第七話 白虎王の決意
「オイ、お前! あの書状の中身、何が書いてあったのか知ってるのか!?」
専用の部屋に通されるなり、琉龍は瑰の部屋に殴り込みをかけていた。
「ぜ、全部は知らねぇけど! きっと同盟の強化とか……そういうことが書いてあるはずだ!」
「その同盟とやらは、蘭鈴を切り札にするほど危ういのか!?」
琉龍の拳が、壁に叩きつけられた。
「珱珠は、こうなることを知ってお前たちを使者にしたんじゃないのか!」
「それは違う! 母上を侮辱するな!」
「なら根拠を見せろ! 俺は竜王国がどうなろうと知ったことじゃない。蘭鈴は、力ずくで俺が守る!」
「っ、俺だって……! 俺だって蘭鈴を護りたいんだ!」
美しい顔を怒りに染めて飛び出していく琉龍を、瑰も必死な形相で追いかける。火花を散らす二人の男が向かった先――蘭鈴の部屋は、もぬけの殻だった。
✕✕✕
その頃、藤色の髪の少女は白虎の王と対峙していた。
賑やかな会食場ではない。冷厳な空気が漂う、玉座の間だ。
「やぁ、早かったね。ボクのモノになる気になった?」
白虎は先ほどと変わらぬ朗らかな微笑みを向ける。
「お前のモノになる気はさらさらない。……『竜蝶の血』が欲しい理由を聞かせろ。何が目的だ」
蘭鈴の低い声に、白虎は玉座で足を組み替えた。
「魔族にとって、この血は『力』と『治癒』の源だろ。誰か大事な奴が傷ついていて、血が必要ならくれてやる。だが、単に『力』が欲しいだけなら――お前を叩き伏せてでも情報を吐かせる」
揺るぎない決意を宿した菫色の瞳。それは、かつて白虎が恋焦がれた伝説の英雄・藍鈴と同じ輝きだった。
「……く、くくく。あははは!」
白虎は堪えきれず笑い声を上げた。それは笑いとも、泣き声ともつかぬ歪な響きだった。
「正直に言おう。ボクは君の血が欲しいわけじゃない。……姉さんが、攫われたんだ」
一ヶ月前、白虎の姉・赤虎が鳳凰国の四天王『狂烏』によって奪われた――。
狂烏は白虎国の精鋭部隊を壊滅させ、領土の三分の一を奪った魔族だ。
『王女を返してほしくば、龍蝶の生き残りを連れてこい』
それが、狂烏が突きつけた条件だった。
「たった一人の人間を差し出せば、姉さんも領土も返ってくる。どんな卑怯な手を使ってでも君を捕らえたい……。そう思うよね? ボクは、君という『カード』が手に入って、本当に嬉しかったんだ」
「……ごめんね、蘭鈴」
王としてではなく、ただの弟としての声だった。
白虎は両手を広げ、絶望的な笑みを浮かべた。自らの無力を嘲笑う王の姿に、蘭鈴の怒りが沸点に達する。
カツ、カツと硬い足音を立てて蘭鈴が歩み寄る。そして、白虎の襟首を掴んで王座から引きずり上げた。
「狂烏はどこにいる! 答えろ!!」
「……え?」
「家族を奪われる痛みを、オレはよく知っている。だが、お前の姉はまだ生きているんだろ! 一度失敗したくらいで、他人を差し出す交渉なんてしてんじゃねえよ!!」
「奪われたなら、奪い返せばいいだろう!」
人形のようだと聞いていた少女が、感情を剥き出しにして自分を叱咤している。白虎はその熱に、凍りついていた心が溶けるのを感じた。
「……城の南側だ。ヤツらの拠点がある」
逃げ腰だった自分を、白虎は初めて恥じた。
「そこまで分かってんなら、話は早いぜ」
「蘭鈴が行くなら、俺たちも行くに決まってるだろ」
入り口から、呆れたような二人の声が響く。
「……お前ら」
「竜王国武闘大会の1位と2位だ。魔族だろうがなんだろうが、見せつけてやろうぜ」
不敵に笑う瑰と、静かに剣気を纏う琉龍。
「……グスン。ボクも行くよ。王としてじゃない。弟として、姉さんを助けたいんだ!」
王は袖で涙を拭い、力強く頷いた。
✕✕✕
翌日。蘭鈴、琉龍、瑰、そして白虎の四人は馬を走らせていた。
目指すは、狂烏が占領している南の山城。
「もし失敗したら、オレを差し出せばいい。そうすれば王女は戻る。白虎国に損はないだろ」
出発前、家臣たちを黙らせた蘭鈴の言葉に、白虎は複雑な表情を見せた。
「……君は、強いね」
「そんなことはない。オレは、ただ許せないだけだ」
山道を先導する白虎と、負けじと並走する瑰。子供のように競い合う二人を後ろから眺め、蘭鈴は小さく息を吐いた。
「どっちも子供だな……」
「お前もな。で、策はあるのか? まさか城に乗り込んで全員叩き伏せる、なんて言うつもりじゃないだろうな」
琉龍の指摘に、蘭鈴は当然だという顔をする。
「相手は白虎の精鋭を潰した魔族だぞ。人間のお前が――」
「また人間人間って……。心配なら、またお前の血でも飲ませればいいだろ」
吐き捨てるようなその一言に、琉龍の顔が瞬時に真っ赤に染まった。
「……っ! お前、あの行為を、そんな、簡単に……!」
「? 魔力の譲渡だろ。決闘の時だって、お前が勝手にしてきた」
「それは……そうだが……」
本気で悩み始めた琉龍を見て、蘭鈴は一瞬、言葉に詰まる。
(……特別な意味でも、あるのか?)
唇に残る熱と、流れ込んだ他者の鼓動を思い出し、慌てて首を振った。
「……冗談だ。真に受けるな。行くぞ!」
慌てて前を向く蘭鈴だったが、心臓がうるさいほど跳ねている。
(そうだ。あの時は、勝つために必要だっただけだ。他意なんて、あるはずがない……!)
それぞれの決意と、わずかな動揺を抱えたまま、一行はついに戦いの地へと足を踏み入れた。




