第八章:暴君と女王の対峙
七日間の地獄を耐え抜き、ルクレツィアは、カインの館の簡素な執務室の前に立っていた。
カインは、ユリウスからの報告を聞いた後、部下たちに「呼ぶまで来るな」と冷たく告げ、完全な人払いをした。
重厚な扉が開かれる。
カインは、辺境の領主に相応しい、引き締まった黒い装束を纏い、椅子を蹴り飛ばすように立ち上がった。彼の瞳には、憎悪と安堵、そして抑えきれない焦燥が渦巻いていた。
ルクレツィアは、泥に汚れた外套を羽織ったまま、力なく部屋に入った。彼女の顔には、七日間の疲労と、公爵令嬢としての地位を失った屈辱が深く刻まれている。
カインは、ルクレツィアの無残な姿を見て、一瞬、深い安堵を浮かべた。彼女が王太子の手中に落ちることなく、「自分の支配下にいる」という事実。
だが、その安堵はすぐに怒りに転化した。彼は、ルクレツィアに一歩詰め寄る。
「遅い! ルクレツィア様。私の命令を、あなたは七日間も無視した。私がこの一週間、どれほどの屈辱と焦燥に苛まれたか、理解できているのですか?」
カインは理不尽にも、すべてをルクレツィアのせいにする。
「あなたは私の最高の道具でありながら、王太子の傍で不用意に親密な印を付け、私の計画を破綻させた!その代償として、私は一族の地位も名誉もある貴女に、『狂気』というレッテルを貼ってまで、この辺境へ引き戻さねばならなかった! この全てが、あなたの不忠の代償です!」
ルクレツィアの体が、怒りで震える。しかし、大声を出す体力も、論理的に反論する気力もない。その声は、掠れて、絞り出すような静かな声だった。
「……私はあなたの命令に従いました、カイン。見て。私は私の全てを捨てました。王太子妃の地位も、公爵令嬢の名誉も、そして私が最も大切にしたプライドも」
彼女は、床に膝をつく。それは屈服ではなく、単純に疲労の限界だった。
「あなたが私に報いるのは、その理不尽な理由を、『戦略的利益』という言葉でごまかしてくれることだけです。あなたが、私情で動いたなど、わたくしは認めない」
ルクレツィアの、疲弊しきった、しかし最後のプライドをかけた言葉は、カインの理性の仮面を完全に剥ぎ取った。
カインは、床に膝をついたルクレツィアに駆け寄り、その汚れた体を荒々しく抱き起こす。
「ごまかす?違います、ルクレツィア様。貴女が求めた『戦略』は、存在しません」
彼の瞳は、初めて、支配欲と情愛が混じり合った、熱い感情を映す。口調は、感情的な「俺」に変わった。
「俺は貴女が王太子にキスを捧げ、その身を預けるかもしれないという想像で、狂っていた! 貴女が私以外の男の所有物となることなど、耐えられなかった!」
カインは彼女の顔を両手で包み込み、怒鳴りつけるように告白した。
「私は貴女の理性を、最も愚かで、最も低俗な『嫉妬』で破壊した! ルクレツィア! 貴女は、俺の所有物だ。貴女は、俺の理不尽な愛に、永遠に仕える番だ!」
カインは彼女を抱き上げ、自らの寝室へと向かう。ルクレツィアは、抵抗する体力もなく、自分が完全に敗北し、同時に満たされたことを悟りながら、彼の腕の中で運ばれていくのだった。




