第六話 白虎の王
竜王国の国境を越え、馬車に揺られること半日。
白虎国から差し向けられたのは、期待に反して質素な――どこにでもある一般的な馬車だった。
それは歓迎でも侮辱でもなく、ただ「値踏み」を思わせる扱いだった。
「はぁ……。人間とも国交を持つ奇特な国だと聞いていたが、使者への扱いがこれとはな」
瑰が露骨に肩を落とす。
「隠密の任務だと言われたはずだ。少しは頭を使え、王子」
「分かってるよ! 分かっているが、期待と現実の差ってものがあるだろ!」
不貞腐れる瑰の隣で、蘭鈴は窓の外を静かに見つめていた。
その菫色の瞳が、初めて目にする異国の風土に、わずかな好奇心を宿して輝く。
「……あの武器、重心が特殊だな」
蘭鈴の呟きに、瑰が呆れた声を上げる。
「おい。もっと女の子らしい感想はないのか? あの髪飾りが可愛いーとかさ」
「興味ない」
「ですよねー!」
いつものやり取りに、瑰は一つ息をつき、真顔になった。
「王宮に着く前に役割を決めよう。俺は使者で通るとして……お前らはどうする? いっそ、蘭鈴は俺の婚約者。琉龍、お前は召使――」
「却下だ」
琉龍が冷たく遮る。
「蘭鈴を虚偽の立場に置けば、後々彼女を危険にさらす。俺は竜王国騎士団副団長、蘭鈴はその補佐官。それが妥当だ」
「真面目かよ……!」
(俺の白虎王に外堀を埋めてもらう算段が……!)
瑰の心の叫びと同時に、馬車は王宮の門をくぐった。
✕✕✕
通されたのは、豪奢な謁見の間ではなく、柔らかな陽光が差し込む開放的な会食場だった。
「やあ! よく来たね。君たちが『竜王国の使者』かい?」
白銀の髪。虎柄の耳と、ゆったり揺れる長い尻尾。 澄み渡る蒼氷色の瞳を細めて笑う青年が、ふわりと姿を現す。
「ようこそ、我が国へ! ボクが王様の『白虎』だよ!」
軽い口調とは裏腹に、笑顔の奥でこちらの反応を一つ残らず量っている視線だった。
「長旅でお腹が空いているだろう? 特別な肉料理を用意させたんだ。さあ、一緒に食べよう!」
並べられた料理は、見事なまでの肉尽くしだった。
「竜王瑰くんに、騎士団の琉龍殿……」
白虎の視線が、蘭鈴で止まる。
「そして君が、蘭鈴だね。菫色の瞳、とても綺麗だ。並んだら、きっと映える。ボクの蒼と、君の菫でさ」
「……恐縮です」
蘭鈴は礼節を保ちつつも、その奥にある「何か」を警戒した。
食事は和やかに進むかと思われたが、白虎が珱珠の書状を読み終えた瞬間、空気が一変した。
「珱珠の頼みね。ボクとしては、全部叶えてあげたいところなんだけど……」
頬杖をつき、白虎は蘭鈴をじっと見据えた。
「こっちも無条件ってわけにはいかないよね」
瑰の背に、冷たい汗が流れた。
「ボクさ。欲しくてたまらないものがあるんだ」
「……それは、我が国で用意できるものでしょうか? 我が国が用意できる物であれば、我らが王と相談の上……」
「いや、珱珠の許可はいらないかな。ボクが欲しいのは――」
白虎は、一瞬だけ視線を巡らせた。
まるで答えが決まっていることを、確かめるように。
「そこにいる『竜蝶の娘』――蘭鈴、君だよ」
瞬間、琉龍から凄まじい殺気が噴き上がり、食卓の銀食器がカタカタと震えた。
だが白虎は、まるで春風のようにそれを受け流す。
「君をボクの『正室』として迎えたい。そうすれば――」
楽しげに、最も鋭い楔を打ち込む。
「『玉龍の核』のことだって、君が知りたいことすべてを教えてあげるよ?」
ガタン、と椅子を蹴って蘭鈴が立ち上がった。
「……玉龍の核のことを、知っているのか」
「ふふ。今すぐ答えを出さなくていいよ。時間はたっぷりあるから」
白虎は満足げに立ち上がり、優雅な足取りで去っていく。
「今日の晩餐は楽しかった。また明日、ゆっくり話そうね」
残された三人の間に落ちたのは、嵐の前触れのような、逃げ場のない沈黙だった。




