第一章:傲慢な断罪
皆様、はじめまして。あるいは、前作から引き続きありがとうございます。
昨日、無事に『冷血な英雄(泣き虫)にお断りし続けたら、何故か外堀を埋められました』を完結させることができました。温かい応援を本当にありがとうございました。
本日より、心機一転、新たな物語をスタートします。 今作は、誇り高き悪役令嬢と、彼女を裏切った(?)護衛騎士による、執着と断罪の物語です。
前作とはまた一味違った「愛の形」を楽しんでいただければ幸いです。 冒頭のポスターイラスト共々、この世界観にどっぷり浸かってください!
※この作品には挿絵があります。苦手な方は挿絵非表示に設定してお読みください。
ルクレツィア・ド・ヴェスパ公爵令嬢は、王都の社交界で最も冷たく、最も美しい悪役令嬢として君臨していた。
彼女の燃えるような真紅の髪と、すべてを値踏みする紫紺の瞳。彼女が微笑むとき、それは祝福ではなく、冷たい格付けの始まりを意味した。今宵の夜会も、彼女の完璧な支配下にあり、ルクレツィアは王太子アシュトン殿下の隣という、将来の王妃の座が確約された場所から、凡庸な貴族たちを見下ろしていた。
しかし、その完璧な視界の隅に、一つの「不純物」が映り込んだ。
「カイン・シュライバー」
彼女の護衛騎士。地味な黒髪と鉄色の瞳を持つ、目立たない男。彼はルクレツィアの最も忠実な道具であり、彼女の悪意を具現化する完璧な所有物であった。毒見役、政敵の排除、情報収集——カインの存在は、ルクレツィアの絶対的な権力を支える影そのものだった。
そのカインが、今、下級貴族の娘と、警護の義務を逸脱した「笑顔」を交わしていた。
ルクレツィアの顔から一切の表情が消えた。彼女の道具は、彼女の許しなく、人間的な感情を、彼女以外の誰かに見せつけた。それは、支配者ルクレツィアへの明白な裏切りに他ならなかった。
ルクレツィアは静かにワイングラスをテーブルに置いた。その微かな音が、夜会のざわめきを一瞬で凍りつかせた。
「カイン。こちらへ」
その冷たい命令に、カインは瞬時に笑顔を消し、影のように滑らかに彼女の前に進み、跪いた。その動作は完璧だったが、ルクレツィアの怒りは静かに、深く燃え盛っていた。
「わたくしは、裏切り者の影を傍に置く趣味はないわ。カイン」
大勢の貴族が見守る中、ルクレツィアは扇子を広げ、その先端で彼の顎を冷たく持ち上げた。
「貴方は、わたくしという支配者の恩恵を忘れ、無意味な情に溺れた。貴方の能力は、わたくしに仕えてこそ価値がある。価値を失った道具は、不要よ」
彼女は冷徹に、そして決定的な言葉を選んだ。
「カイン・シュライバー。貴方をこの王国から追放する。二度とわたくしの視界に入らないこと。さあ、今すぐ立ち去りなさい。これが、ルクレツィア・ド・ヴェスパの命令です」
カインの鉄色の瞳が一瞬揺らいだが、すぐに無表情に戻り、その口調は騎士としての義務感に満ちていた。
「……かしこまりました。ルクレツィア様。あなたに仕えられた日々を、光栄に思います」
彼は立ち上がり、夜会の参加者たちの好奇と嘲笑に満ちた視線の中を、影のように去っていった。
ルクレツィアは満足した。これで、彼女の完璧な支配体制は守られた、と。
しかし、その傲慢な「断罪」こそが、彼女自身の地位の破滅、そして歪んだ支配者の執着に囚われる未来への、最初の引き金になったことを、この時のルクレツィアはまだ知らなかった。




