作戦失敗
「くそっ……」
先ほど受けたダメージが全身に響き、火傷を負ったようにじりじりと痛む。
油断した、というよりは予想外だった。八尺様の傀異に、まさか傀朧を打ち出すような攻撃があるとは思っていなかった。
傀異は概念に忠実だ。逆に言うと、概念を逸脱したような動きはできない。
それなのに、あのような攻撃をするなんて――――――。
「大丈夫か?」
「……なんとか」
灰狼の呼びかけで、俺は我に返る。
「そうだ……何であんたたち、タイミングよく来てくれたんだ?」
「偶然だ。電話で話した件に進展があってなァ」
「影斗が追われてる。本当に犯人は想術師なのか?」
俺の言葉に、灰狼は窓から腕を出して遠くを見つめる。
「どうやらそのようだなァ。化け物はいる。でも、状況証拠は人様の犯行と言ってる。ならこの矛盾をどう解消するか……」
灰狼はタバコに火をつけ、窓の外に向けて勢いよく吐き出す。白い霧と煙が同化してすぐに見えなくなる。
「傀異を祓えりゃ、誘拐も止まるんじゃねえか?」
「なあ風牙。想術師の視点から見て、被害者のガキ共はどうなったと思う?」
唐突な質問に、俺は言葉を詰まらせる。
傀異は、概念に逸脱した行動を取ることはない。必ず核となった概念に従った行動パターンを見せる。なら、〈八尺様の怪談〉にある魅入られた者はどうなってしまうのだろうか。取り殺されるという話もあり、生きたままどこかに連れていかれるという話もある。つまり、はっきりしていないのだ。
ならば、あの八尺様の傀異は、影斗をどこへ連れて行こうとしているのだろうか。
取り殺すのか。それともどこかへ連れて行くのか。
――――――どちらもしっくりこなかった。
「……悪ぃ。わかんねえ」
「わかんねえよな。それがわかりゃ苦労はしねえ。だって科学的に証明できねえ化け物だからな」
傀異は人間ではない。想像から生み出された存在なのだ。
人間の想像―――想いに従って行動する――――――。
「……想い」
俺の頭に、何かが引っ掛かる。先ほど戦った白い女の傀異は、何か妙なことを言っていたような気がした。
――――――マモル。まもる。守る?
「功刀君。あれを」
運転席の七楽が俺を呼ぶ。身を乗り出して前を見ると、林道の傍で、軽バンが煙を上げて停車していた。
「あれは!」
影斗を乗せた車で間違いない。俺は急いで車から降り、状況を確認する。
軽バンの傍で、木の幹に背中を付け、頭から血を流した門馬がぐったりとしていた。どうやら軽バンは勢いよく木に激突してしまったらしい。
「大丈夫か!?」
「ああ……風牙君ですか。申し訳ない」
車の傍にいた刈谷が、俺に気づいて寄って来る。
「逃げる途中、八尺様に襲われましてね。門馬が避けようとハンドルを切ったら、こうなってしまって」
俺は門馬の様子を確認する。
「あはは……拙者のせいっス……ほんと、どう責任取ったらいいか……」
「今から影斗を取り戻せばいいだけだ。あんたのせいじゃねえよ」
俺は刈谷に傀朧検知器があるかを確認する。刈谷は軽バンのトランクから検知器を引っ張り出し、俺に手渡してくれた。
「八尺様の傀異は、傀朧の分析も終わってるし、これで追えるだろ。あんたは門馬を病院に連れて行ってやってくれ」
「ですが君一人では……」
「俺なら大丈夫だ」
傀朧検知器を起動させ、表示されたレーダーで八尺様の傀異を探す。その合間に、刈谷が小さく耳打ちしてきた。
「彼らは?」
「ああ。警察だって言ってたぜ」
「警察? 警察がなぜここに」
刈谷は低く呟くと、警戒心を露わにして灰狼たちに詰め寄っていく。
「どういうことです? 捜査権は移譲していただいたはずですが?」
刈谷はメガネをクイッと上げ、灰狼を睨みつける。
「ええ。そうなんですがね、ちょいと別件の殺人事件に、想術師が関わっていまして」
「殺人事件?」
「この辺りの傀朧を管理している〈傀朧管理局〉所属の三級想術師、奥谷真子さん七十四歳が、自宅で白骨化遺体で発見されましてね。その件で、お二人にお話を伺おうと来たんですよ」
「……奥谷さんが」
刈谷は一瞬、驚いたように見えた。それでもすぐに、灰狼に向かって淡々と告げる。
「申し訳ありませんが、その件も本部に確認を取ります。我々の管轄となる可能性が高い案件です。確認を取り次第、捜査権を移譲していただく形となるでしょう。ですから、お引き取りを」
「……管轄ねェ」
灰狼はまじまじと刈谷を見つめる。刈谷の圧に対し、しばらく沈黙したのち、灰狼は笑って肩を竦めた。
「それなら仕方がないですなァ」
「ではお引き取りを」
刈谷は灰狼に背を向け、俺の近くに戻って来る。その時、傀朧検知の結果が出る。
「……これって」
俺は言葉を失った。
八尺様の傀異が向かった先を示していたのは――――――先日影斗と行った〈野上家〉だった。
「刈谷さん。俺、行くよ。あんたたちは一旦病院に……」
俺がそう言うと、門馬がよろよろと立ち上がる。
「いや、功刀さん。拙者も行きます」
「無理すんなって」
「私も反対だ。どこか打ったかもしれない。病院に行った方がいい」
俺と刈谷は説得を試みるが、門馬は苦笑して車に戻ろうとする。
「大丈夫っス。それに、これ以上迷惑をかけたくないから」
門馬は車のトランクから大きな木の棒を取り出した。先端に白いお札が大量にぶら下がっている。よく神社などで見かけるお祓いの道具のようだった。
「今夜ならギリギリ間に合う。拙者に任せて欲しいっス。必ず影斗さんを取り戻しましょう」
門馬は力強く宣言し、俺の目を見る。




