表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【完結】生贄にされた王女は竜の城でお茶をたしなむ  作者: なんかあったかくてふわふわしたやつ
第二章 敵は、匂い

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

9/41

9

    + + +


 太陽の光差し込む古城の中庭。

 そこに、小柄な馬ほどの大きさをした銀色のドラゴンが横たわっている。

 白い、鳥のようなつばさをぐったりとたたみ、輝く銀色のうろこを自身の血でらしたドラゴンが。


 ドラゴンは、城に攻め入ろうとした王子と戦った。

 火も吐けぬ、人も食わぬ温厚おんこうなドラゴンは、戦いなど知らなかった。


 けれど、必死に戦った。

 眠ったままの主を守ろうとした――その結果が、この深い傷だった。


「いい、アシェル。あなたはこれから千年の眠りにつくわ。大丈夫、痛くもないし、こわくもないから」


 目を覚ましたドラゴンの主――やみのような髪をらした黒いローブの魔女は、そう言って息もえ絶えなドラゴンのはられた。

 ドラゴンは、返事をするかのように二、三度とまたたきをする。

 そして、きゅるおおお、と悲しげな鳴き声を上げた。


「……アシェル、わたしはもう一緒にはいられないの。わたしは、この国の人々を守るために行かねばならない。あなたと共に生きることはできないのよ…………

 ……でも、約束するわ。あなたを絶対に幸せにするって」


 傷ついた鱗を撫でながら、魔女はその青いひとみでドラゴンのうす紫色の瞳を見つめた。


「あなたが再び目覚めたら、幸せになれるように、わたしはこれから魔法をかける。発動までに、とてもとても長い、気の遠くなるような時間がかかるけれど……大丈夫よ、心配しなくていい。わたしには全て見えているから。そう、あなたが幸せになる未来が……。さびしいのは少しだけよ。少しだけだから……その後に、未来で、素晴らしい出会いがあなたを待っているわ」


 魔女は、ドラゴンから手を離した。

 数歩後退あとずさって、ドラゴンに両手をかざす。


「……だから眠りなさい、アシェル。深く深く。魔法のかごの中で、夢を見なさい。幸せな夢を――」



     + + +



「……………………………………夢、か」


 カーテンのすきから侵入した、まだ朝と呼ぶには早すぎる空のほのかな明るみに、アシェルはかすかに目を開けた。


 ……なつかしい人の夢を見ていた。


 何度も何度も、千年の眠りの間にこま切れに見た夢だった。

 けれど……こんなにはっきり見たのは、初めてだった。

 はだはなさず身につけているかがみのペンダント……それに、無意識に触れる。


 もう、二度と会えない人。

 自分を育ててくれた、母親のような、そうでないような……けれど、特別な女性。


 彼女は、アシェルに魔法をかけた。この古城と共に千年の眠りにつく魔法を。

 そして、彼女は言った。これは「目覚めたら幸せになる魔法」だと。


 アシェルは、目覚めた。長い長い時間を越えて……

 ……けれど、どうだろう。

 彼女が言ったような『幸せ』とは、ほど遠い場所にいる気がする。


 彼女は、こうも言った。

「素晴らしい出会いが待っている」と。

 けれど、そんなものは――


「――彼女のわけ、ないしな」

 アシェルは、昨日この城へとやって来た少女を思い出した。


 あんなひどいにおいをさせた人間との出会いが素晴すばらしいものであるはずがない。アシェルはそう結論けつろんづける。

 たとえ千年の恋であったとしても冷めてしまうような、ものすごいしゅうだったのだ。好きになれるわけがない。生理的に無理というものだろう。


 ……ふと、アシェルは思った。


 夢がやたらとはっきりしていたのは、彼女のせいかもしれない。

 セイリーンによく似た女の子――あの強烈なにおいを除いて、だが。


 彼女は、昨日からこの城に住み始めた。

 はた迷惑めいわくな話だな、とアシェルはうとましく思う。あんなにおいをがされたのでは、おちおち安眠もできやしないではないか。

 ……関わらなければいいか、と思う。

 この寝室のベッドの上で、いつも通り眠り続けていればいい。

 これまで千年の間、ずっとそうしてきたように。これからも、そうすればいい。


 ……ただ、一つだけ気になった。


 あの時――りゅう化して見せた時――彼女は自分から目をらさなかった。

 あれは、一体どうしてだったのだろう。

 きょうで、まぶたの動きすら硬直こうちょくしてしまったのだろうか。

 それとも、怖くなかったのだろうか。

 いや、あの様子からそんなわけがないのは分かる。

 だが、しかし、それではなぜ――


「――……どうでもいいか」


 つぶやいたアシェルの目に、自身の手がうつった。

 人間の手。鉤爪かぎづめのない、まろやかな指。

 左のほおに触れると、ざらついた鱗を指先がなぞった。


「………………セイリーンは、どうして僕をこんな身体にしたんだろう」


 一緒には生きられないと、彼女は言った。

 どうせ人間の姿にするのならば、あの時してくれればよかったのに。

 そうすれば、一緒に生きていくこともできたのではないか……


 ……そう考えるも、そんなのは『たられば』話でしかない。


 あの時はたしかに、アシェルはただのドラゴンでしかなかったのだから。

 千年の眠りがなければ、きっとこんな身体にはならなかったのだから。


「………………………………寝よう」


 眠っている間は、何も考えなくていい。余計なことを考えるのはよそう。

 ……考えたくもない。


 アシェルは再び、眠りの中へと落ちていった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ