第7話
「空!?」
「!」
「だあっ!」
そこには黒のタンクトップにジーパン姿。
豊富な髪をお団子に結ってある、中々に美人な女の人が立っていた。
元母?記憶に無いな。
「ばぶぅ」
「ああ空、良かった!え?もしかして、天音ちゃん?」
「⋯⋯⋯⋯⋯⋯!」
「ありがとう。空をあやしてくれてたのね」
「⋯⋯⋯⋯⋯誰⋯⋯」
「ばぶばぶぅ!」
「空は私が受け取るわ。え?」
ぐいっ
赤ちゃんを受け取ろうと伸ばした女の人の手。
思わず避けて後退りした。
たぶんこの子のお母さん、だとは分かってる。
だけど自分の家にいきなり現れた、名前も知らない正体不明な大人。
抱いてる赤ちゃんを渡す気にはなれなかった。
すると彼女はニコリと笑い、しゃがんで私の目線に口を開いた。
「弟を守ってくれてるのね。頼もしいお姉さんだわ」
「おとうと?」
「この子の名前は空。天音ちゃんの弟になるの」
「⋯⋯⋯弟⋯⋯」
「私は桜。アナタのお母さんになるの。宜しくね」
「さくら⋯⋯の、お母さん?」
「あら?お父さんから聞いてない?困ったわ。雄大さん、ちゃんと伝えてあるって言ってたのに」
「ばふぅ」
「⋯⋯⋯⋯⋯」
「その様子だと聞いてないのかしら?なら突然になっちゃうけど、天音ちゃんには新しいお母さんという事になるの。天音ちゃんの事はお父さんから聞いてるわ。仲良くしてくれると嬉しいわ」
「⋯⋯⋯聞いて、た⋯⋯」
「まあ、知っていたの?なら早いわ。これからは三つ子達共々家族になります。宜しくね」
「三つ子?!」
「だあ!」
三つ子と聞いて、空?という抱っこ中の赤ちゃんを見直した。
え、この顔があと二つもある?
「だだぁ!」
「⋯⋯⋯⋯⋯あと、二人⋯⋯」
「そうなの。いきなり弟が三人なんて、しかも三つ子なんてビックリだよね?ごめんなさいね」
「だあ」笑
「重い⋯⋯⋯⋯けど、」
「そう、可愛いのよ。あとの二人にも会ってみる?凄いわよ」
「だぁだぁ」
「⋯⋯⋯⋯⋯」
その後、会わされた三つ子の片割れの二人。
案の定だけど最初の赤ちゃんと顔が変わらない。
人間をコピーしたらこんな感じなんだろうか。
「だあだあ」
「ぶふぅふう」
「だあっ!」
「あらあら?いつもはもっとグズるのに、さっきから天音ちゃんには三人とも笑顔だわ。よっぽどお姉ちゃんが気に入ったのね」
「⋯⋯⋯⋯気に入っ⋯⋯⋯た?」
「天音ちゃんも弟達を好きになってくれて嬉しいわ」
「私、が?」
「だあ!」
「ぶぶっ」
「あーっ!」
なんか調子狂う展開にどうしていいか分からない。
父親が勝手に再婚して、さっきまでそんなのは自分に関わりのない事だと高を括っていた。
元々中学に上がったら寮のある学校に行くつもりだったし、そのままこの嫌な思い出しかない家から逃れられると思っていたんだ。
それなのに⋯⋯。
「天音ちゃん、この子達と私。アナタと家族になりたいの。どうかな?」
「か、ぞく?」
「そう、家族。この子達と私、アナタの家族にさせてくれないかな」
かぞく、家族?
家族ってなんだろう?
父親は日頃忙しくてマトモに喋った事もないし、物心つく前に血の繋がりのある母といえる存在は、仕事人間な父親に飽きて他に男を作って育児放棄して居なかった。
私は父方のお祖母さんに育てられたようなものだけど、その唯一慕ってたお祖母さんは昨年には亡くなった。
悲しかったけど周囲が高齢だったから仕方ない事だったといい、私も高学年になっていたから意味合いは理解していた。
お祖母さんとの暮らしは可も不可も無かったけど、大事にされていたとは思っている。
あれが家族といえばそうなんだろうけど、高齢な祖母との生活は父親や母親とのスキンシップには程遠く、当然なから授業参観などの行事には誰も来るわけもなく、クラスメイト達の親子のふれあいを遠方から眺める日々。
憧れも希望も夢も枯れて、家族という言葉に何も期待しないと心に決めたのが小4の時。
今更家族だなんだと云われても、どうしていいか分からない。
「家族なんて知らない。無意味」
「天音ちゃん?」
「この子返す。アナタの子供、危ないからちゃんと見てて」ぐいっ
ダッ
「だあ!」
「天音ちゃん?!ああ空、よしよしよし」
赤ちゃんを桜さんに押し付けて、後退って階段に向かい自分の部屋に駆け込んだ。
頭の中がぐちゃぐちゃだ。
だけど⋯⋯⋯。
「赤ちゃん、可愛かった⋯⋯」
こうして不本意な桜一家との同居生活は突然始まり、家族形態になんの思いも無かった私には、一家との接点が否応なく増えていく。
❇❇❇
「「「ママー!」」」
「こらこらこら、誰がママーだ。おねーちゃんだろうが」
「あらあらあら、天音ちゃんがママーなら私は何なのでしょう?」
「「「さくらおねーかあさん!」」」
「まあ」
「ちょっと待て?なんで桜母さんがおねー母さんで、私がママーなんだ?おかしくないか!そもそもおねー母さんも言い方がおかしいぞ」
「あははは、天音ちゃんがママーね。空と尊と大は本当に天音ちゃんが大好きなんだよね」
「「「うん、あまねママー!」」」
「納得出来ないんだけど?!」
「そういえば天音ちゃん。先生から来月の20日が授業参観日って聞いたんだけど天音ちゃん、知ってたの?」
「う、うん」
「母さん、先生から聞いてビックリしちゃった。1週間前に皆んなに発表したって言ってたわ。天音ちゃん、教えてくれないから」
「⋯⋯うちの学校は月一で授業参観日を設けてるから皆んな面倒くさがって来る親も少ないし、その、だから一々親に言う友人も居ないので、言わなくともいいかなって。それに桜母さんは毎日弟達の幼稚園への送り迎えもあるし大変かなって」
「天音ちゃん、私はアナタの保護者なの。まだ母親としては頼り無いかも知れないけど。でも精一杯に天音ちゃんのお母さんで有るつもりよ」
「え、桜母さん!?」
「だからね、天音ちゃん。私には何でも相談してくれると嬉しい」
「あ、うん。勝手に言わなかったのは、ごめん」
「天音ちゃん、叱ってるんじゃないわ。ただ、何でも相談して欲しいの。私達は家族なんだから、天音ちゃんの事は何でも知っておきたいし、私達の事も何でも話すつもりでいる。家族ってそういうものなの」
「う、うん」
「じゃ、そういう事で、来月20日は学校に行くからね」
「え、ええーっ!?」
「駄目なの?」
「う、駄目、じゃ、ない、よ」
「よかった。天音ちゃんの授業が見れるなんて母さん感激。なんて素晴らしい事なんでしょう。当日はちゃんとおめかししていかないとね。こんな普段着でいったら天音ちゃんが恥かいちゃうわ」
「恥かかない、よ。母さん、普段着でも素敵、だ、から」
「ありがとう。お世話でも嬉しいわ」
「本当の事だから!」
「まあ嬉しい。天音ちゃん、大好き!」ガバッ
「わっ!?桜、母さん?」
「褒めてくれて有難う。天音ちゃんが恥を欠かないよう、ずっと素敵な母さんでいるよう努力するね」ぎゅうっ
「う、うん」
「「「あまねママー!」」」ぎゅうっ
「わわっ!?」
「あらあら、アナタ達もお姉さんが大好きなのね」くすくすくすっ
「「「あまねママー、だいすき!」」」
「いや、だから、なんでママーなんだよ?!」
そうして中学2年の頃には、スレていた私は一家にすっかり絆されしまい、自然と共に大切な存在となっていた。
桜母さんは私にも沢山の愛情を注ぎ、これが家族というなら、そうなのかも知れないと思えるほど、それは楽しい日々が続いたのだ。
だが楽しい日々というのは長くは続かない。
それが現実なんだと、私はその時まで気づけないでいたんだ。




