another side おまけ
本編は完結しましたが、こちらはおまけとなっております\(^o^)/
実は、今回出てきた七楽と灰狼は、世界観を共有した別作品からのゲストキャラだったのですが、その二人の視点でのおまけ話となっております。
都合上、設定の説明も省いておりますので、何が何だかわからない方は読み飛ばしていただければと思いますが、二人の視点から明かされなかったもう一つの結末を描いておりますので、気になる方はぜひ (多分本編がちょいと消化不良だと思いますので( ;∀;))
風牙と影斗が八下田町にやってくる直前のこと。
〈法政局〉の長から直々に呼び出された七楽は、法政局長である副島美咲の前で、風牙が厳夜から見せられた資料と同じものを熟読していた。
「……これは〈傀異対策局〉の案件では?」
「いいや違う。それに見せかけた厄介なヤマだ」
副島は肘杖をつき、局長の座る荘厳な机に向かって大きなため息を吐く。
七楽は最後のページに付いていた別添資料までたどり着くと、思わず笑みをこぼす。
「真朱ォ……何が可笑しいんだよ……」
「だって、また第五部でしょう。局長のお友だちの〈十二天将〉が絡んでる」
「なっ……口に出して言うな! イライラする! 友だちィ!? 訂正しろ。いいか、局長って立場じゃなきゃ、あのクソゴリラに殴り込みに行ってたところだぞ!」
「口が悪いぞ」
「いいだろう二人っきりの時くらい」
副島は机の上に足を乗せ、腕を組んで押し黙る。
「で、話を戻すと、この刈谷啓介準一級想術師が、事件に大きく関わっている。クソゴリラの差し金だということですか」
「そう。私が〈公安調査課〉の課長だった時から密かに追ってた男だ。奴は裏社会に顔が効き、以前より各地で想術を使った神隠しを先導していた疑惑があった。それで今回、網に引っ掛かってな」
「でも、中国地方を管轄する〈傀異対策局第五部〉所属だから手を出しにくかったと」
「クソゴリラ……第五部長、楠野猛が裏で糸を引いていることは間違いない。つまり、叩けば報復されかねん。最悪捜査員の命に係わる。以前奴は仲間が検挙されたことへの報復として、捜査員を事故に見せかけて殺したことがある」
副島は静かに言い放ち、机を叩いて立ちあがると、窓の外を見つめる。窓の外には想術師協会の中枢、陰陽堂がそびえ立っている。
「想術師協会の危ないバランス……虎の尾を踏む危険があるから、これまで逮捕に踏み切れなかったというわけだな」
「楠野猛は裏社会の王だ。想術師の立場を悪用して巧妙に犯罪を隠し、日本全国のヤクザ共を水面下で傘下に収めている。その勢力は、今や〈十二天将〉の中でもトップクラスだという見方もある」
「……仰りたいことは重々承知しました局長」
七楽は資料を副島に返すと、ジャケットの懐から黒いスマホを取り出す。スマホ画面に映し出された刈谷啓介の経歴等詳細データを、ある捜査員の端末に転送する。
「頼むよ真朱。親友のお前にしか頼めない。それにこれは会長からの勅命なんだ」
「と、言うと?」
「可愛いお孫さんが、言うことを聞いてくれなかったと嘆いていた」
七楽は微笑し、部屋を後にする。
「頼んだぞ。刈谷啓介を何としても仕留めてくれ。奴の傀紋色位は橙だ。計測するまでもない。執行しろ」
「了解」
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
夜明け前。
風牙の引き起こした巨大な旋風。その轟音と地鳴りは、八下田町全域に響き渡っていた。幸い深い霧に覆われていたおかげで、山が削れる災害のような光景を目撃した人物は誰もいない――――――想術犯罪対策課の二人を覗いては。
七楽と灰狼は、野上家を遠くから眺めることのできる山道に車を停め、ずっと様子を伺っていた。
「助けに行かなくてもよかったんですか? あの子たちに何かあったら……」
「あいつらならきっとやる。それを見越して、あのジジイは行かせたのさ。そんな思いがあるのに邪魔したら、あのジジイに何を言われるかわからねえ」
「今更ですけど、ジジイって……会長のことですか?」
「昔は一緒に仕事してたからなァ。鬼神だよ、鬼神」
「灰狼さんとそんなに変わらない歳かと思ってましたけど」
「おいおい、あのジジイはおれより十も年上だぜ? 勘弁してくれ」
七楽はフッと笑い、車のトランクから双眼鏡を取り出して野上家の方を見る。
「今ちょっとバカにしたろ?」
「気のせいでしょう」
灰狼と七楽は、先ほど刈谷に捜査協力を拒否されてから、ずっと刈谷の動向を追いかけていた。それもすべて、刈谷が今夜中に自分からしっぽを出すだろうと予想してのことだった。
「奴が最も嫌がるシナリオは、八尺様の傀異を祓われることだ。そうなれば、事件を起こすことができなくなる」
「ええ。だから、必ず功刀風牙に祓われる前に野上家にやってきて、証拠隠滅として関係者を消そうとする……彼らには悪いが、タイミングが良かったですね。子どもたちも解放できたことだし、これで奴を仕留められる」
「タイミングねェ」
灰狼は車にもたれかかりながら煙草に火をつける。吐き出された煙は、周囲の白い霧に溶けて消え、煙草の先の火だけが赤々と見える。
「仕留める前に、奴の入手した傀具の出どころだが」
「ダメです。この霧……傀朧を増幅させる壺は、別動隊が回収しましたが、なぜか効力を完全に失っていて足がつかないようになっていました。そうなっては、製作者も特定できないでしょう」
「子どもたちから傀朧を吸い上げてた機械は?」
「ダメ。課長たちが突入した時には、すでに破壊されていたとのことです。裏で何者かが動いている。刈谷の犯罪を助けた共犯者がいるはずです」
「まァこうなったら真相は闇の中だな」
灰狼は煙草の吸殻を雑に地面に落とす。
「今回、刈谷を追い詰められたのは、皮肉にもあの傀異のおかげだ。あの傀異が西浄影斗を守ろうとしている。その強い思いは、刈谷にとって計算外だっただろ。それがなけりゃ入念な術式の準備とかいって、傀異をギリギリまで弱らせて祓ったように見せかける計画だったんだろうからな」
「どちらにせよ、功刀風牙と西浄影斗がこの町に来た時点で、刈谷の命運は尽きていた……」
「その通り。それで言うなら全部あのガキ共のおかげでもある。わかったろ、浄霊院厳夜という男は、常に先を見越している。もちろん、日陰者のおれたちが動くことも織り込み済みでな。全く恐ろしいぜ……さて、おれたちは大人らしく、最後の始末をつけようか」
七楽はまた微笑し、灰狼に携帯灰皿を渡す。
「さっきから何が可笑しいんだ七楽ゥ……」
「別に。今回の捜査方針も、ノリノリで子どもたちと交流していたのも、優しい貴方らしいと思っただけですよ」
「チッ。優しくなんかねえっての」
灰狼は悪態を吐きながら、ジャケットのポケットに手を伸ばす。
「なら、悪人らしく、刈谷啓介を仕留めて終わりにする。奴を裁くことができるのは、俺たち弔葬師だけだ」
「そうですね」
「反吐が出るほどの邪悪さを感じたのは久しぶりだしな。やる気が湧いてきたぜ」
二人は黒いスマホを手に持つと、獲物を狩りに向かう肉食動物のように、霧の中を進んでいく。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
――――――すべてが終わった後は、静かな暗闇がひたすら広がっていた。
痛みに悶える荒い呼吸と、命からがら逃げようと足を引きずる音だけが、夜の森に響いている。
圧倒的な力で全身を砕かれ、意識が吹っ飛ぶほどの蹴りを受け、とどめに山を砕くほどの衝撃を受けてなお、刈谷啓介は生きていた。右手にはめていた黒いグローブ型の傀具が、風牙の傀朧を吸収し、威力を弱めていなければ死んでいただろう。それだけ恐ろしい力だった。だがそんなことよりも、風牙が最後の一撃をわざと外したことだけは許せない。刈谷のプライドはズタズタだった。
刈谷は自身が死の直前にいたことを思い出し、激しい恐怖と憤りで打ち震えていた。
こんなはずではなかった。計画は完璧だった。バレるはずなどないし、仮にバレたとしても、自分には大きな味方がいるはずだった。
それなのに、小さな子供二人に敗北を喫した。弱者であり、奪われるだけの子供に負けた。その事実が、死の淵にいた刈谷を見苦しく奮い立たせる。
「くそォ……功刀風牙ァ……絶対に……殺してやる……」
恨み事を吐き、目を血走らせながら必死に山を下りて行く。奪った風牙の傀朧で何とか体を強化し、折れた骨を無理やり動かしていた。動かすたびに激しい痛みが襲い、それが刈谷の怨嗟を増大させていく。
「あぁ……ああああああっ!!!」
転がり落ちるように、何とか麓に停めていた逃亡用の車までたどり着く。刈谷は荒い呼吸のまま車にもたれかかり、誰かに電話をかける。繋がった瞬間、刈谷は空に向かって怒りを吐き出した。
「親父ィ!! 何でバレちまったんですか! 計画は完璧だったはずだァ!」
電話の主は、そんな刈谷の声を聞いてくつくつと笑う。
『おいおい何を怒っとんねん。啓介ェ、お前はほんまようやったで』
「な、何が……」
『お前は自分をもっと労ったらんと。お前のビジネススタイルは、ワシも一目置いとったんや。上納金もたっぷり収めてくれたし、ほんまにようやったで』
「なら、迎えをよこしてくださいよ!」
『その件やけどな、もうお前は無理や』
「は?」
刈谷は不意に、携帯を握りしめる力を強めた。
『お前はしくじったんや。いやぁな、お前はほんまに頑張ってくれたで? でもな、もう無理なんや。〈法政局〉のオオカミ共が、もうお前のことを嗅ぎ付けとんねん』
「ちょ、ちょっと待ってくださいよ。私は親父の……親父のために働いたんです! アンタのために!!」
『働いた? 知らんなぁ。お前とワシを繋げるモンなんてあったか? そういえばお前誰やったっけ? 知らん奴やなぁ』
「な……ふざ……」
『ほな、さいなら』
ぶつりと電話が切られ、虚しく通話終了の音が耳元で反復する。刈谷はガタガタと震えると、怒りに任せて携帯を地面に叩きつけた。
「あのクソハゲ!! クソがァ!!!」
痛い。痛い。身も心もズタズタにされた刈谷の意識は、ただ生き残ることだけを考えていた。
まだだ。まだ生きてさえいれば復讐できる。
功刀風牙にも、無情にも自分を切り捨てた楠野猛にも。
「あは……ははははははは」
刈谷は車を捨て、屍人のように山道を歩き始める。助かるための方法はただ一つ。
「傀朧……傀朧さえあればァ……」
薄ら笑いを浮かべ、ふらふら野上家に引き返す刈谷は、折れた黒いグローブをはめた右腕を山に向かって伸ばす。
――――――そうだ。影斗の傀朧さえあればいい。あの特質な、見たこともない、美しい傀朧さえあれば、自分は生きることができる。
しかし、元来た道へ戻っていく刈谷の前に、闇を背負ったオオカミが二匹、現れる。
「どこへ行こうってんだ刈谷。お前に行くところなんてねえだろ」
「……どこ? 決まっているだろ、傀朧だよ傀朧」
刈谷は狂ったように笑い、虚ろな目で灰狼を見つめる。
「傀朧ねェ……傀朧が手前を助けてくれんのか?」
「傀朧があれば……傀朧さえあればやり直せる……あのガキの傀朧さえあればァ!!」
譫言を吐き散らす刈谷に、軽蔑の眼差しを送った灰狼は黒いスマホを刈谷に向ける。
「傀朧は手前を助けてくれねえよ。手前に救いなんてねえ。あんのは子どもたちと、すべての被害者に対して懺悔し、罪を償うことだけだ……!」
黒いスマホの画面に映し出された刈谷の表情は、もはや正気とはかけ離れた醜いものだった。傀異よりもよっぽど悍ましく、自分勝手に生にしがみつこうと、だらりと折れた右腕を伸ばしている。
七楽も灰狼に続き、黒いスマホを刈谷に向ける。刈谷を映し出すスマホから、二人にしか聞こえない神秘的な声が放たれる。
『神断、十二決議―――傀朧深度、-682。傀紋色位橙と断定。対象を速やかに排除してください』
「おう。了解だぜ、賦殱御魂」
黒いスマホから、禍々しい漆黒の傀朧が噴出する。瞬く間に灰狼の全身を覆いつくした傀朧が、炎のように揺らめいて灰狼の姿を変化させていく――――――黒い袴姿に変貌した灰狼の右手には、スマホではなく漆黒の拵が握られていた。
「ぁぁ……なんて美しいんだ……傀朧だ。この傀朧だァァァ!」
刈谷は灰狼に向かってじりじりと近づいていく。虚ろな目は光を取り戻し、恍惚の表情を浮かべている。そんな刈谷に対し、灰狼は居合の構えを取る。
「あひゃひゃひゃひゃ……傀朧……傀朧ォォォ……!!」
「手前は救えねえ。地獄の炎に焼かれて消えな」
灰狼は流れるように抜刀する。しかし、刀に刀身はなく、灰狼の握る柄だけがゆっくりと動き――――――そして一瞬で刈谷の背後に移動し、柄を鞘に戻した。
見惚れるほど洗練された動きだった。刀を戻した時、刈谷の体は音もなく、頭から真二に両断されていた。
刈谷の体から、青黒い傀朧が噴出し、灰狼の刀に吸収されていく。それと同時に刈谷の体を青い炎が覆いつくし、瞬く間にミイラのように干乾びさせる。そしてすぐ、体は青い砂となって風に流れて消えていった。
「傀朧深度、マイナス682とは驚きましたよ。奴はどこから、傀朧を求めて狂っていたんですかね」
「さあな、興味はねえ」
灰狼の見た目が元に戻ると同時に、黒い傀朧がスマホに吸収されていく。
「さて、おれたちにできる後始末をやりに行くか。ガキ共を労いに」
「ええ」
灰狼は明るくなってきている東の空を見て、少しだけほほ笑んだ。
自分たちの出る幕は終わった。後は、子どもたちの明るい未来を願うだけだ。二人は到着した〈法政局〉の応援と共に、野上家に向かって進んでいく。