第八話 狂烏の脅威
半壊した南方の山城には、人の気配がなかった。
生きているのに、街が死んでいる――そんな沈黙だった。
「住民は一体どこへ行ったんだ」
瑰の問いに、白虎が冷徹な声で応じる。
「地下牢だろうね。ボクの国民を人質に取っているのさ。……いいかい、『龍蝶の生き残りを引き渡しに来た』と言えば、城の奥まで連れて行ってもらえるはずだ」
白虎の拳は、震えながらも固く握られていた。
「オイ、キサマラ止マレ」
空から降ってきたのは、巨大な翼を持つ魔人たちだ。
「わ、私はこの国の王である! お前たちが望むモノを持ってきた。王女と民を返せ!」
白虎は王としての威厳を振り絞り、敵を睨み据える。魔人たちは一瞬怯んだものの、ニヤリと笑って一同を城内へと連行した。
✕✕✕
入城の際、一行は二手に分けられた。
「献上品」を届ける王と蘭鈴。そして、従者として門前払いされた瑰と琉龍だ。
「殺されないだけ、マシか」
閉ざされた城門を見上げ、琉龍が呟く。
「縁起でもねぇこと言うなよ……」
「冷静に考えろ。鳳凰の目的は蘭鈴のみだ。俺たちは殺しておくのが合理的だ」
「……俺は、甘かったな」
瑰が自嘲気味に俯く。
「気づけただけ上出来だ」と、琉龍は瑰の肩を叩いた。
「お前……、俺を馬鹿にしてんだろ?」
「お前を認めた覚えはないが、暇なら手伝え。蘭鈴なら、あの程度で後れは取らん」
そう強がる琉龍だったが、その瞳の奥には焦燥の色が混じっていた。
✕✕✕
蝋燭の光が揺れる暗い廊下を抜け、蘭鈴と白虎は「王の間」へと辿り着いた。
そこは王都の王の間とは違い、戦時にのみ使われる簡素な裁定の場。
天井の隙間から、一筋の光が差し込んでいる。その光の檻の中に、鎖で繋がれた白銀の髪の女性がいた。
「姉さん!!」
「近づいてはダメ!!」
桜色の瞳をした姉・赤虎の声が響くと同時に、野太い笑い声が部屋を支配した。
「ガッハッハ! 鳳凰国四天王『狂烏』とは我のことよ!」
漆黒の翼と無数の傷跡を持つ巨漢の魔人が、大きな槍を手に姿を現した。彼は蘭鈴を値踏みし、下品に笑う。
「ふむ、これが竜蝶の娘か。幼いが上玉よ。鳳凰様がどんな飼い方をするのか見ものだな!」
「早く姉さんを解放しろ!」
白虎の叫びに、狂烏は面倒そうに槍を一振りした。激しい音と共に鎖が断ち切られ、赤虎が弟の胸へと駆け寄る。
「白虎……!」
「姉さん……!」
だが、狂烏の瞳には冷酷な光が宿っていた。
「再会はあの世でするがいい。死ねぇ!」
振り下ろされた槍。避けきれない――そう直感した蘭鈴は、抱き合う二人を突き飛ばし、自らが盾となった。赤いチャイナドレスの裾が弾け飛ぶ。
「す、すまない蘭鈴!」
「いいから逃げろ! 姉さんを守るのがお前の仕事だろ!」
蘭鈴は双剣を生成し、巨漢の前に立ちはだかった。
「ククク、女ァ、よく我の槍をやり過ごしたな。仕留めてやろう……殺しはせん。主への献上品だからな!」
狂烏の攻撃は、掠るだけで致命傷になる重圧だった。蘭鈴は蝶のように舞い、確かに斬った。
だが、狂烏の肉体は「斬られたこと」を拒絶するかのように、即座に塞がる。
魔力が肉体そのものを補修しているようだった。
「人間にしてはやるが、まだまだよ!」
一瞬で背後を取られた。鋭い槍の打撃が蘭鈴を襲い、彼女の体は玉座の壁まで吹き飛ばされた。
「ぐはっ……!」
壁に打ち付けられた蘭鈴の視界に、兵士に囲まれ劣勢の白虎が映る。
(早く助けないと……。力が足りない、これが魔族との差か……!)
口角が、ほんの僅かに上がっていた。
それは勝ち誇った笑みではない。
ただ、自分の無力を受け入れた者の――諦めに近い笑みだった。
(情けないな……)
誰に向けたものでもない。
自分自身への、乾いた自嘲。
だが、その微かな笑みを、狂烏は見逃さなかった。
立ち上がろうとする蘭鈴の腹部に、狂烏が槍の柄を突き立てた。
「カハッ……!」
「お前、今、笑ったな? 俺様はなぁ、女から笑われるのが大嫌いなんだよ! あの女と同じ顔で……!」
逆上した狂烏が槍を振り上げる。死を覚悟したその瞬間――。
ドカァァン!!
城壁が爆発し、瓦礫と共に二人の男が躍り込んだ。
「遅くなったな、蘭鈴!」
「後のことは俺たちに任せろ!」
瑰と琉龍だ。背後には、彼らが地下牢から解放した白虎の騎士団が続いている。
彼らは手際よく、鳳凰の部下達を退けていく。
「来たか……! 白虎軍、反撃に出るぞ!」
白虎の王も自らの家臣達が戻り、元気と気力を取り戻したようだ。
どうやら瑰と琉龍は城に潜入し、地下牢の白虎軍の解放に努めていたようだ。
そんな乱戦の中、瑰と琉龍は蘭鈴を探す。
そして、玉座を見上げた琉龍の目に、信じられない光景が広がっていた。敵の大将と思われる魔人に、何度も壁に叩きつけられ、ボロボロになった少女の姿。
「蘭鈴ーーーーーーーー!!」
ボロボロになった少女を見て、琉龍の咆哮が響く。だが、狂烏は狂ったように笑い、蘭鈴の首元へ槍を落とした。
「死ねぇ、小娘!」
――その時だった。
「鳳凰様の命を忘れたか。愚か者が」
狂烏は理解できなかった。
自分が、なぜ前を向いたまま倒れているのかを……。
氷のように冷たい声。次の瞬間、狂烏の首が胴体から滑り落ちる。
蘭鈴の顔に、熱い魔人の血が飛び散った。
狂烏の背後に立っていた「誰か」は、一足遅れて駆けつけた琉龍を一瞥すると、霧のように姿を消した。
「おい、蘭鈴! 大丈夫か!」
琉龍が蘭鈴を抱き抱える。
「……ゴホッ。まだ、喋れるくらいには、な……」
そう言って不敵に笑う少女を、琉龍は怒りと恐怖、後悔のすべてを噛み殺し、まるで壊れ物を扱うように、かすかに震える腕で抱きしめた。




