第五章:支配者の嫉妬と理性の崩壊
辺境の館。カインの執務室は、王都からの冷たい情報で満たされていた。
カインは、間者である腹心ユリウスからの報告書を読み終え、無表情のまま、それを硬い握りこぶしの中で握り潰した。
王太子アシュトンが、ルクレツィアに異常なまでに執着し、公然と所有の印を付け始めている——その事実は、カインの中の冷静な支配者の理性を深く抉った。
「問題ない。彼女は『道具』として動いている。貞節は守っているはずだ。得られた情報こそ、最大の利益である」
カインは自らに言い聞かせたが、その理性は、すぐに嫉妬と所有欲という熱い炎に包まれていった。
「私のルクレツィアだ。私の支配下に置いたはずの女が、他の男の『愛の証明』を身に付けているなど、許容できない」
彼は、椅子を蹴り飛ばして立ち上がった。その音は、執務室に控える騎士たちを震え上がらせた。
その瞬間、ルクレツィアからの週報が届く。ユリウスが届けた手紙を開封すると、それは、カインの理性を破壊する最後の一撃となった。
『私の主人、カイン様。王太子殿下の篭絡は順調です。今朝も殿下は、私の首筋に愛の証を刻まれました。私の貞節が、彼の独占欲を刺激する鍵となっています。 ご覧ください、カイン様。あなたの道具は、これほどまでに優秀なのです』
カインの瞳が、血のように赤く光った。あの女は、自分の支配を試している。自分の嫉妬を理解した上で、わざと自分の理性を破壊しようとしているのだ。その傲慢さが、カインの中の「支配者」と「男」の境界線を完全に融解させた。
カインは、筆を取り、荒々しい筆致で電報を書き始めた。それは、戦略も理性も欠落した、感情のみの命令だった。
「ユリウス! 直ちにこれを王都へ打電せよ!」
ユリウスは内容を読み、蒼白になった。
「カイン様……これは、ルクレツィア嬢の地位を完全に破壊することになります。戦略的にはあまりに……」
カインは、腹心にすら、自らの激情の深さを見せつけた。
「いいから行け! 俺の命令だ。 俺の所有物が、他の男の手に渡るなど、断じて許さん!」
電報の内容は、公爵家と王室へ同時に届けられた。
『ルクレツィア嬢は狂気に陥り、王太子殿下に国家機密を漏洩する危険がある。直ちに辺境にて静養を命じる。迎えの騎士を送る。カイン・シュライバー』
この理不尽な命令が、悪役令嬢ルクレツィアの公爵令嬢としての地位と名誉を、一瞬にして叩き壊したのだった。




