幕間 一日の終わり
俺たちは採取した傀朧のサンプルを持って、拠点である廃寺に戻ってきた。そのころにはすっかり夕暮れになっており、一日の疲れがどっと吹き出すような気がする。
影斗もかなり疲れているようで、言葉も少なくなっていた。俺は廃寺に着くとすぐに、本堂の隣にある家の中に入る。寝泊まりするために開けてもらった一部屋に入ると、勢いで畳の上に寝転がり、天井をぼんやりと見つめる。
「……」
八下田町で五年前から起きている連続失踪事件。その原因は八尺様という怪談に出てくる化け物が具現化した傀異による被害だ。現場の傀朧や、その他状況からそれは間違いない。しかし、県警の二人が告げたのは、そこに人間が関わっている可能性が高いということだった。
傀異を使役している者がいる――――――?
いや、それは考えにくい。少なくともランクが高く、使役できるような傀異ではない。
なら、小谷創の事件だけは関係がないのか――――――。
いや、それもおかしい。なぜ五年も気づかれなかったのか、という疑問が解消できない。むしろ逆ではないかとさえ思ってしまう。
「……意味わかんねえや。寝よ」
俺は大の字に腕を伸ばし、目をつむる。
「おや、帰って来たんですね」
俺は突然聞こえた刈谷の声に、思わず飛び起きる。
「お、おう。あんたも戻って来てたんだな」
「……すみません。先ほどは見苦しいところをお見せしてしまいました」
刈谷は申し訳なさそうに頭を下げる。
「そのさ、あんたたちって仲悪いのか?」
「……そうですね」
俺が問いかけると、刈谷は諦めたように俺に告げる。
「ご迷惑をおかけしたことだし、正直に言わせていただくと、私は彼女のことを良く思っていない。それには理由があります」
「理由?」
「本来は彼女のパーソナルな話題を、本人のいないところでするのも憚られるのですが……」
「黙っておきます」
「ありがとう」
刈谷は一呼吸置くと、淡々と話し始める。
「彼女の家系、門馬家は古くから神道に通ずる由緒正しい想術師の家なんです。でも彼女はコンプレックスを抱えていて、自信が持てないでいた」
「うん。それは俺も少しだけ聞いた」
「それでも想術の才能はあるんです。非術師家系の私が言うのもなんですが、少々羨ましくなるほどに。でも、彼女は自身の性格のせいで……仲間を見殺しにしたんです」
俺は思わず唾を飲み込む。かなり深刻な話らしい。
「二年前のことです。彼女が準一級想術師に昇格した際、チームリーダーとしてあたった傀異討伐の際、突然力を一時的に失ったんです。想術は想像が具現化する力と言われていますよね。だからこそ、術者のメンタルが力に反映されることは多々ある。神道系の術は特にその影響を受けやすかった。その結果、守れたはずの仲間を一人、死なせた。それを聞いて、私は彼女のことが許せずにいる」
あの門馬に、そんな過去があったなんて――――――俺は門馬が自身のことを話してくれた時のことを思い出す。明るくて、高いテンションで話す態度が消え、寂しそうに自分を責めるあの姿と、今回の話が重なった。
「だからですかね。思わずきつく当たってしまうんです」
刈谷は苦笑し、俺の顔を見た後、鋭い目つきに戻る。
「だから功刀さん。こう言うのもなんですが、気を付けてください。彼女はまた、同じ過ちを繰り返すかもしれない。私はそうならないように全力を尽くしますが、彼女を信頼しすぎるのはよくない。彼女の心には裏がある」
刈谷はそう言って立ち上がると、再び顔に笑みを貼り付ける。
「ですが大人げなかったですね。今後はああならないように気を付けます」
刈谷が部屋から出て行くと、沈黙が訪れる。
刈谷が門馬のことを良く思っていないことは理解できた。しかし、俺にはどうにも門馬のことを疑う気にはなれなかった。出会ったばかりでまだよくわかっていないが、あのよくわからない明るさに裏があるとは思えなかった。
――――――俺は無になり、しばらく横になっていると、影斗が部屋に入ってくる。
「採取した傀朧、刈谷さんに渡しておいたよ。あと野上家のことも言っておいた」
「わりい! すっかり忘れてたぜ……ありがとな」
影斗は部屋の隅に座ると、ぐったりと項垂れる。
「……疲れたね」
「だな」
思うところはたくさんあるが、もう少し情報を整理する必要がある。
傀異との決戦まで二日。すべてはそこではっきりする。
俺たちは疲れを取るためにも、今日は早めに寝ることした。