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野上家


 俺たちは県警の二人に、目的地である第一の現場近くまで送ってもらった。

 明日の十時に再び会う約束をして別れると、車はゆっくりと走り去る。それを見送ると、大きな疲労感に襲われる。


「ちょっと疲れたぜ……」

「うん……そうだね」


 影斗は俺以上に混乱しているようだ。緊張からか、目が泳ぎ、落ち着きがないように見える。それほどあの灰狼(はいろう)っていうおっさんのプレッシャーが半端なかった、というのもあるが――――――。

 俺たちは、〈野上拓也、紗香〉が住んでいた家に向かう前に、一息つくことにした。近くにあった自動販売機で互いに飲み物を買うと、適当なところに胡坐をかいて座り込んだ。

 俺はコーラの詮を開け、勢いよくグイっと飲み込む。


「想術師の仕業ってのは、確かに状況証拠があるけどさ、傀異は確かに実在してる。これって矛盾するよな」

「うん……おれ……」


 影斗は何か言いよどむと、自動販売機で夏限定のアイスココアを買った。缶を開け、少しだけすすると、遠くをぼんやりと見つめる。


「何か気になることでもあるか?」

「……ううん。何でもない」


 俺は影斗の顔色がさっきから悪いことが気になって、じーっと顔を見つめていると、影斗は慌てて目を反らす。


「な、なんだよ……」

「いや、なんか体調悪そうだなって思って」

「……」


 影斗はごくごくとココアを飲むと、ぷはーと息を吐き、無理やり笑みを作る。


「よし、行こう。この坂の上に家があるんだよね」

「ああ」


 俺も飲み終わったコーラの缶をゴミ箱に捨て、木々が茂る坂道を登っていく。

 道は落ち葉や木の枝が散乱し、蔦のような植物が生い茂り、荒れ放題だった。


「……ね、ねえ風牙。さっきの警察の話」

「ん?」

「あのさ、もし、だよ。もし犯人が想術師だったとしたら、どうする?」

「どうするって、俺がか?」


 影斗は俺よりも先に、植物をかき分けながらぐいぐい進んでいく。俺にはその背中が、心なしか悲し気に見えた。


「そうだな。あんまし考えたくねーかもな」

「なんで?」

「もし人が犯人だとしたら、その動機を考えちまうからかな。身代金とかないだろ。だからきっと……碌なことじゃねえだろうなって」

「……」


 影斗は突然足を止め、振り返る。


「だったらさ、犯人が想術師だとして。もし誘拐された子どもが、幸せに暮らしてたら……嘘でも吐かれて、洗脳されて、そこで幸せにくらしていたら、どうする? もう戻れなくなっていたら、どうする?」


 俺を見る影斗の瞳は曇っていた。言葉は震え、今にも泣きだしそうなほど弱弱しく俺に質問する。

 影斗の質問の意図はさっぱりわからなかったが、俺は思ったことをすぐ告げる。


「んなもん助けるに決まってんだろ。幸せに暮らしてるっつっても、それはまやかしだ。犯人の悪意に満ちた最低の行動だ。だから犯人が誰であろうと、俺は誘拐された奴らを助けて、元の生活に戻してやる。あと、犯人をボコる。これ絶対な」


 影斗は俺の言葉に目を開き、少しだけ口元を緩める。


「変なこと聞いたな。ごめん」

「全然。なら逆にお前はどうなんだよ」

「……」


 影斗は俺の問いかけに答えることなく、再び坂道を登り始める。なんとなく、これ以上聞くのは憚られたので、無言のまま影斗の後を追った。

 しばらくすると、坂の上に開けた空間が見えてくる。広い庭のようだった。伸びた芝生に覆われており、サッカーのハーフコートくらいの大きさがある。

 そしてその奥に、荒れた洋館がそびえ立っていた。壁の塗装はあちこちハゲており、鉄格子は錆び、窓ガラスはところどころ割れている。


「幽霊屋敷みてえだな」

「うん……ちょっと怖いや」


 近づいてみると、扉が少し開いており、中に入れそうだと思った。


「せっかく来たし、こっそり探検しようぜ」

「えっ!? 大丈夫かなぁ」


 俺は堂々と、半開きだった玄関から洋館の中に侵入する。

 玄関は、靴箱があるだけで物もなく、閑散としている。埃や蜘蛛の巣が至る所に見受けられ、ここに人が住まなくなってから随分経っていることを印象づけているようだ。

 俺は会議の資料の中から〈野上家〉についての情報を、復習がてら読み上げていく。


 ――――――五年前に起きた失踪事件。この連続失踪事件の最初に起きた事件で、拓也、紗香兄妹が、登下校中に突如消える。当時、大々的に報じられるも、一切の足取りをつかめないまま世間の関心は移り、やがて五年が経った。


「どうして、これだけ探しても見つからないのに、当時の警察は想術師協会に何も言わなかったんだろうな」


 ――――――当時、野上家は四人暮らしだった。父親と母親は子どもが突如消えたことに驚きと戸惑いが膨らみ、失踪から一年後に離婚。そしてすぐに母親の〈野上由佳(よしか)〉が首を吊って自殺。


「ちょ、ちょっと待って! 自殺ってことは、ここで首を吊ったの……?」

「えっと、二階みたいだぜ。行ってみようか」

「お、おれ……パスしようかな……怖い」

「え。じゃあここで一人で待ってるか?」

「お、おれも行く!!」


 影斗は俺の背中にぴたりとくっついて移動し始める。


「んじゃ、幽霊とか怨念の類について、ちょいと調べといてくれよ」


 俺は影斗のリュックから、門馬から受け取った傀具(かいぐ)セットの中の一つ、傀朧検知器(かいろうけんちき)を取り出すと、影斗の右手に握らせる。


「お前も想術師になりてえなら、お化けが怖いとか言ってられねえぜ?」

「ば、ばかにするな! おれ頑張る……怖くないもん!」


 またもやあざとい影斗くんの握る傀朧検知器は、レーダーで拾った周囲の傀朧を細かく検知し、都度モニタリングして表示してくれる傀具(かいぐ)だ。傀朧採取のお助け役として活躍してくれる。八尺様の傀異に関する概念に対象を絞り、周囲の傀朧を調べてもらうことにした。

 俺たちは自殺現場の寝室に足を踏み入れる。ベッドや家具がボロボロなことと、壁にやんちゃな落書きが大量にしてあること以外は普通の部屋だった。


「うわ……もしかして心霊スポットになってたのかな?」

「そうみてえだな。こういう奴らが傀異の被害に遭うんだよ」


 その部屋は周囲より傀朧がべったりと至る所に付着していた。俺は傀朧を採取すると、検知器に近づける。結果は真っ黒だった。検知器がぴこぴこうるさく鳴るほどに、八尺様の傀異の痕跡があった。


「なるほどな。影斗助手のお手柄だ」

「どういうこと?」

「もしかしたら、噂の発生源なのかもしれねえ」


 俺はもっていたスマホで、心霊スポットサイトを検索する。この場所の条件を入れると、掲示板や、いくつかの目撃情報が出てきた。


「この町には大女伝説があるって、刈谷さんが言ってたろ。それが回りに回って八尺様ってことになってるのかも。ほら見ろ。ここで白い服の女を見たって情報が多い」

「う、うわ……ここにいるのかな?」

「少なくとも、ここが傀異の発生源に限りなく近い場所かもな。帰ったら報告しなきゃ」


 俺たちはその後、適当に家の中を調べながら一階に戻って来る。そこで、検知器が再び音を放つ。


「えっ。まだあるの」

「この部屋だな」


 一階のリビングの隣に、倉庫のような書斎があった。物はぎっしりと並んでいるが、とても整えられており、ここだけ少し掃除がされているようだ。棚の上の写真立てには家族写真がいくつも並べてあり、棚の中には家族のアルバムや子どもが読む本、少し古いゲーム機やおもちゃまで入っている。


「ね、ねえ風牙。これさ」


 影斗は部屋の隅に、衣装ケースが置いてあるのを見つける。子どもの服だろうか。家主の自殺から四年も経つとは思えないほど綺麗に畳まれている。


「……どういうことだ。なんでこの部屋だけ」

「誰かここに最近まで住んでたんじゃない? お菓子の袋とかまであるよ」


 影斗の言う通り、ここには生きた人間の痕跡があった。俺は検知器を確認する。ここにも傀朧の気配があり、先ほどの部屋と同じように、すべての物にびっしりと傀朧が塗りたくられている。


「八尺様の家、とかじゃないよね……はは」

「多分違うと思うけどな。これはお前の言う通り、肝試しの連中が寝泊まりするために整えてるんだ。だからおんなじ傀朧が検出されんだろ」


 俺は書斎の奥にある長椅子を引っ張り出すと、どかんと座り込む。


「休憩がてらここの傀朧を調べるぞ」

「ええ……もう帰ろうよ」

「想術師になりてえなら、ここで一泊くらいしねえとな」

「う、うう……」


 影斗はすっぱいものを食べたような顔で、恐る恐る書斎を調べ始める。少し休もう、という意味だったが、影斗をむしろ奮い立たせてしまったようだ。影斗は傀朧検知器と採取する道具を持ち、部屋中をくまなく調べていく。


「想術師になりたいって言ってたけどさ」

「……うん」

「何でなりてえんだ」

「おれは……役に立ちたいんだ。厳夜様の役に立ちたい」


 俺はそれを聞いて、影斗の生活っぷりを思い起こす。出会ってまだ少しの仲だが、真面目で働き者で、これ以上何をするんだっていうくらい役に立っていると思う。じいさんもそう言っていた。


「役に立つってんなら、じいさんも言ってたけど、お前は十分すぎるんじゃねえかな。家事も何でもできてすげえよ。俺なんかサボりたくてしょうがねえもん」


 影斗は俺の言葉に、ふと手を止めて囁く。


「……すごくないよ。おれはぜんぜんダメなんだ」


 影斗は再び手を動かし始める。


「想術の訓練もしてんだろ? 拳を強化して殴んのは、最初のころ俺もよくやったぜ」

「……」

「全然焦ることはねえと思うけどな」

「おれは……ダメなんだ。ぜんぜんダメなんだ」


 影斗は俺の顔を睨みながら、低く吐き捨てる。その言葉は影斗にとって、とても重いものだということが伝わってくる。


「おれは……厳夜様の役に立たなきゃいけないんだ。恩返しをしなきゃ。それが、おれが生かされてる(・・・・・・)理由だから」

「……」


 生かされている、という言葉に、俺はハッとする。

 ――――――もしかすると影斗と俺は、同じなのかもしれない。

 俺も生かされた。炎の中、目の前で大切な人たちが死んでいくのを見ながら、力のない自分を呪った。影斗も俺と同じように、過去に何かあったのだろうか。


「なあ。もしよかったら教えてくれねえか。お前の過去に、何があったのか」

「……」


 影斗は俺の言葉に答えることなく、テキパキと傀朧を採取していく。その時影斗は、ふと棚の上に置いてあった写真を掴むと、みるみるうちに表情が曇っていく。


「お、おれ……おれ……!」


 影斗は何かを思い出したのか、持っていた検知器を床に落とすと、膝を付く。


「影斗!? 大丈夫か!」


 影斗は写真を持ちながら、がくがくと震えている。過呼吸になっており、苦しそうに何度も浅い息を繰り返していた。俺は影斗の肩を掴み、何とか落ち着かせようとする。


「大丈夫か? 無理せずに、一旦帰ろうか」

「……ご、ごめん。ごめん、なさい」

「謝るな。俺が聞いたのが悪かった」


 俺は影斗を椅子に座らせ、呼吸を落ち着かせる。

 影斗は目に浮かんだ涙を拭うと、拳を握って立ち上がる。よろよろと写真を元の位置に戻すと、落とした検知器を拾い上げる。

 俺は、影斗の見ていた写真を注視する。家族四人で撮られた、仲睦まじい様子の写真だった。優し気な両親に囲まれた、男の子と女の子。その温かい表情が、俺の心を締め付ける。


「ごめん。さっきの質問」

「答えなくていいぜ。俺が悪かった」

「ううん。聞いてほしい」


 影斗は胸を押さえ、呼吸を整えると、俺の顔を見て話し始める。


「おれさ、昔、誘拐されたことがあったんだ」

「……何だと」

「誘拐されたのは、傀異にじゃなくて、人間(・・)にだったけど」


 俺は思わず顔を顰める。

 影斗がじいさんに対し、必死で行かせて欲しいと頼んだのは、もしかすると今回の事件を自分の被害に重ねたからなのかもしれない。


「誘拐犯はね、おれを楽しませたんだ。美味しいものを食べて、たくさんの友だちができて……楽しかった。幸せだった。頭がおかしくなっちゃって、幸せにしがみつかなきゃって思って、お父さんが助けに来てくれた時に……その手を払っちゃったんだ。それでお父さんは捕まって……殺された(・・・・)


 影斗は苦笑して、深呼吸する。俺は息を飲んでいた。言葉など出てくるはずなく、影斗の語る重い出来事に、耳を傾けることしかできなかった。


 ――――――だったらさ、犯人が想術師だとして。もし誘拐された子どもが、幸せに暮らしてたら……嘘でも吐かれて、洗脳されて、そこで幸せにくらしていたら、どうする? もう戻れなくなっていたら、どうする?


 あの言葉は、影斗自身のことだったのだ。それでも助けに来てくれた父親と、その手を払ってしまった自分。それが許せなくて、どうしようもなく自分を責めている。


「だから、最初に誘拐事件って聞いて、心臓がバクバクしたんだ。自分と同じ思いをしてる子がいるんじゃないかって。そう思ったらいてもたってもいられなくって……すごい自分勝手だよな。おれ、何にもできないのに。ほんと、ごめん」

「……そんなことねえよ」

「えっ」


 俺は思わず反論していた。影斗が何もできないわけなどない。役に立たないわけなどない。影斗は必死で過去と向き合っている。自分と同じ目に遭っている子どもと助けたいと思っている。だから、あんなに必死で行きたいと志願したのだ。


「お前は偉いよ。必死で頑張って、前を向こうとしてる。俺はそれを全力で応援する」

「……風牙」


 俺は影斗の肩にそっと触れる。


「だからさ、お前はあんまり自分を責めんなよ。お前は努力ができる。想術も練習してんだ。絶対に強くなれるって」


 影斗は指で涙を拭うと、にっこりと笑う。


「……ありがと」

「実を言うとな、俺も同じなんだ」

「え……」

「俺もちっさい時、目の前で両親と多くの人を失った。俺の目の前で殺されたんだ。だから、その復讐のために強くなりたくて想術師になった」


 影斗は青ざめ、俺の顔を直視する。


「でもさ、想術師になって気づいたこともあんだ。復讐と同じくらい、俺は誰かの力になりたいって思ってる。誰かを守るための力が欲しいって思ってる。欲張りだよな。誰に何を言われても、復讐は捨てねえし、どんな手段を使っても、仇は殺す。だけど……それと同じくらい、もう二度と目の前で誰かが死ぬのは嫌だと思ってる。誰かが傷ついたり、悲しんだり、苦しむのは見たくねえ」


 俺はもう一度、家族写真を一瞥する。俺も無意識に、野上家の家族、という存在の中に自分を投影していたのかもしれない。幸せな家族の中にいる自分――――――そんなことを考えて誓いを立てる。


「だからこそ、もう二度と誰かを目の前で傷つけさせやしねえ」



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