太陽に嫌われた男
あぁ〜、今日も一段と冷えるな。
『あぁ〜、今日も一段と暑いなぁ』
『まだ六月なのにこの暑さはヤバイよねぇ』
そうか…もう六月なのか。
『…ん?おい、あいつ見ろよ!こんなクソ暑いのにジャケットはねぇだろ』
『うわ、キモっ!見てるだけで汗かくよぉ』
そうだね、みんな暑そうだね。でも俺は寒いんだ。だから…昼間は嫌いだ。
自分勝手で構わない。嫌われるのは社会からだからな。
だけど、俺は…俺は太陽に嫌われた男。
『なんか…あいつ暗くねぇ?』
『本当だぁ〜。まるであそこだけ日影みたい』
『ハハハ、んなわけねぇっつーのΣ』
その通りだよ。太陽は俺だけ照らしてくれないんだ…。早く沈め…沈め!
どんなに祈ってみても時計の針はまだ二時である。家に帰って、少し眠ろう…。今日は珍しく十二時に起きちゃったから眠いや…。
あ…今何時だろ?よし、もう八時か。早く…月の下に…。
俺の唯一の楽しみはこうして月を見る事だ。眩しいなぁ…。綺麗だなぁ…。ずっと月が出てればいいのに。
俺は何時間も月を見ていた。動くの早いよ…。あ〜ぁ、太陽が上ってきた…。あ〜ぁ、また…あいつが来た。
『いやぁ〜今日もいい天気だなぁ。絶好のジョギング日和だ』
「黙って走れねぇのか!」
『なんだよ、倉木今日は早いな』
「うるせぇ…寝てないだけだよ。寺田こそ、いい加減あきらめろ。もう二度と戻らないよ」
朝っぱらからジョギングをしているのは寺田といって、陸上部仲間だった。最大のライバルであり、日々競い合っていたが、寺田はケガをして手術を受けた。
二度と元には戻らない。それは寺田が一番よく知っている。
『なんだよ…まだあの事根に持ってんのか?』
寺田がケガをする前、俺達は大会前にも関わらず、三時間のロードワークに出た。…それで俺が負けた。
別に競走という訳ではないが、自分より前に走っている奴の背中を見るのはかんばしくない。
ましてや、ライバルの寺田なのだ。
寺田は足に違和感があったが我慢してやがった。そのまま大会に出て…故障。
最大のライバルがいなくなった俺はいつの間にか陸上部を辞めていた。負けたままで逃げたのだ…。
ちょうどその時からかな…俺が太陽に嫌われたのは…。
「いつでもお前に勝てる。だが、そのケガがあるからだ。」
『分からないぞ?このケガをハンデと思った事などないからな』
「…やるか?」
『よし!一つ賭けをしよう。俺が勝てば、倉木は陸上部に戻れ。倉木が勝てば、俺は走る事をあきらめる』
「てめぇ…なめてんのか?陸上部を辞めた後も俺は自分が走る姿を忘れた事など一度もない」
『決まりだな…。勝負はここから学校までの道。約三キロだ。』
「行くぜ…?よーい…ドン!!」
負けるか…!寺田はもう二度と元に戻らないんだ。それなのにお前の走る姿を毎朝見ている。それが辛いんだ。でも、それも今日で終わりだ。
俺はスタートと共にスパートをかけた。このままゴールを目指してやる。
『な…なに?もつのか?あんなペースが』
さすがに寺田も汗っている。
「なんだ。もう汗かいてるぜ?寺田」
朝とはいえ今日も暑いのかな?…残念な事に俺はちっとも暑くねぇ。まさか太陽に嫌われた事がこんな形で役立つとはな。
ハァ…ハァ…
…?あ、あれ!?
苦しい…?馬鹿な!たった三キロももたないだと!?
な…ぜ……?
『ペースが落ちてるぞ?倉木』
寺田の声が耳に入った時にはもう遅かった。すでに目の前には寺田の背中があった。
俺はバテバテで学校に着いた。…結果はまたしても負けだ。
『はい、俺の勝ち。約束通り陸上部戻れよ』
信じられなかった。足をケガしていて、完治していないとはいえ、まさか寺田に負けるなんて…。
「うるせぇー!」
俺は奇声を発して学校を飛び出した。
家に帰るといつのまにか寝てしまっていた。
ふと目が覚めるともう夕方。今日も外に出て月を待つ。
……………。
……月は…太陽に勝てないのだろうか…。
今日は、百八十度の地平線に太陽と月が同時に出ている。
月は太陽が沈まないと目立たない。
考えてみれば、いつも太陽と月は追い掛けっこしてるよな…。
………どっちが逃げているのかな?
決して月と太陽が並ぶ事もなければ追い抜く事もない。
太陽がいる限り、月は輝けない。
寺田が走る限り、俺は勝てない。
なぁ…お月さんよ…
あんたも太陽に負けちまったのかい?
寺田は努力をしていた。…なのに俺は…?
逃げていただけだった。
逃げていた…?違う!
決して逃げていた訳ではない。
逃げるなんて…いい方だ。
後ろに人がいるんだから。
俺の後ろには誰もいなかった。
誰から逃げていたんだ?
月が止まっちゃえばいいなんて…
太陽に追い抜かれるに決まってるじゃないか!
今度は俺が追い抜く番だ!
出てこい!太陽!!
…う?眩しい。
あぁ、今日は暑いな。
ホコリかぶっていた陸上用シューズをはいて
俺は学校までの道を走って行った。