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【完結】生贄にされた王女は竜の城でお茶をたしなむ  作者: なんかあったかくてふわふわしたやつ
第五章 奇跡の魔法が起きるとき

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「アシェル……! アシェル、こたえて、アシェル! ねえっ、アシェル!!」


 翼の下からい出たエリスは、アシェルのかたわらで彼の名を叫んだ。


 アシェルのドラゴンとした身体――そのいたる所に、不吉な黒い鉄の矢が、いく本も幾本も、くさびのように深く突き刺さっている。

 美しかった銀色のうろこに身体は、ざんにも傷口から流れる血で赤黒く汚れていた。


 彼の胸が、静かに、苦しげに上下している。

 彼がまだ生きているのだとエリスが判断できたのは、その動きがあったおかげだ。


 まるで、生きていることが奇跡のような惨状だった。


 エリスは、アシェルの傷ついた姿に、血がにじむほどくちびるむ。


 ――だめ、このままじゃ、アシェルが……


 ……このまま、彼を失ってしまうの?



 いいえ――そんなこと、させない。



 絶対に。



「……………………ッ!」


 意を決して、エリスはアシェルの影から飛び出した。


 いつかの空の下、お母様は言った。

「大切なものは、守りとおしなさい」と。


 ……そうだ。

 大切な人一人守れずに、何が女王よ。


 守りたい。

 彼を。失いたくない。死なせない。だから、だから――


 ――守らなくては……!


 きゅうの前に、エリスは立ちはだかった。

 両手を大きく広げて、巨大なアシェルの身体をその小さな身体の後ろに隠す。


 それが、エリスにできる、精一杯だった。


 今の自分にあるのは、この身体だけ。

 泣きたくなるほどに頼りないこの、何の特別な力もない身体だけ。

 だが、今は王女という身分など、これっぽっちも役に立たない状況。


 ならば…………ならば、この身体で守るしかない!



 ――矢が、止んだ。


 鉄の矢をつがえたまま、弩弓は沈黙する。


 兵士たちは、真っ赤な血のドレスをまとうエリスに、その強い決意を秘めたみきった空のように青いサファイアの瞳に、すっかりっている。


 エリスは静かに兵士たちを見つめる。

 不思議だった。自分を狙う矢が、全く怖くなかった。

 これ以上、アシェルを傷つけさせない。彼を守る……その想いの方がはるかに強かったのだ。


 ……そうして、どれくらいの時間がこおっていたのだろうか。



「お前たち、まどわされるんじゃない!」



 ハーデュスの怒声に、弩弓を構えていた兵士の一人がびくりとした。


 瞬間、彼の手元がくるった。

 彼が慌てるも、もう遅い。


 エリスに向かって、弩弓の矢がち出された。



 ――エリスは、ぎゅっと目を閉じた。

 鉄の矢に、枯れ葉のように身をつらぬかれることを想像して、その痛みが訪れるのを待つ。



 だが、矢はエリスに届かなかった。



 ……エリスは、目を開ける。



「ア……………………シェ、ル……?」



 目の前の光景に、エリスは呆然とつぶやく。


 アシェルが、最後の力を振りしぼり、エリスの前に身を投げ出していた。

 エリスをあやめるはずだった矢……それが、盾となった彼の胸に、深々と突き刺さっている。


 時間がとてもとても遅く流れて――アシェルは、今度こそ倒れて――



 そして、動かなくなった。

 まるで絵画のように、そこだけ時間が止まってしまったように。

 ……アシェルの身体は、動かなくなった。



 エリスは、その光景に呼吸を止めた。

 ふるえながら、アシェルの顔に近づく。


「アシェル…………あなた、何で……」


 涙声で問えば、うす紫色のアメジストのような目が、エリスをづかうように、うっすらと開かれた。

 じっと見つめて、エリスをその中に映す。

 何かをうったえるように、しゃべれない言葉を伝えようとするように……瞳が、彼の心を表すように、風がでた水面みなものようにれている。



 ――ごめんね、エリス。君を、悲しませたくはなかったんだけど。

 でも、僕は、君のことを……



 エリスは、その声なき声に必死に耳をかたむけた。



 ……だが。

 やがて彼の瞳に、まぶたのとばりが下り始めて――



 アシェルは、静かに目を閉じた。



 きれいな薄紫色の宝石が、もう、見えない。もう、エリスを映さない。



「アシェル……?」


 呼びかけても、彼はぴくりともしなかった。

 冷たい雪が、銀色のまぶたに落ちても。

 エリスの指が触れても。


 アシェルは地に横たわったまま、もはや石のちょうぞうのように動かなかった。




「……アシェル………………ねえ、アシェル……?」


 エリスは彼の身体を揺すってみた。


「目を開けてよ……嘘でしょう………………ねえ…………ねえってば…………」


 祈るような気持ちで、必死に。

 強く強く、激しく……お願い、お願いよ……目を、開けて――


 けれど、大きな身体はこれっぽっちも動かない。

 先ほどは上下していた胸も、何もかも……

 動かなくなってしまった。エリスの呼びかけに、応えてくれない。


 雪が、静かに彼の身体に降り積もっていく。

 白くはかないそれは、まるでとむらいの花のようだった。

 アシェルの身体が、冷たくなっていく。


 ぽたり。


 雪ではない透明なしずくが、アシェルのはだらした。


 ぽた、ぽたり……


 雫が降っては、銀色のうろこを伝っていく。


 ……それは、エリスの目からあふれた涙だった。


「いやよ、置いていかないで……………………ずっと…………ずっと一緒にいてくれって、あなたが言ったんじゃない」


 涙が、えつが、胸の辺りからせり上がってきて、溢れて溢れて止まらない。



 彼が――アシェルが――死んでしまった。



「アシェル…………アシェル………………うっ…………く…………うう…………」


 彼の身体にすがりついて、エリスは泣いた。

 こららえようとしたが、だめだった。

 身体が、心が、ばらばらに引きかれてしまったようで……いや、その方がずっとよかったかもしれない。

 彼を失うことに比べたら、ずっと……ずっとずっと、マシだろうとエリスは思った。



 ……お願い、逝かないで。

 わたしを一人にしないで。

 


「……アシェル、わたし、ようやく気づけたのよ」


 エリスは、ちょうするように口にした。


 ……本当に、自分はなんてバカだったのだろうと思う。


 こんな簡単なことに気づかなかったなんて。

 こんな大切なことが、彼を失うその瞬間まで、分からなかったなんて。


 銀の鱗におおわれたアシェルのほお

 エリスは、そこに口づけた。


 涙の味がした。

 頬をすり寄せて、告げる。



「あなたが好きよ………………愛しているわ」



 たとえ、人間じゃなくても。


 たとえ、ドラゴンであっても。


 世界中の誰もが、化物だとおそれても。



 あなたが、もうここにはいないとしても。



 ――アシェル。わたしは、あなたを愛しているわ。





 ……胸元に熱を感じて、エリスは顔を上げた。


 アシェルのくれた、ペンダント。


 その鏡の部分が、ぼんやりと光っている――


「え…………なに………………?」


 エリスがその光を認識した瞬間。

 そこから、はげしい光が溢れ出した。



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