介よろしく。ま、必要ないと思うかもしれないが外部生もいるからなあ」
生徒会長は鼻唄を歌いながら最初に、
「それでは清坂さんからどうぞ」
清坂を指名した。羽飛とささやきあっていた清坂はそのまま微笑みを浮かべたまま立ち上がり、さっぱりした口調で、
「今回、生徒会長に立候補しました一年B組の清坂美里です。現在は規律委員を務めてます。よろしくお願いします!」
言い放った。隣りでにやにやしている羽飛を除く立候補者の顔に、「まさか」の文字が浮かんでいるのを乙彦は見たような気がした。当然自分の顔にもその「まさか」は墨をたっぷり含んだ筆で描いてあることだろう。
──予定通り、なのか?
続いて羽飛が、
「あ、っと、今回成り行きで副会長に立候補しました羽飛貴史です。一応一年C組の評議委員やってます」
これまたきっぱりと挨拶し、あっという間に乙彦にまわってきた。頭の中がまだ麻痺した状態のまま、乙彦も立ち上がった。
「生徒会副会長に立候補しました、一年A組規律委員の関崎乙彦です。外部生ですがよろしくお願いします」
ひとり、拍手をしている者あり。すぐに気づいた。微笑みを浮かべたまま清坂が胸元で手を叩いていた。つられてみな、拍手が連鎖していった。