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第五話 竜王との謁見

 朝日が、埃の舞う古い床を静かに撫でていた。


「……ん」


 どうやら見慣れた床で眠ってしまっていたようだ。


 昨日の出来事が、波のように押し寄せる。

 武闘大会、魔人との死闘、そして――主従の接吻。


(もう、元の生活には戻れない)


「起きたか?」


 逆光の中に立つ琉龍の白銀の髪が、朝日に照らされて眩しく輝いていた。


「お前が眠っている間に屋敷を調べた。だが……やはり『玉龍の核』は見つからない」

「お前に全部やってもらったんだな、すまない」

「気にするな、俺はお前の下僕なんだから」

 

 どうやらこの台詞が彼のお気に入りらしい。 

 

「……外ではその言い方をやめろ。オレが“縛ってる”みたいで気分が悪い」

「実際、隷属しているのだから問題ないだろう。俺はお前に縛られることを選んだ。それで十分だ」


 誇らしげに微笑む琉龍に、蘭鈴は溜息をついた。その時、外から力強い蹄の音が響いてきた。


✕✕✕


 王宮から差し向けられたのは、王族専用の豪奢な馬車だった。


 出迎えた瑰は、昨日とは打って変わって神妙な面持ちで琉龍に一礼する。


「昨日は無礼を。母上には話を通してある。……どうぞ、お乗りください」


 馬車が走り出すと、瑰は真剣な眼差しを琉龍に向けた。


「琉龍殿。貴殿が龍魔族の『王位継承者』であることを、蘭鈴は知っているのか?」

「王……?」


 蘭鈴が驚いて隣を見やる。


「正確には王の一族だった、というだけだ。国を失った今、その肩書きに意味はない」

「意味はある」


 瑰が遮った。


「貴殿が蘭鈴を主に選んだと知れ渡れば、蘭鈴は魔族すべてから狙われる『標的』になる。……それを承知の上か?」

「承知の上だ。だからこそ、俺がすべてを斬り伏せる。お前が想像するような事態になれば、俺は同族を殺してでも蘭鈴を護る」


 馬車の外では、護衛の気配が一瞬だけざわめいた。

  

 守護を誓う二人の男の間で、馬車内の空気が火花を散らすように張り詰めた。


✕✕✕


 王宮に到着し、案内されたのは王族専用の会食場だった。


「蘭鈴様、謁見の儀はこちらを」


 女中が差し出したのは、白銀の刺繍が施された純白のチャイナドレスだった。


「……派手すぎる。いつものでいい」

「たまにはいいだろ。お前の菫色の瞳には一番映える色だぜ」


 背後から瑰が笑う。

 英雄・藍鈴は黄金色の瞳。蘭鈴だけが持つ菫色の瞳を、瑰はいつも特別に扱ってくれた。


「……分かった」


 褒められ慣れない気恥ずかしさに戸惑いながらも、蘭鈴は大人しく着替えに応じた。


 朝食の席に現れた蘭鈴を見て、瑰と琉龍は同時に息を呑んだ。


 白磁の肌に映える純白の衣。凛としたその姿は、戦場に咲く白百合のようだった。


「……髪まで弄られるとはな。落ち着かない」


 不機嫌そうに呟く蘭鈴。そんな彼女を愛おしく想う二人の男の視線に、蘭鈴は気づかないまま料理を口に運んだ。


✕✕✕


「――『玉龍の核』の存在を、知ってしまったのですね」


 謁見の間。


 玉座に座す竜王・珱珠は、跪く蘭鈴を静かに見下ろした。彼女は立ち上がり、蘭鈴と同じ目線まで腰を下ろすと、悲しげに瞳を伏せた。


「十一年前、私が駆けつけた時……貴女の両親の遺体には無数の斬り傷がありました。ですが、床には血が一滴も流れていなかった」


 蘭鈴の脳裏に、五歳のあの日の記憶が蘇る。冷たくなった両親の身体。叫んでも届かない声。


「玉龍の核は、龍蝶の血を吸うことで真価を現すと伝えられています。おそらく犯人はその場で核を起動させ、姿を消したのでしょう。……残念ながら、竜王国のどこを探しても見つかりませんでした」


「つまり、国内にはもうない」


 琉龍の言葉に、珱珠は重く頷いた。


「珱珠様!」


 蘭鈴が顔を上げ、燃えるような瞳で訴える。


「他国へ行く許しをください! 両親を殺し、家宝を奪った者を……オレは必ず討ちます!」

「蘭鈴には俺がついている。危険はすべて俺が振り払う」


 琉龍が寄り添う。


「母上!」


 瑰もまた、二人の横に並び立った。


「俺も行かせてください。大切な女の子一人助けられないなんて、王子としても、人間としても失格だ!」


 長い沈黙の後、珱珠は蘭鈴を優しく抱きしめた。


「……分かりました。隣国『白虎国』へ使者を送る予定があります。その任に、お三方を就けましょう。出発は一週間後です」

 

 そして、珱珠は琉龍を真っ直ぐに見据えた。


「……私は竜王です。国として、これ以上の介入はできません」

  

「龍国の王よ……あの子たちを、お願いします」


✕✕✕


 一週間後。


 三人は、雲を突き抜ける朝日の下、隣国へと続く道を馬車で揺られていた。


 それは、世界を揺るがす旅の始まり。


 窓の外を見つめる蘭鈴の隣で、相変わらず男二人の言い合いが始まっている。


「おい、お前の方が蘭鈴に近いだろ、離れろ!」

「主の傍にいるのは従者の義務だと言っている」


 そんな騒がしさをどこか心地よく感じながら、蘭鈴は「玉龍の核」を奪った真犯人、そして自分自身の運命へと一歩を踏み出した。

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