第二十一話 勝負
ガチャ――。
蘭鈴は玄武王の客間へと放り込まれた。
「今日からここがお前の部屋だ」
無愛想な兵士はそれだけ告げると、扉を閉めた。
残された部屋は、墓場のような静寂に包まれる。
(強さを封じられた今、オレは……ただの人間だ)
逃げ道も、策もない。
琉龍から引き剥がされた瞬間、身体の芯から力が抜けていくあの感覚が、今も残っている。
玄武王と目を合わせてしまった自分の浅はかさが、ただただ情けなかった。
(琉龍だって……魔力のない自分なんて、もう必要としないかもしれない……)
部屋の隅で、震える身体を抱きしめる。
帰りたい。
だが、竜王国に戻ったところで「力のない藍鈴の生まれ変わり」など、居場所はない。
その時――扉が開いた。
「……そんな所にいたのか。王の帰還に出迎えもできないとは」
玄武王が歩み寄る。
蘭鈴は必死に立ち上がり、掠れた声で言った。
「も、申し訳……ありません……」
次の瞬間、腕を強く掴まれ、寝台へと押し倒された。
「な……にを……」
重みがのしかかる。
翡翠色の瞳が覗き込むが、そこに映っているのは蘭鈴ではない。
その奥にあるのは、過去の亡霊だった。
「私はこの時を――五百年前に藍鈴を見てから、ずっと待っていた」
分かってしまった。
この王が見ているのは、自分の魂ではない。
ただ“藍鈴に似た皮”だけだ。
「オレは……藍鈴じゃ……」
「分かっている。
だが――藍鈴と同じ顔の女が、目の前にいる。
それだけで、私は満足なのだ」
それは愛ではない。
歪んだ執着――呪いに近い感情だった。
王が顔を寄せた、その時。
トントン、と扉を叩く音が響いた。
出国の儀の刻――国の内外が切り替わる、避けられぬ時間。
玄武王は舌打ちを一つ残し、蘭鈴の髪に唇を落とすと去っていった。
残されたのは、震えと、静かな涙だけだった。
✕✕✕
一方、ギルドでは琉龍の怒りが爆発していた。
「クソ……ッ! どけ、稜! 蘭鈴を連れ戻す!」
「待てって! 今行っても結界で消し飛ばされるだけだ!」
血が出るほど拳を握る琉龍を、稜と瑰が必死に止める。
「……あいつ、藍鈴に異常な執着を持っている」
瑰の一言に、稜の目が鋭く光った。
「だったら――逆にそれを利用するしかない」
稜の声は低く、覚悟を決めた者のものだった。
絶望の中で、四人は“蘭鈴奪還”のための禁断の策を練り始める。
✕✕✕
夜。客間。
蘭鈴は懐から、銀の簪を取り出した。
琉龍が「守りたい」と願って贈ってくれたもの。
今の自分に残された、唯一の武器。
扉が開く。
「……それは何だ?」
玄武王を迎え撃つように、蘭鈴は簪を握りしめ、一度、息を呑んだ。
「……勝負、しませんか」
簪の先を――自分の頬へ向ける。
「これは……貴方を傷つけるためじゃない。
この『顔』を、二度と藍鈴に見えないほど、ズタズタにするためのものだ……!」
玄武王の翡翠の瞳が、初めて大きく揺れた。
「やめろ!!!」
「勝負、してくれますか」
震える声で、蘭鈴は条件を突きつける。
「オレが藍鈴を演じる教育を受ける代わりに……
貴方は、鳳凰国への道と、すべての真実を話す」
そして、最後の一押し。
「玄武王。
貴方が藍鈴への愛をオレに理解させられたら……貴方の勝ち。
でも、貴方が藍鈴じゃなく……『蘭鈴』を愛してしまったら……オレの勝ちだ」
沈黙。
やがて王は、歪んだ笑みを浮かべた。
「面白い……永遠に、私だけの藍鈴でいてもらおう。
いいだろう、その勝負、受けてやる」
その瞬間――
教育という名の“飼育”が始まった。
「……まずは言葉遣いだ」
「……わ、分かり……ました」
「違う。『分かったわ』だ」
「…………わかった、わ……」
ぎこちない笑顔に、玄武王は頭を抱える。
「……笑顔は徐々にでいい。まずはその野蛮な口調を直せ」
冷たい指先が、蘭鈴の髪を撫でる。
その感触に耐えながら、蘭鈴は心の中で名を呼んだ。
(琉龍……待っていてくれ。
オレは――まだ、負けてない)




