第三章:無冠の支配者(アンクラウン・ルーラー)の誕生
ルクレツィアは、自分の完璧な世界を再建するためには、カインという唯一無二の鍵が必要だと確信した。後悔ではない。これは、失われた所有物への病的な執着だった。
彼女は、公爵令嬢としての権力とコネクションを全て使い、カインの居場所を探させた。
カインが追放された辺境の地は、王国からも見放された、荒涼とした土地だった。その地へ、ルクレツィアは貴族の地位と名誉を捨て、愛する所有物を取り戻すために旅立つ決意をした。
数週間後、ルクレツィアが過酷な旅路の果てに知った事実は、彼女の想像を遥かに超えていた。
カインは、貧しい辺境の民を率い、追放された元騎士という立場でありながら、その冷徹な頭脳と圧倒的な統治能力をもって、周囲の村々を統合し、巨大な闇の勢力圏を築き上げていた。
彼の新しい肩書は、「無冠の支配者」。
ルクレツィアは、荒れ果てた土地に立つ簡素だが強固な館の執務室で、カインと再会した。
「ルクレツィア嬢、ご無沙汰しております」
カインは、椅子に深く腰掛けたまま、静かにルクレツィアを見下ろした。
黒髪と細身の体躯は変わらない。しかし、その鉄色の瞳には、かつて彼女の影であった頃には微塵も見せなかった、剥き出しの野心と、冷たい凄みが宿っていた。彼の態度は騎士時代と同じく丁寧なものだったが、その声には絶対的な自信と、ルクレツィアを見下ろすような慇懃無礼な響きが含まれていた。
「貴女を反面教師とすることで、私は自分の真価を知ることが出来ました。非道なヴィランである悪役令嬢も、人の役に立つことがあるのですね」
ルクレツィアのプライドは、粉々に砕け散った。立場は完全に逆転したのだ。
「私を取り戻したいのでしょう? 貴女の完璧な所有物を」
カインは、一枚の契約書をルクレツィアの前に滑らせた。
「署名なさい、ルクレツィア嬢。貴女の公爵令嬢としての権力の源——財産、情報網、そして貴女自身の全てを、この無冠の支配者に捧げるのです。拒否すれば、貴女は『裏切り者の元騎士を追う愚かな令嬢』として、社交界から永遠に追放される」
屈辱だった。しかし、彼への執着に勝るものはなかった。ルクレツィアは震える手でペンを取り、契約書にサインをした。
「ようこそ、私の新しい『道具』へ。これからは、貴女が私を護衛するのです。私の王都侵攻の先鋒**として、悪役令嬢の役割を全うしてください」
カイン・シュライバーの支配が始まった。ルクレツィアは、彼のために王太子アシュトン殿下を篭絡し、毎週、彼への愛と忠誠を綴った屈辱的な恋文を送る羽目になった。




