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1 自由研究顛末(4)

 すわ一大事、とばかりに図書館内が固唾を飲んで見守っている。

 ──いや、喧嘩売るつもりはないんだが。

 さすがに身に覚えのない因縁をつけられるのはやめてもらいたい。乙彦の考えとして学内での暴力は基本的に反対だし図書館で難波をストレートパンチで沈める気もない。単純に理由と誤解を解きたいだけだ。

 ──そういえば静内も、気にしていたことだしここで誤解を解くのが一番だな。

 「青潟の石碑地図」というものは中学時代に誰かが提出していたテーマらしいということを静内も気にしていた。今の話の流れからすると事実なのだろう。先輩なのかそれとも同輩なのか詳しいことはわからないにしても、一度誰かが手をつけたテーマを再度やり直すということは御法度だった可能性がある。

 ──だがそういう自由研究の履歴などあるのか? しかも中学でだぞ。

 それこそ「外部三人組」の乙彦・静内・名倉の三人にそのことを様子見しろと言われても無理難題だ。静内が単純に史跡マニアだったことや、それに乙彦たちも便乗しただけのこと。学校図書館よりも青潟市立郷土資料館や青潟市立図書館、その他青潟市役所にお世話になったんじゃないかと思う。過去の自由研究を参考にするという発想そのものがなかった。


 口をぽかんと空けたままの難波を更科が肩叩きして落ち着かせている。一歩前に出たのはやはり天羽だった。宿泊研修以来二度目の対決だった。

「お前らいたのか、悪かったな。悪気はなかったんだ」

 すぐに謝る天羽。笑顔を貼り付けたまま頭を下げる。

「悪意はないのはわかる。だが、事実を知りたい」

 ここであっさり引く気はない。乙彦はちらと難波の苦虫噛み潰した顔を見やり、改めて天羽に問うた。

「今の話を確認する限り、俺たちの自由研究がいわゆる真似事扱いされているということか」

「ちゃうちゃう。その反対。更科、悪いが俺が片付けるから、お前ら先に帰ってろ」

 手で素早く追い払う振りをした天羽と、物言わず強引に難波を引きずり出す更科。見事なチームワークだ。本当は難波からも詳しい事情聴取をしたかったのだが危険性を感じたのだろう。それもまた、ひとつの判断である。

「まああれだ。ここだと人目があるしだ。俺も関崎と差しで説明させてもらいたいんで、こっちへどぞどぞ」

 軽口叩きながら、書棚の「歴史」棚に連れて行かれた。あまり人気はない場所ではあるが、乙彦にとっては馴染みある棚でもある。


 天羽の判断が幸いして図書館にはまた普段のざわめきが戻った。耳を澄ませて確認したところで天羽は、ポケットに手を入れた。

「まだ確定ではないんで、お仲間にも内緒にしてもらいたいんだが」

「わかった」

「実はさっき、俺たちは自由研究の件で三人呼び出されたんだわ。さっきの話をしっかり聞いてたろうから詳しいことは省くが、要するに自由研究の評価ってとこだな」

「早いな」

 乙彦はまだそんな話を聞いていない。麻生先生は読んでくれたのかわからない。

「よそさんのクラスはわからんが、うちのクラスはとりあえず自由研究を一通り目通しして評価をくれる。しかもABCDとまあ、少々エッチなやり方でな」

「どこが、なんだ?」

 こういう時古川こずえがいなくてよかったと思う。天羽は続けた。

「俺たちのテーマは『シャーロック・ホームズ研究』という極めてベタな奴だったんだが、これはあいつ、すなわち難波のマニアぶりに敬意を評してってことだわ。あいつのガキん頃からのシャーロキアンぶりは誰もが知らないものなし、当然取り上げて当然のテーマではあった」

「悪くないテーマだとは思うが」

 適当に言葉を挟んでいく。どこが悪いのか正直乙彦にはわからない。

「それなりに努力はしたし、恥ずかしい出来ではないとほくそ笑んでいたんだが諸君、蓋を開けてみたら三人雁首並べて説教を食らった。評価Cという屈辱セットでな」

 天羽は肩をすくめて笑った。

「シャーロキアンの真似事をしたところでオリジナリティーが全然ない。お前らのしたことは本の抜き書きに過ぎないとか、まとめるとそんなとこだ。そりゃそうだわな。シャーロック・ホームズは十八世紀から十九世紀にかけて発表された作品だし、全世界に翻訳されてるんだ。難波程度のファンはうじゃうじゃしているだろう」

「それはそうだ。俺でもホームズは知っている。『まだらのひも』とか」

 天羽は無視した。

「俺と更科はそれなりに納得していたんだが、ぶちぎれたのは難波だ。なにせ長年のホームズ愛を露骨に否定されたばかりかパクリとまで言われちまったからなあ。理由を説明しろとしつこく迫っちまったというわけだ」

 なるほどと頷く。これは難波の気持ちもわからなくはない。

「実際、今までそのような自由研究はあったのか」

「さあな。俺の知る限り、同学年および前後の学年でシャーロック・ホームズに関してあれだけ熱い人間はいない。たぶんうちの担任が考えたことは、本を書き写すのではなく自分の頭で考えたことを綴れっつうのってとこに落とし込みたかったんだろう。人様の小説をああだこうだこねくりまわすのではなくて、もっと地に足の着いたテーマを扱えとな。そうなると最初からシャーロック・ホームズという架空の人間をテーマにした俺たちは即C落ちになったというわけだ」

 そこでだ、と天羽は続けた。

「その時、これはうちの担任がアホだったとしか思えないんだが、良い例として挙げたのがお前ら外部三人組提供の『青潟の石碑地図』というわけだ。ここまで着地点OK?」

「ああ」

 答えるしかなかった。


「うちの担任曰く、お前らの作品はまず自分たちのできる範疇にテーマを絞り、足を使って直接石碑を調べ、さらにはその歴史背景を調べるためにたくさんの人たちと接して情報を集めている。さらにその内容を深めるべく議論を繰り返して後年に残るレベルのものを作成している。そこが評価されているらしいんだ」

「まあ、事実だが、あれは俺より静内の力だ」

「そんなこと聞いとりゃせんの。要は俺たちがホームズ研究しようにも、イギリス行くわけいかねえだろ? ベーカー街221Bに通いつめるわけいかんだろ? ハドソン婦人の格好して記念写真とるわけいかねえだろ」

「それやったら変態だろう」

 一瞬、難波が女装しているところを不覚にも想像してしまった。

「俺はお前らの自由研究を実際目の当たりにしてねえからなあ。実際評価のしようがないんだ。だが、うちの学校の教師が高く評価するものが、空想ではなくてリアルに近いものだっつうことだけはよく理解した。つまり、架空の人間やら見知らぬ人やらそういうもんじゃなくて、直接足を運べて、かつたくさんの人々と接する機会があって、いかにもコミュニケーション能力が高そうなとこをアピールできるものが一番、というわけだ」

「俺の功績とは言い難いんだが、褒められたのはありがたい」

「だがだ。難波が納得してねえのはな」

 天羽はさらにゆっくり、噛み締めるように説明した。

「青大附中ではこの程度の自由研究、ざらだったんじゃねえかと、まあそういうわけだ」


 やはりそこだったのか。

 だが乙彦にとっては反論したいところでもある。

「天羽、別ルートからもその話を耳にしているんだが、俺たちの『青潟の石碑地図』というのは前に同じテーマで提出した奴がいたということか」

「そういうことなんだわな。難波は特にその張本人を知っているらしくてそいつのためにだけ怒っているところがあるんだ。よくわからんがな。で、さらに付け加えるとそいつの評価もたいしたことなかった。なのになんで? と疑問が拭えないんだな」

「実際それを見せてもらわないと俺も判断に悩むが」

「残ってねえよそんなもん。難波がひとりできいきい言っているだけだ。私怨とも言うな。要は自分の汗水流して作成した自由研究をコケにされた難波が荒れているだけであって、お前さんたちにもなんら恨みがあるわけじゃねえということだ。実際なんらかの形でお前さんたちの自由研究が公表されればきっとあいつも納得するだろう。それこそあいつは名探偵ホームズだから、証拠を見れば余計なことは言わん」

 天羽はひょうひょうとした口調で言い切った。

「どちらにしても八つ当たりした難波の件については、俺が代表として謝っとく。悪い、申し訳ない。それと、武士の情けでお仲間ふたりには今の話、何卒内密に頼んます」

 深々と頭を下げられ、乙彦は言葉をなくしたまま頷いた。それしか返しようがなかった。

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