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「お、お母様……! それ、本当なの……!?」
「お母様は嘘を言いません」
イルダはきっぱりと断言した。
ミラージャがよくそうしたように、片目をつむってみせる。
「……よく言っていたでしょう、あなたは幸せの魔女だって。決まっていたのよ、セイリーン様が千年後に生まれ変わることは。あなたには、生きている間に教えてあげられなかったけれど……その証拠に、奇跡の魔法も使えたでしょう?」
言われても、エリスは変な顔しかできなかった。
自分がこの国、最初の女王の――アシェルの大切な人の生まれ変わりだなんて。
……あんなに嫉妬していたのが、バカみたいではないか。
「だから大丈夫よ。あなたも、セイリーン様のように立派な女王になるわ」
すう、とイルダの身体が透明に近くなる。
「お母様っ……!」
エリスは思わず手を伸ばした。
けれど、掴めない。
逝ってしまう。
「頑張るのよ、エリス。いい女王になりなさい。見守っているわ」
「っ、…………ええ。わたし、お母様が誇りに思うような立派な女王に、きっと、絶対になってみせるわ……!」
安心したように、イルダがふわりと微笑んだ。
「……じゃあね。私の可愛いエリス。幸せになるのよ」
その言葉を最後に――イルダの姿は、宙にかき消えた。
……優しい風が広場を吹き抜け、エリスの髪を撫でるように揺らしていく。
エリスの元に残ったのは、母の魂が通っていった、鏡のペンダント。
そして、微かな母の香りのみ……だが、それもすぐになくなってしまう。
立ち尽くし、ペンダントを手にしたまま、虚空を見つめるエリス……
その背を、気遣わしげに抱きしめる者がいた。
アシェルだ。
「大丈夫かい……?」
エリスは尋ねる彼を見て、涙を拭った。にっこり笑う。
「ええ、大丈夫よ。あなたが一緒だもの。それに……みんなも」
振り返った先に、たくさんの人たちが見守ってくれていた。
そう、自分は一人じゃないのだ。
手を繋いでくれる者、背を押してくれる者がいるから。
だから、前に歩いて行ける。
それが、どんなに長い道のりだとしても。
「……さあ、もたもたしてられないわ。この後は、王都をまわるパレードでしょ? 夜は舞踏会……やることが、たくさんあるんだから」
「そうだね。あ、ねえ、エリス。舞踏会では、僕と踊ってくれるんだよね? ケヴィンに習って練習したから、前よりマシだと思うんだけど」
「ええ、よろこんで」
「よかった。では、お手をどうぞ女王陛下。パレードの馬車までエスコートするよ」
アシェルが慇懃に手を差し出す。
まったく、エスコートなんて言葉、いつ覚えたのだろうか。
何だかおかしくて、エリスは笑いながら手を重ねた。
並んで、一緒に歩き出す。
メイルやケヴィン、リラを始めとした人々が、優しい微笑みで二人を迎えた。
今日という一日が終わったら、次はアシェルとの結婚式である。
当分休んでいる暇はなさそうね――エリスは振り向き、陽の光に輝く王都を見渡して思った。
「……ねえ、エリス」
アシェルが名を呼ぶ。
エリスは、隣に立つ彼を見上げた。
「どうしたの?」
尋ねると、アシェルはエリスの両手を取った。
薄紫色の瞳でエリスを真っ直ぐ見つめて……彼は、真剣な顔で言う。
「君が僕を幸せにしてくれたように。今度は僕が、君を幸せにするからね。絶対だ」
エリスは驚き、目をぱちくりさせた。
……けれど、やがて言葉の意味が心に沁み渡ってきた。
喜びに、微笑みが勝手にこみ上げてくる。
「もう十分してもらっているけれど………………………………そうね、それじゃ、」
そう言って、エリスは背伸びをして――アシェルに、そっとキスをした。
ささやかな、それでいて一瞬の。
……それは、アシェルが人間になってから、初めてするキスだった。
一瞬、驚いたような顔をしたアシェル。
だが……すぐに嬉しそうにエリスを抱きしめた。
だから、エリスも腕に力を込めて抱きしめ返す。
そうして人々が二人を祝福する中、エリスはアシェルの耳元でささやいた。
「一緒になりましょう。幸せに」
愛しい人とともに、幸せになること。
それはエリスにとって、立派な女王になることと同じくらい大切な目標となった。
――さて、これよりのち。
エリスとアシェルは、それはそれは盛大な結婚式を挙げることになる。
たくさんの人々に見守られ、たくさんの人々に祝福されて。
そして、エルマギア王国は、魔女とドラゴンが守りし国として末永く平和に続いていくのだ。
確かに魔法が存在した地――愛の奇跡が起きる国として、人々の間で、長く永く、語り継がれながら……
これは、魔女の末裔の王女とドラゴンの、ありふれた物語。
どこにでもある、どこかで語られたような、ありふれた愛と奇跡の物語。
ラストまでお付き合いいただき、ありがとうございました!
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