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【完結】生贄にされた王女は竜の城でお茶をたしなむ  作者: なんかあったかくてふわふわしたやつ
第二章 敵は、匂い

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8

 湯から上がり身支度みじたくをしたエリスが食堂へ戻ると、果たしてそこにアシェルはいなかった。


「ご主人様は寝室に戻られましたよ。もう寝る、と」


 温め直した料理の給仕きゅうじをしながら、メイルが苦笑するように言った。


「そう……なの……」


 交戦覚悟(かくご)でいたためエリスは少し肩すかしの気分だったが、湯浴ゆあみには時間がかかる。別にエリスを待っていたでもない彼が、すでにこの場にいないのも当然とうぜんのことだった。

 だが、それにしても。


「……彼、寝過ぎじゃない?」


 会った時も寝ていて、食事の後すぐに寝て。

 メイルの話では、エリスが古城の中を探検たんけんしている最中も寝ていたという話だった。いい加減かげん、眠りすぎだろう。そのうちベッドに根っこが張ってしまうのではないだろうか。


「仕方ないのです。ご主人様はずっと眠ってらっしゃいました。目覚めたのはつい最近……まだ、眠気がとれていないのです」

「眠ってたって、千年前から?」

「はい。千年前、魔女まじょセイリーン様は、ご主人様がまだ完全なドラゴンだった時、この城ごと眠りの魔法をかけたのです」


 メイルの言葉で、エリスはこの国の成り立ちを思い出した。


 千年前、エルマギアという国はまだ存在していなかった。

 この地をおさめていた王はいたものの、当時は別の名を持つ国だったのだ。古から存在する隣国りんごくイストリアの若き王子が、この地を領地りょうちとするためにやって来て、戦争となった。

 ……それが、千年前のこと。

 魔女セイリーンは、この地の王に力をしていた。

 結果的に、セイリーンはこの地がれることを懸念けねんし、戦いを放棄ほうきした。その彼女が、戦いで失った魔力を回復するため深い眠りについたのが、この古城だと言われている。


 その時、この城の入り口を守っていたのが伝説のドラゴン……つまりアシェルだ。


 若き王子は、眠れる魔女に興味きょうみいだいたらしい。

 ドラゴンを退治し、城へと押し入った彼は、魔女を眠りから目覚めさせた。

 その後、どういう経緯けいいなのか判然としていないが、魔女は王子のきさきとなり、この地を治めることとなる。

 そして、魔女につかえていたドラゴンは、あるじである魔女自身の手によってこの古城に封印されたのだ。

以後、この地は、奇跡の魔法が息づく地(エルマギア)と名付けられた。

 それがエリスの知っている、この国の成立時の話だ。


「……………………ちょっと待って」


 エリスは、先のメイルの言葉に引っかかりを覚え、首をかしげた。


「完全なドラゴンだったって……アシェルは、元から人の姿をとれたんじゃないの?」

「いえ、ご主人様は、元は本当に正真正銘しょうしんしょうめい、ただのドラゴンでした。ご主人様の身体は、千年の眠りの間に変わってしまったのです」

「それも、セイリーンの魔法のせい?」

「さようでございます」

「そんなの、どうして……」


 アシェルが、ドラゴンが、凶暴きょうぼうだったからだろうか。

 千年後、セイリーンのいない時代に、目覚めた彼が暴れないようにするため?


 それは、いささか都合のよすぎる解釈だろうとエリスは思った。

 千年後のことなど、魔女が気にするだろうか。


 では、なぜアシェルは人間の形になったのだろう。


 ……エリスの中に、ちょっとした興味がいた。


「どうして、セイリーンはアシェルを人間にしようとしたのかしら」

「さあ……わたくしは、セイリーン様がいたころには、まだただのよろいでしたので、理由を知ることは叶わなかったのですが。

 ただし、一つだけ知っていることがあります」

「それは、何?」

「魔法が、まだ未完成だということ。そして、先刻せんこく、ご主人様はあなたに半竜はんりゅうの姿をお見せになりましたが……完全に竜化りゅうかすると、もう人間の姿にはもどれない、ということです」


「ドラゴンに、戻っちゃうってこと?」

「そういうことです」


 メイルがうなずいた。


 意思いし疎通そつうが可能なら、彼がドラゴンの姿でいてくれた方が、女王になる条件を満たしたいエリスにとっては都合つごうがいい。

 だが、果たしてそれでいいのだろうかともんが浮かぶ。

 セイリーンの意図いとが読めない。


 彼女はなぜ、アシェルを人間にしようとしたのか……


 ……過去の人のことだ。

 考えても、分からないことだ。


 あきらめたエリスは、目の前の鎧に別の話題を振ることにした。


「ねえ、メイル。あなたは、いつから……その、あなたなの?」

「わたくしは、この城に魔法がかかった直後に生まれた人格です……なので、そうですね、おおまかに言ってしまえば千年前から、わたくしは、わたくしです」

「アシェルが目を覚ましたのって、最近よね? 千年もの間、あなたは一人でここにいたの?」

「ええ、そういうことに」

「……さびしくはなかった?」


 表情のないかがみのようなかぶとを見て、エリスは顔をくもらせた。

 こんな広い古城に、たった一人。

 エリスだったら、頭がおかしくなってしまいそうだと思った。


「寂しい……そうですね、そう感じたこともあります。けれど、わたくしは、いつかどなたかがこの城へやって来て、にぎやかになる日が来ることを信じておりました。そのために、お客様を待って城の中を清潔せいけつたもっておくことは、やりがいのある仕事でしたし……現にこうして、あなた様がやって来てくださった」


 そこでメイルは言葉を一度切って、人間ならば深呼吸するように一拍おいて、言った。


「……エリスさん。あなたは、この城におとずれてくれた最初のお客様です。きっと、ご主人様にかけられた魔法も、魔女の血を引くあなたなら完成させてくださるでしょう」


「魔法を、完成させる? わたしが?」

「はい。それができるのは、きっとあなた様です。いや、あなた様だけかもしれない。

 そして、魔法が完成すれば、きっと、わたくしも――」


 そこまで言って、メイルは「あ!」と声を上げた。


「申し訳ありません! せっかく温め直したのに、また食事が冷めてしまいますね。ささ、し上がってください!」

「え? ええ、ありがとう、いただくわ」

 促されて、エリスはテーブルの上に並んだ料理に手をつけることにした。

 と、料理を口に含むと、皿の上にはように緑色が多いことに気づく。

「野菜ばかりで申し訳ありません……城内に畑があるので野菜はいつでもれるのですが、肉や魚は手に入らずで…………明日! 城門のかぎも開きましたし、明日は森で採ってきますので! このうでるって、もの仕留しとめてみせましょう!」

「そんな、いいのよ気にしないで! それに、とってもおいしいわ」

 お世辞せじでも何でもない。メイルの作った料理は、サラダもポトフも焼き物も、フェリシーダ城の料理人たち顔負けの味だった。

 野菜だけでここまでのレパートリーを演出できるのだから、本当に素晴らしい。


「メイル……ありがとう、いろいろ気を遣ってくれて」


 この城でらすとアシェルに言い切ったものの、エリスは不安だった。

 きれいな箱に入れられて甘やかされてきた、小娘の自分がやっていけるのか……

 ……けれど、この万能な鎧がいてくれるだけで、ここでの生活も送っていける気がした。頑張がんばれる気がした。


「いえいえ。わたくしでよければ、何なりと。大変でしょうが、ご主人様の説得せっとく、頑張ってくださいね。わたくしは応援おうえんしておりますよ!」


 食事を終えたエリスは、あてがわれた魔女の部屋へと戻った。

 いつの間に用意されたのか、薄桃うすもも色のネグリジェがベッドにいてある。エリスはそれに着替きがえて、窓を開けた。

 バルコニーへと出ると、エリスの髪のように真っ黒な空と、それより暗いドルミーレの森が眼前に広がっている。

 そのずっとずっと遠くに、かすかに光のりょうせんが見える気がした。あちらが、おそらくエルマギアの王都アモルだろう。


 ……エリスは、小さくため息をついた。


 何だか、城を出てから随分時間がった気がする。

 まだ、たったの一日しか経っていないはずなのに。


 城は、みんなは大丈夫だろうか。

 ハーデュスに好き勝手されていやしないだろうか。


「…………………………早く、戻らなきゃ」


 そのためには、アシェルを説得しなければならない。


 決意を固めたエリスは、部屋の中に戻る。

 それからしょくだいの火を吹き消し、ふかふかのベッドに横になった。暗闇くらやみの天井を見つめていた目を、閉じる。


 慣れないベッドにまくらだったが……エリスの意識は、すぐ闇に微睡まどろんでいった。

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