第四話 玉龍の核
「……護る、と言っても具体的に誰からオレを護るんだ?」
自分で言っておいて、胸の奥がざわついた。
竜王国において、自分と対等に渡り合えるのは騎士団長クラスか、あの瑰くらいだ。
「確かに『人間』相手ならお前は十分強い。だが、相手が『魔族』だったらどうだ?」
さっきの戦いでも、琉龍の力を借りてようやく勝てたのだ――正確には、勝たせてもらったのだが。
「修行すれば、なんとか――」
「遅すぎる。……時間がない」
その声音には、焦りに似た確信が滲んでいた。
蘭鈴は唇を噛んだ。
守られる立場に甘んじる気はない。だが――時間だけは、どうにもならない。
「……ところで」
琉龍が探るような視線を蘭鈴に向ける。
「『玉龍の核』はどこにある?」
「……なんだ、それは?」
きょとんとする蘭鈴を見て、琉龍の顔が目に見えて青ざめていった。
「知らないのか? 龍蝶家に伝わる家宝のはずだ。
五百年前、龍蝶藍鈴が力を振るうとき、いつも傍らにあった紅い宝玉だ。
……詳しいことは、俺にも全部は分からないが……」
「……なんでお前が、藍鈴のことをそんなに詳しく知ってるんだ――?」
――藍鈴。その名が出た瞬間、胸の奥が冷えた。
伝説の英雄の名を、まるで知人のように呼ぶ彼に、蘭鈴は言い知れぬ違和感を覚える。
「会ったことがある。……生きていた頃にな」
「待て。お前いくつなんだ?」
「覚えてない。人間の尺度で言えば……気が遠くなるくらいだ」
(冗談……には聞こえないな。こいつは嘘をついているようにも見えないし)
(でも。……それが、何より気味が悪い)
納得と、わずかな戦慄。
琉龍は、『玉龍の核』は一族の繁栄を支える――
人で言うなら「命の根」だと簡潔に言った。
「その紅の色は、
古くから『龍蝶の血が結晶化したもの』と伝えられている。
核と龍蝶の者は分かつことのできない共鳴関係にある。だからこそ、一族の証として代々守られてきた」
「……オレは見たことも聞いたこともない。だが、もしあるとしたら――」
十一年前、家族が殺されたあの夜。家の中を隅々まで調べたのは、国王軍だった。
(あの夜、家から消えたものは、家族だけじゃなかったのかもしれない)
「竜王・珱珠様なら、何か知っているかもしれない」
蘭鈴は決然と顔を上げた。
「オレは、竜王国へ戻る。一族の義務なら、オレが見つけ出さなきゃいけないんだ」
✕✕✕
馬を走らせて一時間。瑰はようやく湖畔の跡地に到着した。
式典の怒りは夜風に消え、今はただ、蘭鈴の呆れた顔を見て愚痴を聞いてほしかった。
「……ここにもいないのか?」
大きく溜息をつき、諦めて帰ろうとした、その時だった。
――轟音と共に、滝が真っ二つに割れた。
水壁の間から、月光を凝縮したような巨大な光の玉が飛び出してくる。
「なっ……!?」
瑰は目を疑った。光の玉の中には、探し求めていた蘭鈴と、彼女を「お姫様抱っこ」している見知らぬ美女(?)の姿。
(なぜ滝が割れる!? ……いや、それより、お姫様抱っこだと?
羨ましい……俺だって、したことないのに)
(……いや、それより。あの女――普通じゃない)
瑰の柔軟な思考は、驚愕を瞬時に羨望へと変換した。
光が霧散し、静寂が戻る。
「……よお。お取り込み中のところ悪いね」
瑰の引きつった笑いに、蘭鈴が凍り付く。
「……瑰」
「聞きたいことは山ほどあるけどさ。……まず、そちらの『ネーチャン』はどなた?」
「こいつは、琉龍。龍魔族の生き残りで、それから……」
「蘭鈴の下僕だ」
琉龍が淡々と付け加えた。
「げ、下僕!? 蘭鈴、お前ついにそっちの道に……!? しかも女を下僕にするなんて!」
琉龍の眉間に、ぴくりと青筋が浮かんだ。
「一応言っておくが、俺は『男』だ。竜王 瑰。珱珠の息子は少し頭が足りないと聞いていたが、本当らしいな」
魔人による渾身の嫌味に、マザコン気味な瑰が即座に戦闘態勢をとる。
「お前、母上を呼び捨てに……! 牢獄にぶち込まれたいのか!?」
「どっちも大人気ない……」
蘭鈴はため息をついた。
瑰が鼻息を荒くして言い募るのをよそに、琉龍が淡々と事情を説明する。
龍国のこと、主従の契約のこと。
「……納得いかないことは多いが、事情は分かった」
瑰は腕を組み、ふんと鼻を鳴らした。
「なら、王宮に戻って母上に問いただそう。この俺がついてるんだ、心配いらないぜ」
その根拠のない自信に呆れつつも、蘭鈴は「任せる」と答えた。
今夜は遅い。蘭鈴は生家をもう一度調べるために残り、琉龍もそれに付き添うことになった。
「明日、朝一番で馬車を出す。いいな、逃げるなよ!」
瑰は、どこか期待に満ちながらも、その奥に王子としての覚悟を滲ませていた。
その夜。
蘭鈴はまだ知らなかった。
王宮に戻るという選択が、
自分で選んだ一歩であると同時に二度と後戻りできない一歩だったことを。




