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23 立候補者一覧(4)

青立狩 高校一年・二学期編 23 立候補者一覧(4)


 会計のポストだけが埋まらないままとうとう生徒会改選立候補締め切り日を迎えることとなった。といっても乙彦が特段何かをしなくてはならないこともない。しいて言えば取り急ぎ立会演説会の原稿を用意することくらいか。ちなみに青大附高では応援演説というものが存在しないらしく、藤沖がまたもぶつくさ言っている。

「不思議でなんないんだがなぜこの学校は応援演説というものがないんだ。小学校ですらあったというのにだ。間違ってるだろ」

「確かにな」

 水鳥中学時代はもちろん雅弘に応援演説を頼んだ。はるかかなたの記憶。

「それはそうと、昨日は生徒会でお呼び出しをくらったらしいな」

 どうしてそんな情報が流れているのかわからないが、藤沖も本来であればあの場にいてもおかしくはない人物だ。元青大附中生徒会長なのだから。

「本当におかしい」

 思わずつぶやくと藤沖が聞き返してきた。

「何がだ?」

「本来なら今日が最終締め切り日なのだから打ち合わせなどはその後行うべきだろう。なのになぜ、今の段階で穴埋めしようとするんだろう」

「合理的なやり方だ」

 驚くこともなく藤沖は腕組みしながら頷いた。

「生徒会はできれば気の合う仲間と集まってやった方があとあと楽だ。なかなかそういううまくいくこともないがな。下手にいろいろな分子が交じり合ってぶつかり合うのがいいという意見もなくはないが、俺は反対だ」

「そうなのか?」

 同質化なんて無理だろう。総田との果てしない二年間の生徒会バトルを思い出す。

「おそらく、立候補者のお仲間を集めてそれぞれ味方をひとりかふたり入れて自分の陣地を確保せよということだったのだろう。天羽らもいたんだろう?」

「難波が立候補していたな」

「ああ、あいつらしい。音楽委員では満足できないんだろう。あいつも相当の音痴だからな」

 妙に納得しつつ藤沖は続けて乙彦へ尋ねた。

「それでお前は誰か仲間を引き込んだのか」

「いや」

「それはまずい」

 理解できず思わず首をひねると藤沖から肩を叩かれた。

「お前はただでさえ外部生だ。内部の人間からはいろいろとにらまれる立場になる。本当は俺が入ってやりたいところだがな」

「それは別に困ってないんだが」

 なんとなく理由がつかめて納得した。ぴんと来ないが、それなりにあの集まりの意味はつかめた。それにしても古川も立村もあの日から何も言わない。あれだけうるさく騒いでいる古川が、今はひたすら合宿の準備に没頭しているというのがなんとも言えない。立村はいつものように一切触れようとしない。

 ──まあいい、今日の四時に判明するよな。

 四時に立候補者は全員、生徒会室に集合することとなっている。それから一年いやというほど顔をあわせるわけになるのだから急くことはない。

 ただ、願わくば。

 ──外部の仲間がひとりくらいいてもいいとは思うんだが、静内。 

 伝わるわけもないB組の教室に向かって念を送ってみた。


 古川が乙彦に、

「あのさあ、あんた、好きな食べ物なあに? 女体盛り以外だったらリクエスト受け付けるよ」 

 といつもの調子で合宿の夕食についてリクエストを取り、またあわただしく女子たちのもとへ駆け寄っていった。あっという間に放課後で、あと一時間もしないうちに生徒会役員立候補締め切りだというのに全くのんきなものだ。この段階で古川の立候補はまずないと判断していいだろう。一方立村はと様子を見ると、いつのまにか教室を出て行っている。万馬券が出るとすればこいつだが、やはりぴんとくるものがない。

 ──となるとやはりあのふたりか。

 古川を誘いにいつもなら顔を出す清坂も今日はいない。同時に立村を茶化しにくる評議三羽烏も飛んでこない。となるとやはり会長は羽飛か天羽の一騎打ちかそれともどちらかが副会長か。そしてあまり考えたくないことだが、

 ──まさか。

 清坂がどのポストに顔を出すかが問題だ。それによっておそらく、静内の動きにも影響が出るだろう。昨日静内が迷ったのもそこにあるのかもしれない。そりゃそうだ。口もろくすっぽ利かない女子同士が一年以上も少人数の生徒会室で顔なんて合わせていたくないだろう。周囲もそれだと胃が痛い。乙彦も静内の味方につくつもりではいるがそれでもできれば避けたいパターンのひとつではある。そう考えると無責任に静内を誘うことも難しい。

 望みは全く乙彦とつながりのない立候補者の存在だが、果たして誰か会計に立候補する奴は出てくるのだろうか。静内が考えを改めて立候補してくれるなんてことはあるのだろうか。やはり気になる。乙彦は黙って教室を出ていった。四時にはまだ間があるが、どうせ乙彦が立候補するという話は全校に知れ渡っているのだから早めに待機させてもらってもばちは当たるまい。


「早いなあ、関崎は」

 生徒会長をはじめとする現生徒会チームがゆったり腰掛けて語らっている中、乙彦は脇に立ったまま挨拶を交わした。

「あの後、会計に立候補者は来たんですか」

「それがねえまだなの」

 現会計担当女子が首を振った。

「会計って面白いのにねえ。ある意味うちの学校の全権握ってるようなものなんだけど。私この仕事させてもらって、大学の推薦を経済学部にしたんだもん」

「まあ、誰かかしら補充選挙やれば集まるんじゃないかと思うんだが、それほど気にしなくてもいいだろうな。俺なりに思うには」

「会長は楽天的ですねえ」

 要はひとりくらい足りなくてもなんとかなるといったお気楽さなのだろう。パイプ椅子を勧められたので腰掛けた。

「四時になったら集合してもらって改めて挨拶することになるけどね。まあ関崎くんは決まりだわな」

 缶珈琲をもらい思いっきり飲んだ。本棚には歴年の生徒会誌をはじめ他校との交流アルバムやその他溢れんばかりのプリントが押し込まれている。

「どう、この空気は、合いそう?」

 生徒会書記の女子先輩がささやく。乙彦も改めてぐるりと見渡した。入ってくる窓辺の光が少しまぶしい。

「はい、たぶんやっていけると思います」

 今並んでいる人たちはすべて消え、これからまた新しいメンバーに入れ替わる。雰囲気ががらりと変わることは確かだろう。それでも、生徒会室という場の持つ磁気のようなものが乙彦には心地よかった。少なくとも規律委員会にも、一年A組にも感じなかった引力のようなものが尻あたりに引っ付いているような感覚があった。


 不意に生徒会室の扉がノックされた。

「あらあら、誰かな。もしかして会計立候補者かもよ」

「はいはーい!」

 笑いながら扉を女子の渉外担当先輩が開いた。ちょっと戸惑った風に、

「ええと、もしかして立候補?」

 全員で扉の外を覗き込んだ。目に入ったものが信じられなくて乙彦は飛び上がり立ち上がった。たったひとりででくのぼうのように立ちすくんでいる奴がいる。

「はい。会計に立候補します」

 乙彦と目が合い、かすかに口がほころんだように見えたがすぐにいつもの無表情へ戻った。一歩生徒会室に入ってきた時初めて乙彦は呼びかけた。

「名倉、お前、まさか」

 誰もが驚きを隠せないなか、入り口で立ち止まったままの名倉に駆け寄り、乙彦は手を差し出した。向こうも同時にその手を握り締めてくれた。いわゆる握手だった。


 それから誰も立候補者が現れることもなく四時に無事、生徒会役員立候補者の受付は終了した。

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