↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/5

Ziehen

人類が他者に「力」を与える方法を発見したその日から、世界は二度と以前と同じ姿には戻らなかった。


今から何年も前。


二人の科学者が、人間に特殊な能力を与えることのできる血清の開発に成功した。


幾度もの研究と実験を経て、その血清はやがて広く使用されるようになった。


そして、血清によって力を得た者たちは――


Vougwertzヴォーグヴェルツ


と呼ばれるようになった。


当初、その発見は人類をより良い未来へ導くものだと信じられていた。


しかし、誰もがそう考えていたわけではない。


血清を生み出した科学者の一人は、次第にその力の使われ方に疑問を抱くようになった。


やがて彼は研究から離れ、自ら新たな力を生み出した。


その能力の名は――


Takerテイカー


Vougwertzの力とは異なり、Takerは他者が持つ能力を奪うことができた。


そして彼は、その力を持つ者たちを集め、一つの組織を作り上げる。


WiTakersウィテイカーズ


WiTakersはVougwertzを狩り始めた。


彼らは、力は誰もが持つべきものではないと考えていた。


当然、世界もそれを黙って見てはいなかった。


Vougwertzを守り、WiTakersを阻止するため、新たな組織が設立された。


その名は――


DeVourceデヴォース


こうして、二つの組織の戦いは長く続いていくことになる。


だが、そんな争いの中心から遠く離れた場所に、一つの小さな街があった。


そこでは、人々が何事もないかのように普通の生活を送っていた。


そして、その街に一人の少年が暮らしていた。


少年の名は――


Luchieルチエ


LuchieはVougwertzではない。


特別な力など、何一つ持っていなかった。


血清を投与されたこともない。


だがLuchieにとって、自分が普通の人間であることは大した問題ではなかった。


学校へ行き。


友人と遊び。


家族を手伝い。


そして家で時間を過ごす。


どこにでもいる、ごく普通の少年。


――そのはずだった。


その日の夕方。


Luchieは自宅の庭に寝転がっていた。


穏やかな風が吹き抜け、草がゆっくりと同じ方向へ揺れている。


頭上では、白い雲が青空を静かに流れていた。


Luchieはぼんやりとその雲を眺める。


「あれ……なんか……」


片手を空へ伸ばした。


そして指先を動かす。


一本の線。


さらに、もう一本。


まるで何もない空間をキャンバスにして絵を描いているかのように。


だが、Luchie自身にそんな意識はなかった。


ただ頭の中に浮かんだものを、そのまま指でなぞっていただけだ。


「こんな形にしたら……」


指が止まる。


何も起こらない。


「……まあ、そうだよな」


Luchieが腕を下ろそうとした――その瞬間だった。


突然、周囲の風が強くなる。


ブワッ!


「っ!?」


Luchieは驚いて飛び起きた。


そして前を見る。


さっきまで何もなかったはずの場所に――


何かがあった。


「……え?」


Luchieは言葉を失った。


恐る恐る近づき、手を伸ばす。


指先がそれに触れた。


感触がある。


幻ではない。


錯覚でもない。


間違いなく――そこに存在している。


Luchieは反射的に手を引いた。


「これ……俺が作ったのか?」


自分の手を見る。


今まで一度だって能力を持ったことなどなかった。


血清を投与されたこともない。


それなのに――


今、自分が頭の中で想像したものが現実になった。


Luchieは先ほど自分が何をしたのか思い出そうとした。


そして、もう一度手を上げる。


今度は別のものを想像した。


指を動かす。


数秒後――


再び、何かが現れた。


「……」


Luchieの心臓が大きく脈打つ。


何が自分の身に起きているのか、まるで理解できなかった。


ただ、一つだけ分かる。


自分は――


もう普通の人間ではない。


そしてLuchieは、まだ知らなかった。


今この瞬間に目覚めた力が、やがて自分の人生そのものを大きく変えていくことを。


後に彼が――


Ziehenツィーエン


と呼ぶことになる力。


本来なら、存在するはずのない力。


生み出されるはずのない力。


ならば――


なぜLuchieはそれを生み出すことができたのか?


一つだけ確かなことがある。


何の理由もなく生まれる力など存在しない。


ならばなぜ、Luchieの力は目覚めた?


しかも――


ただ想像するだけで?


そんなことはあり得ない。


これは、


普通の少年から生まれた力――


Ziehen。


Luchieはその場に立ち尽くしていた。


目の前に存在するものから目を離せない。


ゆっくりと腕を下ろしながら、今起きた出来事を何度も頭の中で繰り返す。


そして、もう一度手を上げた。


「……今の、何だったんだ?」


当然、答えなど返ってこない。


Luchieは先ほど自分がしたことを思い返す。


何かを想像しながら、指を動かした。


それだけだ。


なら――


もう一度やってみればいい。


今度は円を想像する。


人差し指をゆっくりと空中で動かした。


すると――


指先を追うように、細い光の線が現れた。


「……!」


Luchieはすぐに指を止める。


しかし、線は消えない。


そのまま空中に浮かんでいた。


「……何だ、これ?」


恐る恐る手を近づける。


光の線は、まるで空中に描かれたスケッチのようだった。


紙も。


キャンバスも。


何もない。


それでも線だけが、そこに存在している。


Luchieは再び指を動かした。


頭の中にある形をなぞるように。


線を増やすたび、その姿は徐々にはっきりとしていく。


そして――


最後の線が繋がった瞬間。


ゴトッ!


何かが地面に落ちた。


「っ!」


Luchieは後ずさる。


目を見開いた。


ついさっき自分が描いていたものが――


本物の物体となって目の前に存在していた。


「つまり……描いたものを現実にできるのか?」


もう一度試す。


今度はボールを想像した。


頭の中の形に合わせ、指を動かしていく。


一本。


また一本。


光の線が空中に描かれていく。


そして絵が完成すると――


一つのボールがLuchieの手の中へ落ちた。


「……」


しばらく黙ってそれを見つめたあと、Luchieは小さく笑った。


しかし、その笑みはすぐに消えた。


あることに気づいたからだ。


ただ考えるだけでは、物を作ることはできない。


描かなければならない。


しかも、描く形は頭の中のイメージと一致している必要がある。


想像が曖昧なら――


完成するものも不完全になる。


「なるほど……」


Luchieはそのまま能力の実験を始めた。


最初は単純なものから。


ボール。


箱。


ナイフ。


そして徐々に、より複雑なものを作ろうとする。


だが、すべてが成功するわけではなかった。


途中で消えてしまうもの。


想像とは違う形になってしまうもの。


そもそも完成しないもの。


何度か試したあと、Luchieは呟いた。


「頭の中ではっきりイメージできるほど……完成度も上がるってことか」


自分の人差し指を見る。


この能力は、Luchieがこれまで知っていたVougwertzの力とは明らかに違っていた。


Vougwertzは血清によって力を得る。


そこには実験がある。


記録がある。


説明できる過程が存在する。


だが――


Luchieは一度も血清を投与されていない。


注射の痕もない。


実験に参加した記憶もない。


なら――


なぜ自分にはこんな力がある?


Luchieはスマートフォンを取り出し、現在知られている能力について調べ始めた。


念動力。


エネルギー操作。


元素操作。


身体強化。


再生。


感覚強化。


一つずつ確認していく。


しかし――


どれも自分の能力とは一致しなかった。


物体を動かしているわけではない。


エネルギーを生み出しているわけでもない。


物質を操作しているわけでもない。


想像したものを描き、それを現実にしている。


「じゃあ……この能力は、まだ記録されてないのか?」


Luchieは身体を預けるように座り直した。


そして、もう一度自分の手を見る。


この力には名前が必要だった。


自分がしていることを表す名前。


しばらく考えた末――


一つの言葉が頭に浮かんだ。


「Ziehen……」


小さく口にする。


「Ziehen……か」


不思議としっくりきた。


まるで、自分の頭の中にあるものを引き出し、現実の世界へ持ってきているようだったからだ。


しかし――


その夜、動き始めていたのはLuchieだけではなかった。


街の別の場所。


数人のWiTakersが任務を遂行していた。


彼らが探しているのは、組織にとって利用価値のある能力を持つ者。


そんなことなど何も知らないLuchieは、家へ帰ることにした。


すでに夜は深い。


通りを歩く人の姿も減り、道を照らしているのは街灯だけだった。


Luchieは歩きながら、ときどき自分の指を見る。


まだ新しい力に慣れていない。


そのとき――


カサッ。


「……?」


足が止まった。


Luchieは振り返る。


音がしたのは、道の脇にある細い路地だった。


「……何だ?」


もう一度、音がする。


今度は――


誰かが痛みを堪えているような声だった。


Luchieは少し迷った。


だが、好奇心の方が勝った。


ゆっくりと路地へ近づく。


そして壁の陰から中を覗いた。


「……っ!」


目を見開く。


路地の奥。


一人の人間が地面に倒れていた。


その前には、黒っぽい服を着た男が立っている。


Luchieはその服に刻まれたシンボルを知っていた。


WiTakers。


「何を……」


息を殺す。


WiTakerの男が片手を上げる。


すると、地面に倒れている人物の身体から、光のようなものが現れ始めた。


その光はゆっくりと男の手へ吸い込まれていく。


Luchieの身体が固まった。


WiTakersが何をする者たちなのか。


話では聞いたことがある。


だが――


実際に目の前で見るのはまるで違った。


「本当に……他人の力を奪ってるのか……?」


その瞬間。


Luchieの指が無意識に動いた。


空中に細い光の線が現れかける。


「……!」


すぐに手を止めた。


駄目だ。


見つかってはいけない。


だが――


同じ瞬間。


WiTakerの男の動きが止まった。


ゆっくりと首が動く。


その視線が――


Luchieのいる場所へ向けられた。


「……」


Luchieは息を止めた。


ほんの数秒。


それなのに、異様なほど長く感じる。


Luchieはゆっくり後ろへ下がり、壁の陰へ身を隠した。


静寂。


何も聞こえない。


Luchieは強く拳を握った。


Ziehenが目覚めてから初めて、彼は理解した。


もう問題は――


自分の力を理解することだけではない。


誰かに見られた。


そして、おそらく――


WiTakersもまた、


Luchieという存在に気づき始めていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。