第十話 清龍の森
瑰の背中が遠ざかるのを見て、蘭鈴は小さく息を吐く。竜王国に着いてすぐ、三人は二手に分かれた。
瑰は白虎王からの書状を届け、無事を報告するために母・珱珠のもとへ。一方、蘭鈴と琉龍はさらなる強さを求め、龍国へと向かっていた。
龍国への入り口は、かつて竜蝶家が守護していた滝の裏にある。蘭鈴は不本意ながら、再び琉龍に「お姫様抱っこ」をされていた。
「なあ琉龍、この抱き方には何か意味があるのか?」
「意味……? 特にないが、この方がお前を死守できる気がする!」
(その自信はどこから来るんだ。というか、その言い訳は今考えただろう!)
龍の魔人でない者が結界を抜けるには、龍魔族と密着して「許可」を得る必要がある。蘭鈴は渋々、琉龍の首に腕を回した。
(結局、理由はどうあれ密着しろってことだろ……)
「我、汝と血の盟約により定められた者なり。身体に流るるは蒼龍の血肉。今、この時を持って我を受け入れよ――」
琉龍が呪文を唱えると、二人は光の球体に包まれ、轟音を上げる滝の中へと消えた。
✕✕✕
目の前に広がったのは、どこか懐かしく、それでいて峻烈な龍国の風景だった。
「これから俺の知り合いに会いに行く。俺が幼少期に世話になった連中だ」
琉龍の声には、隠しきれない棘があった。
「……龍族の生き残りか。どんな奴らなんだ?」
「魔人の戦士としては超一流だが……一言で言えば変人だ。真面目に見える変態と、あからさまな変態がいる」
「変態……?」
意味を測りかねる蘭鈴をよそに、琉龍は悲壮な決意を固める。
「まずは知識のある『常識人ぶっている方』に行く。俺の手には負えないお前の強化も、アイツなら方法を知っているはずだ」
どうやら琉龍にとって、彼らに会うのは死地に飛び込む以上の覚悟がいるらしい。震える足を隠すように、琉龍は森の奥へと歩き出した。
道中、琉龍は「恩人」たちの話を語った。名は清龍と刻龍。
「清龍は知略に長け、剣術も龍国随一だ。だが、性格に難がある。もう一人の刻龍は魔力の化け物でおちょくり魔だ……。思い出すだけで腹が立つ!」
「王宮の先生みたいなものか? 瑰とオレも一緒に勉強したけど……」
「先生……!? アイツらが、先生だと……!? 断じて違う、あんな教育とは名ばかりの虐待、いや実験、いや……!」
琉龍は突然叫び声を上げた後、死んだような目で虚空を見つめた。
(一体何をされたんだ……。やっぱり行かない方がいいんじゃないか?)
蘭鈴の不安をよそに、一行はついに『清龍の領域』へと足を踏み入れた。
✕✕✕
清龍の結界内は、足元も見えないほどの深い霧に覆われていた。
「いいか蘭鈴。ここは清龍の趣味と実益が詰まった空間だ。どんなに愛らしい花や動物がいても、絶ッッッッ対に毒がある。触るなよ」
その言葉が終わるや否や、霧がパッと晴れた。
そこは御伽噺のような美しい庭園だった。色鮮やかな果実、そして長い耳をピクピクさせる愛らしい小動物たち。
「……チッ、清龍め。俺たちを試しているな」
琉龍は蘭鈴の手を掴むなり、全速力で走り出した。
「おい、急にどうした!」
「あの動物たちは清龍が創った『キメラ』だ! 迷い込んだ者を捕らえ、実験材料にするために配置されている!」
ガシャン――!
今度はなにか金属がぶつかるような音が聞こえてきた。
振り返ると、愛らしかったはずの小動物たちが、ガチガチと金属音を立てて巨大化し、鋭い爪を剥き出しにして追ってきていた。
「実験材料って、何のために!」
「そんなの俺が知るかーーー!!」
琉龍は叫びながら大きくジャンプし、空中で蘭鈴を抱き寄せた。直後、さっきまで二人がいた地面が巨大な爪で深く抉られる。
「アイツ、本気で殺しに来てる……!」
「だから言っただろ! あの丸太小屋まで逃げ込むぞ!」
✕✕✕
命からがら辿り着いた丸太小屋。琉龍が恐る恐る扉を開けると、そこは無数の本で埋め尽くされた学者の書斎のような空間だった。
「おい清龍! 居るのは分かってるんだぞ! あんなキメラをけしかけやがって!」
琉龍が本をなぎ倒しながら叫ぶが、返事はない。
(実は、相当仲がいいんじゃないのか……?)
蘭鈴がそう思った瞬間、背後に「氷」のような気配を感じた。
「琉龍じゃないか。久方ぶりだな。全然会いに来ないから、てっきり死んだものと思っていたよ」
涼やかで、知的な、それでいて底冷えする声。
「清……龍……」
「久しぶりにその怯えた顔が見られて嬉しいよ。私は珀龍と同じ、お前のその顔が大好きだからな」
珀龍、という名を聞いた瞬間、琉龍の顔から血の気が引いた。
蘭鈴が反射的に背後を振り向こうとしたとき、琉龍の叫びが響く。
「蘭鈴、見るな!!」
カキン――!
金属が激突する音と共に、蘭鈴の体が弾き飛ばされた。琉龍が突き飛ばして庇ったのだ。
体勢を立て直した蘭鈴の目に映ったのは、魔力で編まれた剣を交差させる二人の魔人。
白銀の髪をなびかせる琉龍と、紺碧の髪を揺らし、冷徹な笑みを浮かべる魔人――清龍。
「蘭鈴……? 聞き覚えのない名だな。どちらにしろ、人間に興味は――ない!」
清龍の細められた瞳が、獲物を定めるように蘭鈴を射抜いた。




