第7話 百合の間に挟まる男子は極刑
「部活やってなかったらなぁ」
「純粋に興味がありません……」
「あなたからのお誘いは嬉しいんだけどごめんなさいね」
クラス学年問わずの勧誘活動に乗り出してから数日。
新学期ならともかく今はもう五月であり、大体は所属が決まっていてもおかしくない。
そんな気はしていたが、立て続けに断られるのはさすがに堪える。今日も空振りに終わった俺は肩を落とし自分の教室に戻ってきた。
「どうした葵、元気ないじゃないか。また同好会がどうのってやつか?」
そこへマンガ雑誌片手にやってきたのは清四郎で、そのお気楽な様子に溜め息が出てしまう。
「まあね……」
「なあその会長。いや、部長って円城さんなんだよな?」
「そうだけどそれがなに?」
「だったらここで一つ提案がある。掛け持ちでいいならこの俺、橘清四郎が協力しようじゃないか!」
清四郎はどんと胸を叩いた。
なるほど。人数合わせとしてなら悪くないかもしれない。
もっとも、こいつとしては舞との繋がりを持ちたいだけなんだろうが今はとにかく猫の手でも借りたい。
そう思い舞の姿を探すとちょうど教室に入ってきた。
「というわけなんだけどお願いしてみようか?」
「いくらなんでもそれは無理」
「え?」
予想外の反応に驚いていると舞は深い溜め息を吐く。
「初心者の葵ちゃんには叩き込んでおかなくちゃいけないみたいだね。百合の間に挟まる男子は極刑。はい、復唱して」
一体なにの初心者なんだろう。
どうやら思い切り地雷を踏んだらしく、いつもにこにこしている舞からは笑顔が見られない。
これ以上食い下がってもいいことはなさそうだ。
「百合の間に挟まる男子は極刑……」
「はい、よくできましたー」
「二人ともなにの話してるの?」
正面から石動さんがやってきた途端、すっかり表情の戻った舞は「ごゆっくり!」と俺の肩を叩き去っていく。
首をかしげていた石動さんだったが、気を取り直したようで微笑みながら俺の手をぎゅっと握ってきた。
「美空さん、この間はありがとう。とっても楽しかった」
「こちらこそありがと。ところでその呼び方なんだけどね、妹と同じになっちゃうから名前の方で呼んでもらえると嬉しいなぁ」
「葵さん? 葵ちゃん? ううん、どうしよう……」
石動さんの視線は宙を彷徨い始めまったく合わなくなってしまった。
直感的な舞とは対照的に悩む性格らしい。
「あ、ごめん。すぐに決めなくても大丈夫だから!」
急かすつもりはなかったのだが、じっと見ていたのがいけなかったのかもしれない。
俺はまたねと手を振り席に戻ることにした。
「あお!」
叫ぶような声に振り返ると石動さんの顔は真っ赤になっていた。
「……それもしかして葵のあお?」
「他の人と同じなのは嫌だから」
彼女は頷いたあと俺の目を覗き込んできた。
こんな経験初めてだが女の子からの特別な呼び名っていいものだな。
「じゃあわたしはみゆって呼ぶね」
「あらためてよろしくね、あお」
苗字のさん付けから下の名前の呼び捨てにクラスチェンジ。
慣れないせいでどこかむず痒さを感じるものの、距離がまた縮まった気がする。
嬉しさのあまり机に突っ伏し悶えているとホームルームが始まった。
「今日からこのクラスの一員となる転入生を紹介します。はいそこ、静かに!」
眼鏡の似合うアラサー独女――担任の里崎先生が、テンション高く騒ぎ出した男子に注意する。
まあ、転入生といえばそれなりに期待してしまう気持ちはわからなくない。
それはともかく、前に聞いた噂は本当だったようで隣の舞が「ね?」と得意げにしている。
「じゃあ入ってきてちょうだい」
先生の声のあとに姿を見せたのは一人の女子生徒だ。
銀色の髪に青い瞳。存在を主張している胸。いかにも異国の人間といった外見の美少女に周囲は動揺を隠せないでいる。
「アタシの名前はミーア言います。みんなさん、どうぞヨロシクお願いしまーすね!」
独特なイントネーションで挨拶を済ませ、最後に投げキッスをした彼女に男子達は大いに沸き立った。
「はい静かにね。えー、ミーアさんはご両親のお仕事の都合でこの学校に――」
担任が場を収めるのと同時に、転入生は引き続きクラスに向けてピースとともにウインク。
その振る舞いからして明るい性格なのだろうと予想できる。
「席は美空さんの後ろが空いてましたね。ではミーアさん、着席してもらえますか?」
「ハーイ、先生!」
そうして二、三歩歩き出したところで場の雰囲気が一変し静まり返った。
彼女のスタイルのよさも相まって、まるでモデルのようなスムーズな歩き方に目を奪われてしまう。
それをぼんやり眺めていると俺の席の間近まで近づいてくる。
その瞬間ばっちり視線が合い、そらすことができないでいると突然立ち止まった。
「アナタは……名前なんていいますか?」
「美空葵ですけど」
「ご丁寧にありがとうゴザイマス。ちょっといいですか?」
外国の作法はよくわからないが、手を小さく広げるジェスチャーから察するに握手か軽いハグのようなものを求められているのかもしれない。
周囲の視線が刺さる中、俺は立ち上がり手を差し伸べた。
「ミーアさんよろしく」
「葵サン、アタシと仲良くしてくださいっ!」
彼女はにっこりと微笑みながら俺に抱きつき頬に口づけをした。
や、柔らかい……。
触れているところに伝わる感触に混乱していると、歓声とともにスマホのシャッターを切る音が続々聞こえてきて我に返った。
「あの……ミーアさん。そういうのはいけないと思います」
声の主は石動さんだ。
遠くの席から来ていた彼女は俺からミーアを引き剥がそうとしている。
「どうして? これはただの挨拶なのでセーフです!」
「少なくとも挨拶の範疇を越えています」
「ハンチュウわかりません。アタシによくわかるように言ってくださーい」
「いいから今すぐ離れてください」
むうっととても友好的には思えない雰囲気で見つめあう二人。
どうしたものかと思っていると、慌てた様子の先生が割って入りようやくこの場は収まった。
「本当大変だったね葵ちゃん……」
舞は言いながらスマホをうっとり眺めている。手元を覗き込むと画面にはさっきの場面の動画が流れていた。
「ちょっと、言葉と行動が釣り合ってないんだけど?」
「えっへへ。あ、これは個人的に役立てるだけだから安心していいよー」
「そういう言い方はやめなさい」
俺は満面の笑みでサムズアップする舞の腕に突っ込みを入れる。
「冗談はさておき。勧誘活動は今日で終わりにするからねー?」
「え、それどういう意味?」
「そのままの意味だよ。じゃあまた放課後に!」
そうしてやっと一人になれた俺は机に突っ伏すことができる。
そのはずだったのだが、あの抱きつきキスのせいで皆からはからかわれるようになってしまった。
「ところで美空さんって、男子と女子だと恋愛対象はどっちになるの?」
これはその騒ぎの中で質問されたものだ。
俺の中身は男のままなのだから当然男相手なんて吐き気がする。
そうなるとこれまでどおり女の子になるわけで、石動さんとのそういう展開もなくはないんじゃないだろうか。
なんて妄想を繰り広げていると時は経ち約束の放課後になっていた。
「やっほーおねえ!」
調理実習室の扉を開けると天音が元気よく出迎え、きゃっきゃとはしゃいでいる。
「学校内ではクールじゃなかったの?」
「だってここには嘘のあたしを知ってる人いないもん!」
「それもそっか。ところで舞はもう来てる?」
「少し遅れるって言ってた!」
ちょうどいい。舞が来る前に天音と調理器具などの確認をしておくことにする。
ざっと一通り見てみたが家のものと比べ安っぽく扱いづらい。
せめて包丁やフライパンくらいは用意した方がスムーズにいきそうだ。
「さすがは葵ちゃん。抜かりがないよねー」
顔をあげると舞がやってきていて天音とハイタッチをした。どこに接点があるのかは知らないが、いつの間にか仲良くなってるんだよなこの二人。
「それで、なにか進展があったってことでいいの?」
「よくぞ聞いてくれました。では五人目のメンバーを紹介しましょう……さあどうぞ!」
テンション高く舞が声をあげると扉が勢いよく開き、駆け足でやってきたのは……。
「ミーアさん!?」
「さんはいらないですよ葵サン? アタシも加入したですので、よろしくお願いしまーす!」
「あはは……そうなんだ」
ここに石動さんがいなくてよかった。
そう安心しつつ舞に視線を送ると珍しくウインクをした。
「明日から活動開始するから皆よろしくねー」
「はーい!」「ハーイ!」
俺はシンクロする天音とミーアの声を耳にしながら、これから慌しい日々が始まっていくのを確信していた。