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「どけどけ、どけどけえええいっ!!!!」
兵たちの背後から、聞き覚えのある雄叫びが聞こえた。
居並ぶ兵をなぎ倒して、鮮やかな金髪の青年が広場の中央に飛び込んでくる。
彼は、エリスとアシェルを庇うように剣を構えてハーデュスに対峙した。
「ケヴィン様……!」
エリスはその人を見て、目を丸くする。
ハーデュスが小さく舌打ちした。
「……これはこれは、ケヴィン殿下。異国の王子様は、本日お招きしておりませんが――」
「これはどういうことだ、大臣! 王女であるエリスを殺めようとするなど、臣下の風上にもおけんぞ! 即刻、武器を収めよ!」
「お断りいたします。むしろ、このような場を見られたからには、あなたにも消えていただく、ケヴィン殿下」
「……私をも殺すか。イストリアが黙ってはおらんぞ!」
「それは好都合。もとより戦など起こすつもりでいたのだから」
ハーデュスが嗤った。
虫酸の走る笑みだった。
その表情のまま、彼は右手を頭上に挙げる。
ハーデュス同様、剣の蔦を毟りとった兵士たちが体勢を立て直していた。
ケヴィンが、剣の柄を握り直す。
「そうはさせん」
「いくら殿下が勇壮で名高い戦士でも、お一人では何もできますまい。そこの王女がそうであったように」
「……そうだな、一人では何もできぬだろう。だが、私もエリスも、一人ではない……――
――みなのものぉ、出ぇぇあえええええええええええッ!!!!!!!!!!!」
ケヴィンが叫んだ瞬間だった。
突如、兵士たちの背後が、わっと賑やかになる。
叫び声に混じって、うめき声が生じている。
がつん! ごつん! という打撃音、「ぎゃあ」「うわあっ」「ぐふっ」という痛々しい悲鳴。
「な、なに……?」
箒や手持ち鍋が派手に踊るのを、エリスは兵士の向こうに見た。
兵士たちの陣形が次々と崩れていく。
一体、何が起きているのか。
「姫様! 今お救いしますからね! 大丈夫ですから、絶対絶対、大丈夫ですから!」
エリス付きのメイドのリラが、兵士たちの間で果敢に箒を振り回しているのが見えた。
メイドたちの他にも、エリスを森へと送ってくれた者を始めとした従者たち、庭師や料理人たちが、呆気にとられている兵士たちに襲いかかっていた。めった打ちにしている。
その数は、兵士たちの百を優に超えていた。
エリスのことを愛する者たちが、ケヴィンとリラの声がけによって駆けつけてくれたのだ。
もみくちゃになる兵士たちに向かって、ハーデュスが憤怒の形相で叫ぶ。
「くそ、お前たち何をやっているのだ! しっかりしろ、馬鹿者! いいか、こうやって――うおっ!?」
だが、兵士たちの壁が崩れたが最後、ハーデュスもメイドたちの手にかかり地にひれ伏せられた。
彼の手を離れた王冠が、弧を描いて宙を舞う。
エリスは慌てて手を伸ばした。
そして、王冠を受け止める。しっかりと抱きしめた。
それから間もなく、ハーデュスは、従者たちによって縄で縛り上げられた。
本丸の大臣が陥落したことで、兵士たちもすぐに大人しくなった。
戦いが、終わったのだ。
「みなの者、勝利だ!」
ケヴィンが高らかに宣言する。
メイドや従者たちも、一様に歓喜の声を上げている。
「……何だか僕ってば、役に立てなかったなぁ。ケヴィンにいいところを全部持って行かれたような」
喜びに湧く人々の様子を蚊帳の外で見ながら、広場中央でアシェルはつまらなそうに呟いた。
エリスは、慌てて否定する。
「そんなことないわよ」
「そう?」
「だって、わたしを命がけで守ってくれたじゃない」
「………………それもそうか」
納得したのか、アシェルが微笑んだ。
エリスもつられて笑う。
……どうしよう。
彼が愛おしくて、堪らない。
「ところでエリス、さっき、何て言おうとしたの?」
さっき? と考えて、エリスは思い出した。
彼が死の淵から蘇った時、言おうとしたことがあったことを。
すうっと息を吸い込んだ。
「…………アシェル、あのね、わたし……」
「うん」
「ずっと一緒にいるわ。あなたと一緒に、生きる」
エリスは、息をはき出した。
空を見上げる。
雲はいつの間にか晴れ、透明な青空がエルマギアの上空を満たしていた。
エリスの心を映しているかのようだった。
その隣で、アシェルが驚いたように目を瞠っている。
「え、エリス……それってまさか、僕と、夫婦に――」
「姫様あああああああああああっ!!!!!!!」
人々の中からエリスに飛びついてくる者があった。
リラだ。
エリスに縋りつき、えぐえぐ、とむせび泣く。
「心配したんですよ姫様! リラは夜も眠れず、毎日毎日、姫様が帰ってくるのを指折り数えて――って、あれ、こちらの方は? とっても素敵な殿方ですけど」
リラが、アシェルを見てきょとんとした。
問われて、エリスはアシェルと見合う。
くすりと笑ってリラに向き直り――そして、はっきりと答えた。
「わたしの、旦那様になる人よ」




