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エピローグ


 一連の事件は、刈谷啓介準一級想術師の犯行として幕を閉じた。

 あの後聞いた話だが、俺がぶっとばした刈谷は、想術犯罪対策課の灰狼と七楽が検挙してくれたらしい。想術師の犯罪は、物的証拠などが乏しい場合が多く、〈法政局〉が適切な処分を下すとのことだった。攫われた子どもたちは、脳にダメージを負っている以外、命に別状はないらしい。傀朧医(かいろうい)という専門の医者による治療が行われ、もうじき目を覚まし、元の生活に戻れるとのことだった。

 隠匿の概念の傀朧をまき散らしていた怪しい傀具は回収され、町は正常に戻っている。だが、事件のことを知っている想術師以外の人間に対しては、記憶処理が行われるとのことだった。少し複雑な気持ちになったが、被害者のことを考えると仕方のないことだと無理やり納得する。子どもたちはもうすぐ、家族の元へ帰れるのだ。俺にはそれが、一番嬉しいことだった。


「うっ……うっ……もうお別れだなんて、拙者寂しいよぉ……」


 事件から五日経ち、俺たちは帰路に就くために鳥取駅に来ていた。事件で負ったダメージはすっかり癒えた。あの後俺たちも傀朧医(かいろうい)の診察を受け、一日はベッドで安静にしていたが、いつの間にかすっかり回復していた。俺は傀朧欠乏(かいろうけつぼう)の症状だったらしく、なぜ一日で元通りになるのかわからない、と医者に首を傾げられた――――――というのは置いておいて、事件の報告を受けて俺たちのことが心配でたまらなくなった厳夜のじいさんが、早く帰ってこいとしつこいので、とりあえず帰ることになった。

 門馬は朝から終始、悲しそうな様子で、駅についた途端泣き出した。先日の戦いで見た、かっこよかった姿はどこへ行ったのやら。


「門馬さんは体は大丈夫なんですか?」

「あ、はいっス。なんか、すごい回復しちゃって、元気はつらつっスよ! 八尺様のエッツィなご加護だったりして?」

「まだ言ってんのかそれ……」


 影斗に心配されたのが嬉しかったのか、門馬はぐるぐると腕を回して見せる。俺が睨んでいるのに気づいた門馬は、頭を掻いて照れた。相変わらず、マイペースなのは良いことなのか何なのか。


「ま、みんな無事で本当によかったぜ」


 小さく呟いた俺の言葉を聞いた二人は、目を丸くして俺を見る。


「一番無事じゃなかったのは風牙だったけどね」

「うう……功刀さん……自分のことを棚に上げてなんとお優しい……」

「喧嘩売ってんのか」


 門馬は泣きながら、すりすりと俺の肩にすり寄って来る。


「や、やめろって!」

「あーんせっかく仲良くなったのにお別れやだよぉ……!!」


 俺は門馬を無理やり引きはがすと、さっさと改札に向かっていく。


「ああ待って!」


 門馬に強く呼び止められ、俺たちは振り返る。


「お二人とも。本当にありがとうございました」


 門馬は深く頭を下げる。


「拙者、頑張りますね。いつかかっこいい功刀さんみたいな想術師になれるように」


 にっこりと笑う門馬を見て、俺もニカッと笑う。


「あんたは十分、かっこよかったぜ」


 俺は手を上げて、門馬に背を向ける。影斗も門馬に頭を下げると、俺たちはホームへ向かっていく。


「あ、やっぱり待ってー!! 影斗さん、最後におショタのほっぺ、むにむにさせてー!!」

「嫌です」


 最後の最後に、良い雰囲気をぶち壊した門馬を無視し、俺たちは特急列車に乗り込んだ。


「でもちょっと、おれも寂しいな」

「じゃあほっぺた触られて来いよ」

「うう……やだよそんなの」


 座席に座り、行きの時と同じく、近くで買った弁当を広げて一息吐く。

 窓側の席の影斗は、弁当を食べずにどこか浮かない顔で車窓を眺めていた。


「どうした? 体調悪いのか?」

「いや……そうじゃないんだけど……」


 影斗は弁当を開けて、割り箸を割る。


「おれ、今回の事件で傀異の印象が変わったというか……ずっと、人を傷つける化け物だと思ってたんだ。でも、野上さんは違った。あの人の強い思いが、自殺した後に形になって、傀異になっちゃったんだよね? それって、少し寂しいというか、ちょっと怖いっていうか」

「怖い?」

「その……想術師は、そういう傀異も祓わないといけないんだよね? それが何だか寂しいなって。風牙はどう思う?」

「そうだな。祓うっていうのは、色んな形があるんじゃねえか?」

「色んな形?」

「そう。想術師が物理的に倒す以外の方法もあるってことだ。今回の野上さんだって、思いを遂げて成仏したんだからさ」


 影斗は俺の言葉に納得し、にっこりと笑った。


「それによ、傀異よりも人間の方が怖いことだってある。俺も浄霊院紅夜(・・・・・)のことが許せねえように……」


 俺は刈谷の邪悪な笑みと、憎き仇である浄霊院紅夜の姿を重ねてしまう。俺が殺気立っていたのか、影斗は体をびくつかせた。


「わ、悪ぃ……」

「ううん……おれも、同じだから……」


 今回の事件、かつて自身が誘拐された経験のある影斗が、とても心を痛めているのは想像に難くない。でも、影斗は立ち向かったのだ。刈谷に首を絞められ、傀朧を奪われても諦めずに立ち向かった。その勇気を、俺は心から尊敬する。


「ありがとな。最初は足手まといとか言って悪かったよ」

「え」

「お前が傀朧をくれなきゃ、俺はやられてたしな」


 影斗はうーん、と頭を抱える。


「じ、実はあんまり覚えてないんだ。あの時のこと」

「そうなのか? お前が八尺様の傀朧を俺に渡してくれたこと覚えてねえのか?」

「そ、そうなんだよな……何となくは覚えてるんだけど、あの時野上さんを助けたいって思って、それで頭がいっぱいで……うーん」


 腕を組んで考える影斗の横で、俺は弁当を一口食べた。『鳥取名物かにめし』弁当だ。かにのほぐし身がいっぱい入っていて、思わずうまくて笑ってしまう。


「あ、帰ったらかにのほぐしみスプーン買わなきゃ」

「はい?」


 影斗は、駅に向かう前に道の駅や土産屋で買った、大量の土産(にもつ)を一瞥する。


「厳夜様が前に、かに食べたいって言ってたなぁって思って。この弁当も持って帰ろうかな。でも砂丘のおみやげもたくさん買ったしこれでいいかな」

「弁当は自分で食えよ……てかそんなこと覚えてんの? 真面目だよなお前。んなもん、自分で買ってこいって言ってやればいいのに」

「……」


 影斗はムッと頬を膨らませ、俺を睨みつける。俺はようやく調子が出てきたな、と影斗を心の中で労うと、思わずぷっと吹き出してしまう。


「何が可笑しいんだよ」

「さあな。ならよ、適当になんか買って帰ろうぜ。じいさんのクレジット払いでさ。京都にも魚は売ってんだろ」

「現地で買えばよかっただろ」

「奢ってもらおうぜ。じいさん金持ちだし」


 俺は後ろの席に誰もいないことを確認して、リクライニングを思いっきり下げる。


「帰ったら、風牙はトイレ掃除だろ。あと、買い出し頼まれてなかったっけ」

「うわ、忘れてた。だりい! サボろうぜ!」

「ダメ! 風牙は不真面目すぎるんだ。サボろうなんて思うのがそもそもダメ」

「いやぁボロボロになったし? 帰ってしばらく療養が必要だろ」

「ダメ」


 影斗はリュックからスケジュール帳を取り出すと、ぶつぶつと呟き始める。


「えっと、掃除ができてない箇所が六ケ所。あとは風呂掃除の当番と、花壇当番と、書類整理があったっけ、それから……」

「まだあんの?」


 俺は頭の後ろで手を組んで、大きなあくびをした。影斗を見ていると、なんだかほっこりしている自分がいて、内心驚いていた。それが表情に出たのか、影斗は不思議そうに俺を見つめる。


「なんか顔が変だよ?」

「失礼だな。お前のほっぺたの方が変だ」


 俺はそのまま目をつむり、昼寝の体勢に入る。


 ――――――友だちって、こんな感じなのかな。いや、友だちというよりは()か。

 俺はこれまでずっと、独りきりで想術の修行に明け暮れていた。友だちや兄弟なんていなかったし、必要ないと思っていた。でも今回、一緒に事件を追う中で影斗と過ごしたことがとても貴重な経験だったように感じる。それに俺は、一人では刈谷を倒せなかったのだ――――――でもそれが、俺の心に重くのしかかる。


 俺は、まだまだ弱い。これじゃだめだ。奴を殺せない。

 奴だけは―――奴だけはこの手で――――――。


「ねえ風牙」


 不意に影斗が俺を呼ぶ。意識を現実に戻した俺は、目を開けて影斗を見る。


「そ、その……今更だけど、連れてきてくれてありがと……」


 影斗はそっぽむいたまま、俺に礼を言った。

 感謝、か。俺は今回、たくさんの人に感謝し、感謝されたような気がする。

 俺は独りではない――――――うまく言えないが、これまでの自分が感じたことのない確かな力が、そこにはあるような気がする。


「こちらこそありがとな」


 だからかはわからないが、俺は心の底から、影斗に礼を言うことができた。

 感謝し、感謝されることの重みを感じ、俺は再び目を瞑った。


 完


ここまでお付き合いいただき、本当にありがとうございました!

お楽しみいただけたなら幸いです。

風牙のことがさらに知りたくなった、という方がおられましたら、『復讐は夜明けと共に』本編もご覧いただけますと理解が深まる……かもしれません。

ここまでお読みいただいた方々に、深く感謝を申し上げます。

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