第七章:悪役令嬢、泥にまみれる七日間
公爵邸を脱出した後、ルクレツィアを待っていたのは、約七日間にわたる、貴族令嬢には過酷すぎる強行軍だった。
ルクレツィアは簡素な旅装に、フード付きの外套を羽織っていたが、それもすぐに泥と旅の埃にまみれた。ユリウス率いる辺境騎士団は、カインの切迫した命令の元、ほとんど休息を与えなかった。
「ルクレツィア様。申し訳ありませんが、ここでは夜営になります。カイン様の命令は一刻の猶予も許さない、と……」
腹心であるユリウスは、簡素な野営地の隅で、憔悴しきったルクレツィアに申し訳なさそうに言った。彼は、かつてカインを断罪した傲慢な令嬢が、泥と冷たい風の中で野宿している光景に、複雑な感情を抱いていた。
(カイン様は、一体何を考えている。この方は、こんな過酷な扱いを受けることに慣れていないはずだ。しかし、この旅装と執念深い目……これは、狂気というよりも、カイン様への強い執着だ)
ルクレツィアは、冷たい乾パンをかじりながら、答える体力もなかった。
(野宿? 泥? 冷たい地面? わたくしの人生で、こんな下等な環境に身を置くなど、究極の屈辱だわ!)
高貴な血筋を持つルクレツィアの体は、すぐに悲鳴を上げた。ろくに眠れず、次々と乗り継ぐ馬の鞍に揺られ続けることで、全身の関節が軋み、頭痛が止まらない。彼女は何度も意識を失いかけたが、ユリウスの配慮で馬を乗り換えるたびに、「カインへの直接対決」という執念で意識を取り戻した。
その道中、彼女は何度もカインへの怒りを燃やした。
(わたくしにこれほどの屈辱を与えてまで、取り戻したかった「戦略的利益」とは何なのか。あなたが愚かな私情で動いたのなら……わたくしは、この身を以て、あなたを再び断罪するわ)
しかし、その怒りも、限界を超えた疲労によってすぐに掻き消される。彼女は、「カインの真意を問い質す」という執念一つだけで、崩れ落ちそうな肉体を保っていた。
七日目の夕刻。
ルクレツィアは、辺境の荒涼とした景色の中に、カインの簡素だが強固な館のシルエットを見た。
フードの下の顔は、血の気が失せ、目元には濃い隈が刻まれていた。彼女の体は泥と汗と疲労で限界を超えていたが、彼女の瞳だけは、七日間の屈辱と執着の炎を宿し、復讐の舞台へと向かう光を放っていた。
「……着いた、わね」
ルクレツィアは、最後の力を振り絞り、馬から降りた。その足は震えていた。彼女は、肉体的にも精神的にも、最も無防備で、最も汚れた状態で、支配者カインとの対峙に臨むのだった。




