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親友が婚約破棄された時、手元の武器が言葉の暴力しかない場合はどうするのが正解なのだろうか

掲載日:2026/05/06

「セレーナ!貴様との婚約を破棄する!貴様がツリンダにした卑劣な行為の数々、私が見逃すとでも思ったのか!」


 学園の大広間に響き渡る、健康に被害を及ぼしそうなほど大きなレイガン第二王子の声。そしてレイガン王子の左腕にしがみつき「スンスン」と無駄に鼻をすすっている女、ツリンダ令嬢が壇上に上がっていた。

 その正面には、我が愛しの親友であるセレーナがいる。セレーナはレイガン王子の大きな声にビクッと肩をふるわせる。


 ……レイガン王子は一体何を言っているのだ。私の耳がおかしくなってしまったのだろうか。セレーナが卑劣な行為をツリンダ令嬢にした?ありえない。セレーナは行進しているアリを眺めて「フローラちゃん!アリさんが一列に並んでますよ!毎日働いてすごいですね。私も見習わなくては!」とまるで無い力こぶを懸命につくるような子なのだ。人をいじめるなんて考えられない。


「お前にいじめられて彼女がどんなに苦しかったか、お前にわかるか?」


 そっくりそのままレイガン王子にお返ししたい。

 セレーナの顔をしっかり見て欲しい。レイガン王子の宣言を受けて、顔を真っ赤にして、目に涙を浮かべながらも、決して声を出さないように口を一文字に結んでいる。おそらく婚約破棄されたことが悲しくて悔しくて泣き出したいけれど、人前でそんなことはできないので、自分を律して耐えているのだ。

 あんなにウルウルした子にいじめができますか?いいえ、出来ません。的外れなことを言うのも大概にしてくれませんかね。


「黙ってないで何とか言ったらどうなんだ!セレーナ!」


 再びの大声に、セレーナはビクリと肩をふるわす。

 あぁ、怒りを通り越して吐きそうだ。そんな脅すような言い方でまともに対話できるわけ無いでしょ!いい加減にして欲しい。私の忍耐にも限界がある。このままではそのうち、「黙れカス!お前にセレーナの何がわかるんだよ!死ね!」と思わず出しゃばってしまいそうだ。

 あぁ、口がワナワナと震えている。耐えてくれ、私の唇!


「何か言ったらどうなんだ!人に危害を加えておきながら、断罪されたらだんまりか!気持ち悪い奴だな、このアバズレめ!」


 王子のその言葉に、なんとか耐えていたセレーナの目から涙がこぼれ落ちる。

 ブッチン

 私の中で何かがはじけたような、そんな気がした。


「部外者が口を挟んで申し訳ないですが――レイガン王子は目が腐っておいでですか?」

「は?」


 私はそう言いながら、群集の中から王子とセレーナの間に立ち塞がるように移動する。

 レイガン王子、ツリンダ令嬢、セレーナ、その他見物人含め、皆が一様に口を開けて固まる。

 思わず勢いで出てしまった。もう止まれない。


「レイガン王子は目が腐っておいでか、と尋ねたのです。――だってそうでしょう?セレーナと一日でも共に過ごせば、彼女がいじめをするなどと脳裏によぎることすらありませんから。共に過ごしてきたあなたにそれが伝わっていないと言うことは、つまり、目にどす黒い異常があるに決まっております。簡単な推理ですよ」

「な、な、何を!お前!なんと無礼な!」

「無礼はどちらでしょう?一方的に彼女を悪者と決めつけ、罵倒を繰り返す、紳士の風上にも置けない人間と、はたしてどちらが無礼なのでしょうか?」

「だ、黙れ黙れ!こっちには証拠があるんだ!セレーナがツリンダをいじめていたという証拠が!」


 レイガン王子はそう言うと、懐から一冊のボロボロな教科書と一枚の紙切れを取り出した。


「見ろ!この教科書はツリンダのものだ。可哀想にナイフのようなもので至る所に傷が付けられ、数多の罵倒の言葉が落書きされている。そしてこの紙を見ろ!これはセレーナの試験解答用紙だが、文字が全く同じだ!重ねるとぴったりだ!どうだ!これでセレーナがいじめたとわかったか!」


 私は壇上で見せびらかしている教科書を、体を乗り出してジッと見つめる。

 確かに落書きはセレーナの文字と酷似している。だけど……


「教科書の落書きはセレーナのものではありませんわ」

「なっ!何を言っているんだ!」

「確かにかなり似ています。ただ、一つだけ大きな違いがあります。――セレーナは文章や単語の終わりの文字は、癖で必ず最後をクルッと丸くするのです。文字だけ見れば確かに似ていますが、教科書の方は単語や文章の終わりにその癖が見られません」

「なっ!」


 レイガン王子は、手元の紙と教科書を交互に見比べる。


「……確かにその通りだが、癖に気が付いて止めたのだろう!こざかしい女なのだ!そんな事もわからないのか!」

「その主張はおかしいですね。――もし癖に気が付いてやめるのでしたら、そもそも利き手とは逆手で書くなどの、根本的な改善を思いつくはずです。癖のみに気が付き、筆跡については何も考慮しないなんて本末転倒と言わざるをえません。そんな事もわからないのですか?」

「くっ……だが、それだけではセレーナがやってないという証明にはならないでないか!」

「確かにそうですが――教科書の落書きの単語をよく見ると、単語の終わりではなく途中で、最後をクルッと丸くした文字がありますよね。つまりこれは、何者かがセレーナの書いた文字を真似して、組み合わせて、教科書の罵倒の単語を書き出したという、極めて有力な証拠になるのでは?」


 セレーナは罵倒する言葉なんて書いたこともないだろうから、真犯人は、文字を組み合わせて罵倒の単語を生み出すしか無かったのだろう。ありがとうセレーナ。単語末尾の最後を丸く書く、なんて可愛い癖を持ち合わせてくれて。


「だ、だが、他にも証拠があるのだ!――一昨日ツリンダがセレーナに殴られたのだ!そしてそれを見ているものが複数居るのだ!証言があるのだよ!」

「一昨日……そのはいつぐらいのお話ですか?」

「日が沈む前ぐらいの時間でしたわ。教室に呼び出されてぇ、セレーナさんが拳を振り上げてきてぇ、怖くてぇ、でも私何もできなくてぇ……」


 ツリンダ令嬢はそう言って、急に顔をレイガン王子に突っ込む。おそらく泣いているというアピールをしているのだろう。


「ツリンダは当時の事を思い出すだけでもこのようになってしまうのだ。セレーナ!お前が犯した罪の深さを思い知るが良い!」

「その証言はおかしいです。なぜならその時間、セレーナにはアリバイがありますので」

「なっ!そんなバカな!だってセレーナは……」


 レイガン王子はそこまで言って、言葉を濁す。


「セレーナはその時間、寮の自室にいた、というアリバイがあります」

「……ふん!何を言い出すかと思ったら。自室に居たことは何のアリバイにもならん!一人で部屋に閉じこもっていた、なんて言い分が通じるとでも?もしお前が嘘をついて一緒にいたと言ったところで、一人の証言など何の効果も持たんわ!」

「なぜ私が一緒にいなかったと決めつけられるのでしょうか。まるで見張っていたかのような……まあいいでしょう。実際私は一緒にいませんでしたし、彼女は部屋に一人でしたので」

「ほらな!アリバイなどないでは無いか!」

「――私の通信鏡を使って連絡を取っていたのですよ」

「……はあっ!?」


 通信鏡、それは宝具と呼ばれるダンジョンからドロップするお宝の一つ。それを使えば、任意の鏡に写る光景、響く音声を知ることができるという優れものであった。


「一昨日は女子会を計画してまして、残念ながらセレーナは風邪を引いたため会場には来られなかったのですけど、代わりとして通信鏡を使って寮部屋の鏡と通信していたのです」

「だ、だがまさか一日中やったわけでもあるまい。セレーナのアリバイがない時間などいくらでもあるはずだ!」

「女子会は昼過ぎから日が落ちるまでずっとやっておりました。この件については、女子会に参加していた方々全員がアリバイになります。――女子というものは話が長いものなのです。まさかご存じなかったのですか?」


 私の言葉に、取り囲んでいる人達の中で何人か頷いている者がいる。まったく、心強い限りだ。


「おや、しかしおかしいですね。落書きの件はまだしも、殴られた件はセレーナに完璧なアリバイがある以上、嘘をつかれているということになりますわね?――ねぇツリンダ令嬢?」


 未だレイガン王子にくっついて顔を隠しているツリンダ嬢に向け、私はそう問いかける。


「わ、私はツリンダに騙されていたのだ!私はそんな事知らん!」

「レ、レイガン様!そんな!……レイガン様もこの捏造に協力的でしたわ!セレーナは邪魔だの何だのいってましたの!」

「そ、そんな事言っておらん!見苦しいぞ!ツリンダ!」


 醜い争いが壇上で始まった。先ほどまで仲良くくっついていた二人の姿はどこへやら、今にも殴り合いに発展しそうな雰囲気だ。

 なんだ。あなたたち、お似合いじゃない。


 私は壇上に背を向け、セレーナの方を向く。

 彼女の顔は、涙でグチャグチャのズビズビになっていた。せっかくの可愛い顔が台無しだわ。


「ご、ごべん、ブローラぢゃん。私が対処ずべき事なのに!ごべんね……」

「全然いいのよ。――それにこちらこそごめんなさい。セレーナが頑張って耐えているのに出しゃばってしまって。一歩間違えればさらに面倒な事になるところだったわ」


 私はそう言いながらセレーナにハグをする。

 セレーナはぬれた顔を私の服につけるのが嫌なのか、一瞬抵抗するが、私が優しく頭をなでると、大人しく顔を胸にうずめた。


******


 その後、学園での正式な調査が行われ、証拠の捏造にレイガン王子も関与していたことが明らかになった。レイガン王子、ツリンダ令嬢共に、処罰は免れないだろう。

 セレーナは、あの一件から完全回復とはいかないまでも、かなり心の余裕ができてきたと思う。彼女のかわいらしい笑顔を見るたびに、次の婚約相手はしっかりと見極めなければと、そう硬く決心するのであった。

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