八下田学園調査隊
翌日、約束どおり十時に八下田学園の前までやってきた。町は相変わらず白い霧に覆われており、静まり返っている。今朝テレビをつけると、地元のテレビ局が正体不明の霧現象について特集を組んでいた。
科学的に説明しようとする学者もいれば、オカルトだというコメンテーターもいたりして、かなり世間を騒がせているらしい。表向きは、異常気象ということになっているが、この件が全国的に騒がれると、より傀異を強力にしてしまう恐れがある。
――――――早く解決しなければならない。そのためにも、明日の決戦までに情報を集めなければ。
そんなことを考えていると、昨日と同じ銀色の普通車が近づいてきた。正門の隣に停車すると、灰狼と七楽が車を降りて俺たちに近づいてくる。
「おう。来てくれたなァ。ありがとよ」
灰狼はニカッと笑い、手を上げる。俺と影斗は軽く会釈を返した。
「話の続きを聞かせてもらうぜ」
「もちろんだ。だがその前に、ここを待ち合わせ場所にしたのには理由があってなァ」
灰狼は顎をクイッと校舎の方へ向ける。
「お前らも調べてェだろ?」
確かに、被害者は全員この学校に通っていた。なら、この学校の傀朧を調べることはかなり重要なことだろう。
「何でそう思うんだよ」
「おれたちは秘密警察だぜ? 何でもお見通しなのさ」
「意味わかんねー」
俺は悪態を吐きながらも、灰狼の言う通りにすることにした。俺と影斗が二人で学校に行っても、相手にされることはまずない。警察なら、捜査だと言って中に入れる。
「結果としてはよかったね」
「ああ……あのおっさん、かなりすげえよ。俺たち想術師のことをよく知ってる」
俺と影斗がひそひそ話していると、インターホン越しに話を付けたらしく、二人が敷地内に入っていく。
「まずは職員室に行って、校長に挨拶してくるわ。お前らは自由に校内探検してな」
「わかった」
現在八下田学園は休校になっており、校内に子どもの姿はない。二人と別れた俺たちは、傀朧検知器を使って傀朧の濃い場所を探っていく。
霧に覆われたグラウンド、体育館、プール――――――学校ということもあって、そこら中に傀朧が存在している。だが、八尺様に関するものは特に見当たらなかった。
「……」
影斗はきょろきょろと落ち着かない様子で、傀朧検知器を振り回している。気配が多すぎてどの傀朧を調べようか迷っているようだ。
「うーん。なんとなくだけどさ、外にはない気がする」
「なんでわかるの?」
「想術師は訓練すれば、傀具がなくてもわかるようになるぜ。向き不向きはあるけど」
「へー。そうなんだ」
返事をする影斗の声が、どこか虚ろなことが気になったが、時間も惜しいので正面の校舎に入る。小学校と中学校が一緒になっており、校舎は二つに分かれているらしい。校舎はどちらも真新しいもので、新築の木の香りがまだ残っていた。しかし、休校していることもあって薄暗く、どこか不気味だ。
一階にある教室の傀朧を調べ終わったところで、偶然灰狼と中年の教師が現れた。中年の教師は俺たちを見ると、慌てて声をかけてくる。
「君たち何で学校にいるんだ! 今は危ないんだ。保護者の方と一緒にいなくちゃ……」
「あァ、先生。この二人は町の人間じゃねえんだ。おれたちが呼んだ」
「は、はあ……」
「こいつらは最近噂のオカルト少年探偵団ってとこだ。不思議な事件に首を突っ込んでは、警察の厄介になってる」
「お、おい。それ説明になってねえだろ……」
灰狼は楽しそうに笑うと、困惑する俺たちに教師を紹介する。
「こちらが校長先生だ。お前ら挨拶」
「こんにちは……」
「……こんちは」
突然振られ、俺たちは慌てて挨拶をする。
「でも、子どもが危ないのは間違いないんですが……」
「ま、こいつらの安全は、おれたち警察が守りますんで」
校長先生は小さくため息を吐くと、廊下を進み始める。
俺は灰狼のジャケットを引っ張り、説明を求める。
「今から、小谷創のクラスに案内してもらう。お前らはおれが話を聞いているうちに、教室を調べろ」
「えっ」
「なあに、傀朧とかいう不思議なモンがあんのは知ってる。それを調べな」
そう言う灰狼に頭をぐしゃっと撫でられ、俺は首をかしげる。
このおっさん、相当事情を知っているようだ。秘密警察って、そんなに想術師のことに詳しいのだろうか。
そんなことを考えているといつの間にか教室に着く。
「ここが、小谷君のクラスです」
「なるほどなるほど……」
灰狼はわざとらしく教室をゆっくり徘徊し始める。俺と影斗はその隙に傀朧を調べることにした。
「小谷君に変わった様子などは?」
「いえ。彼はそう活発ではありませんでしたが、協調性もあり、クラスの児童たちの中心にいることが多かったと聞いています。特段、行方不明になる理由などはありませんね」
「事件当日において、変わった様子などもありませんでしたか」
「そうですね。聞き取り調査なども行ったのですが、何もなく……」
「そうですか」
灰狼は小谷君の机の前まで行って、収納を引き出し、俺たちを呼ぶ。
「うんうん。確かに変わった様子はない」
「あの……先ほども言ったのですが、散々警察の方にはお話しましたし、何度もお調べになっていたかと思うのですが」
校長先生は、不審そうに俺たちを見回す。
「……先生。これは仮定の話だがね。アンタは神隠しって信じるか?」
「は?」
「人が忽然と消えることだ。この町には古くから大女っていう伝説があるらしいな。ほらそこにも」
灰狼は教室の後ろの方にある本棚を指さす。本棚に近づいて一冊の本を引っ張り出すと、校長先生に見せる。
「子どもたちにとっても、有名な話です。違いますか」
「……そうですね」
校長先生の顔がわずかに青ざめる。
「……正直、こんなこと言うのは、教育者としてお恥ずかしいのですが……私はもう四十年以上教職をしています。私はこの町出身ではないのですが、ご縁でこの町に来ました。町にもっと子どもがいたころからずっと教壇に立っていた。その中で、子どもたちが忽然と姿を消すことが何度かあったのです。私の記憶の限り、十人以上はいます。最初こそは信じていませんでしたが、何人も何人も消えているのに、警察は一向に解決しない、どころか、町の人たちは、一切話もしなくなるんです。まるでタブーかのように誰も触れなくなる……先ほどのご質問に答えるのなら、信じているということになるのでしょうな。おかしな話です」
「なるほど。感謝します。実はね先生、我々は先生の疑問と同じ疑問を抱いてましてね」
「と、言いますと?」
「大女伝説は、この町の人たちにとって、かなり信憑性のある話なんじゃないかと思いましてね」
灰狼は、傀朧を採取していた影斗の肩を叩く。
「だから、この子たちがいるんですよ」
「……まさか」
「そう。おとりです」
「ええ!?」「はあ!?」
俺と影斗は慌てて灰狼に詰め寄る。校長先生も目を丸くし、困惑しているようだった。
「信じてもらえねえかもしれませんがね、この子たちは霊感があるんですよ」
「霊感……」
「そう。先ほどもちょいと説明しましたがね、おれたちは一般的な警察ではなく、未解決事件を担当してる。未解決事件を担当するってのは、あらゆる先入観や思い込みは排除しなくちゃならねえ。つまり、非科学的な事象であっても、その意味を深く解釈しなければならない」
灰狼は大女の書籍をめくり、大女が描かれているページを校長先生に見せる。
「おとりってのは口が悪ィがね、その意味は捜査にとって有益だ。なぜなら、この一連の不可解な連続失踪には、たった一つだけ、誰も信じねえ共通点がある」
「……っ」
「校長先生はお分かりかな?」
「ちょ、ちょっと待ってくれ。説明を……」
灰狼は机の引き出しを豪快に机の上にぶちまけると、その中から一冊のノートを拾い上げる。
「ビンゴだ。このノートを見てくれ」
そのノートは自由帳のようで、タイトルに『怪談』と書いてあった。俺と影斗は、そのノートの内容を、食い入るように見つめる。
ページをめくると、絵がたくさん書いてあったが、どれも同じ絵ばかりだった。
何体も、何体も、大きくて髪の長い、白い服の女が書かれている。女の傍には一人の少年がいて、必ずその少年と女は仲良く手を繋いで笑っていた。
「被害者は皆、この大女を目撃している。おそらく間違いない」
「これって……八尺様ですよね?」
影斗が灰狼に聞くと、灰狼は引き出しに物を戻し始める。
「そうだ。警察がいくら探しても失踪した児童たちを結び付ける証拠はこの学校の生徒という事実以外なかった。だが、世の中の人間が誰も信じねえオカルトじみた共通点があった。被害者は皆、いなくなる前にこの女の話をしていた、もしくは、怪談話にやたらと執着があった。それは周辺の聞き取り調査から明らかになっている。さて、校長先生。これを踏まえて、小谷君は何か言っていませんでしたか」
「……そうですね。今現在でもそうですが、白い女の幽霊の話は校内でかなり広がっているようです。知らない子はいない、というくらいには。小谷君がどうだったかまでは……ただ、女の霊は怖いものではなく、どうやら良い霊として、これまでは広まっていたらしくて」
「ほう。良い霊ですか……よくわかりませんなァ! ま、この子たちにおとりになってもらえば、幽霊の存在もはっきりすると思ったんですがね」
俺は、灰狼の言うことが全く間違っていないことに驚いていた。警察なのに、傀異の存在を信じているかのような口ぶり――――――おとり、というのも合っている。そのために俺がここに来たのだから。
「全く……言いすぎですよ。おとりなんて」
教室の入り口で短髪の女性、七楽が腕を組んで立っていた。呆れたような怒っているような表情で、灰狼を見つめている。
「おっ。そっちはどうだった七楽」
「他の教職員の方たちに聞き取りをしていたのですが、やはり大女……八尺様に関しては全員知っているようでした。失踪事件もその怪異が引き起こしている可能性があると噂が立っている。そして消えた子どもたちは皆、人一倍関心が強かったようですね」
「と、いうわけだお前ら」
灰狼はニカッと笑い、俺と影斗の頭を両腕で抱きよせる。
「ちょ、おっさん!」
「おれたちにできんのはここまでだ」
「傀朧は採取しました」
「ならそれを、帰ってから調べようぜ」
「ノートも持っていけ。こっそりな」
灰狼は再び校長先生の方へ向き直る。
「まあ言ってみたものの、本当に幽霊の仕業かどうかを証明することなんてできないんですがね。ガハハハッ」
灰狼の豪快な笑い声と共に、その場はお開きになった。だが、校長先生と別れる時、顔色がさらに悪くなっているような気がした。
「捜査協力感謝します先生」
「あの」
「何でしょう」
「早く、解決されることを願っています。幾分小さな町ですので、根も葉もない噂が立ちやすいもので……」
「安心してください。犯人が誰であろうと、必ずこの子たちが解決してくれます」
「おいおっさん……言い過ぎ……」
抗議しようとした俺の顔に、灰狼は右手を出して止める。そのまま正門に向かって歩く俺たちに、灰狼は顔を近づける。
「教職員は犯人じゃねえな」
「えっ」
「それはいつもの、刑事のカンってやつですか?」
「まあそういうこった。そっちも有益な情報はなかったんだろ?」
「はい。皆、怪奇現象を何となく信じていましたが、具体性はなかったですし」
どうやら七楽も、他の教職員に同じような話をしていたらしい。
誰も信じない、ましてや警察の発言としてはあるまじき、怪奇現象について。犯人が大女だとしたら、と。そう聞いて回っていたらしい。
「な、なあアンタらってさ、本当に何者? 俺たちのことをおとりとかって、何で……」
「何でわかったのかって? 言ったろ。秘密警察だって」
俺は納得いかずに腕を組んで灰狼を睨みつけるが、さっさと先へ行ってしまう。
その時、影斗が一瞬立ち止まって門の方を凝視した。
「とにかく、今日の目的は小谷君の机を調べることと、教職員から話を聞くこと。そして、お前らのサポートだった」
やけに話がスムーズに進んでいることに、俺の不信感が増していく。
この二人は本当に警察なのだろうか。秘密警察、という言葉も引っ掛かるが、それよりも想術師側の事情を知りすぎている気がする。
「なあ、あんたたちは犯人の見当がついてんのか? だって、犯人は人間だって言ってたろ?」
――――――モル。
「……いや、さっぱりだ」
「はあ? 嘘つけ!」
――――――シガ。
「本当だ。見当がついていたら、こんなバケモノの仕業だとか言って、回りくどく学校を調査したりしねえよ」
――――――モル―――ズ―――モル!
「でも……」
正門を過ぎ、灰狼と七楽が車に戻ろうとすると、門の前で影斗が震えはじめる。
「ん、どうした影斗」
「……ぇ」
影斗は真っ青な顔で門の向こうを見つめていた。
「どうした」
「……」
俺が影斗の肩を揺さぶると、影斗は我に返ったように俺の顔を見つめる。
「大丈夫か」
「お、おれ……見たよ……あそこに……」
影斗は門の向こうを指さした。しかし、そこには白い霧が広がっているだけで何もなかった。
「こ、声も……」
「声?」
「何か言ってる。女の人が……」
「……何だと!」
俺の驚いた声に、灰狼と七楽が駆け寄って来る。
「どうした」
「影斗が見たって……八尺様だ」
影斗は真っ青な顔のまま、荒く呼吸をし始める。影斗の体は熱を帯びており、じっとりとした汗が吹き出し、荒い呼吸をし始める。
「影斗。大丈夫か!? おい!」
影斗は俺の呼びかけに応えることなく、そのまま意識を失ってしまった。