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【完結】生贄にされた王女は竜の城でお茶をたしなむ  作者: なんかあったかくてふわふわしたやつ
第五章 奇跡の魔法が起きるとき

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「みなのもの、聞きなさい!」


 アシェルの背から下りたエリスは、石畳の上に立った。

 足がすくみそうだったけれど、そんなことは言っていられなかった。

 広場の人々を見渡し、王女らしくぜんと、そして堂々と叫ぶ。


「わたしは正統なるエルマギアの王位継承権を持つ者、エリスティーナ・セミリヤ・エル・マギアである! わたしは女王となるべく、かの伝説のドラゴンをしたがえて眠りの森ドルミーレより帰ってきた!

 ゆえに、この戴冠たいかん式は不要である。即刻中止せよ!」


 議員たちがざわめいている。

 ある者はエリスの生存に驚き、ある者はドラゴンにおびえていた。


 その中でただ一人、微動だにしない黒いローブの男が歩み出た。


 ハーデュスだ。


「これはこれはエリスティーナ殿下。まさかお帰りになるとは」


「この通り、女王になるために提示された即位の条件は満たしてきたわ」

「ふむ。そのようですね」


 ハーデュスは、離れたところからしげしげとドラゴンを見上げる。


「さすが始まりの魔女の血を引く王女。大変感心いたしました。全く、このような化け物をどのようになずけたのか……」


「彼は化け物じゃないわ!」


 エリスは叫んだ。

 アシェルをじょくするハーデュスの言葉が許せなかった。


「ハーデュス、その王冠はあなたのものではないわ。即刻そっこく、式典を中止して返上しなさい」


「そうですねぇ………………お断りします」


「……なんですって?」


「聞こえなかったのですか。断ると言ったのですよ、エリスティーナ」


 ハーデュスの右手が上がる。

 瞬間、広場を守っていた兵士たちが、エリスとアシェルに向けて弓を引きしぼり始めた。


 無数に向くするどい矢の先端に、エリスは息をめる。


「ハーデュス、何を……!」

「もしものためにと兵士を用意しておいて正解でした。お言葉ですが殿下、ここにはあなたの味方は一人もおりません……元老院の議長たちを当てにしていたようですが」

「どうしてそれを……」


 ハーデュスが懐から、エリスに見覚えのあるものを取り出した。


 手紙だ。

 エリスが、議長に宛てた手紙……


「議長たちが何やら裏でこそこそしておりましたのでね……ざわりでしたので、牢屋に入ってもらいました」

「な、何てことを……!」


 ひどい、とエリスは言葉にならない声をあげた。

 彼らは善良な人々だった。そして、この国にくしてきた、けんある人々だった。

 なのに、邪魔になりそうだからという理由で、投獄するなんて……


 ……胸が痛んだ。

 自分が、彼らを巻き込んでしまったのだ。

 悔しくて、申し訳なくて……ぎり、と歯がみする。


「あなたの肩などもたなければ、彼らも安泰でいられたのにねぇ」


 エリスの心を読んだように、ハーデュスがせせら笑う。

 そうして、思い出したかのように「さて」と続けた。


「殿下。あなたはすでに”亡き人”なのですから、ここにいていただいては困るのですよ……

 ……今度は、確実に死んでいただきましょうか」


 ハーデュスが、にいっとゆがんだ笑みを顔に貼り付けた。

 背筋が寒くなるような笑みだった。

 エリスはれた唾を飲み込む。


 ……こうなる予感はあった。

 ハーデュスが強行すること、自分を殺そうとすることは、いつも頭の片隅にあった。


 けれど、それでも来なくてはならなかったのだ――この国の、王女として。

 この国を、守るために。


「私の勝ちだエリスティーナ。さあ……やれ!」


 その言葉で、引き絞られた弓が矢を放った。


 無数の矢が、エリスを目がけて横なぎの激しい雨のように迫ってくる。


 背後は切り立った断崖だんがいだ――逃げられない。



「アシェル、行って!」



 エリスは叫んだ。


 彼を、彼だけでも逃がさなければと思った。

 自分の都合に付き合わせて、ドラゴンの姿にまでして、そして死なせてしまうなんて……絶対に、絶対に嫌だった。


 せめて、彼だけでも……!


 あらしのように近づいてくる矢の大群を見て、エリスは観念かんねんする。


(わたし、死ぬんだわ……)


 諦めようとした。

 けれど、見苦しい姿は見せたくなかった。


 王女として、最後まで潔く――



 だがその時、エリスの視界をバサッと白いものがおおった。


 はっとして見れば、それはアシェルの翼だった。

 白く美しい鳥の羽のような翼が、エリスを守るように包み込んでいる。


 アシェルのうろこや翼の羽根が、銀色に輝き、かがみのようになった。


 その鏡面が、不思議なしょうへきを生み出し、矢をはじき返す。

 放たれた幾本いくほんもの矢は、アシェルのはだには触れられない。


 エリスは、翼の間から見たその光景に目を瞬いた。


 それはまるでいにしえに消えた『魔法』のようで――


 ガアアアアアアッ!!


 アシェルが、雷鳴のような咆哮ほうこうを上げた。


 びりびりと空気が引きかれるように振動し、兵士たちがひるむ。


「くそ……あれを持ってこい! 急げ!」


 誰かが叫んだ。

 その脇でハーデュスが兵士たちを指揮する。


「攻撃の手はゆるめるな! 安心しろ、王女を守っている限りあいつは反撃などできん!」


 ぐる……! とアシェルがうなった。

 エリスはアシェルを見上げる。

 アシェルは、炎を吐くことができない。

 この位置からの反撃は、ハーデュスの言うように確かに不可能だ。


 止むことを知らない矢の雨に打たれながら、アシェルが耐えていた時だった。


「よし、持ってきたか。準備はいいな――て!」


 そのかけ声の直後。

 一本の、太くて鋭い鉄の矢が、アシェルの障壁と翼をつらぬいた。


 アシェルが、苦痛に、耳をつんざくような悲鳴を上げる。


「アシェル!? これは――」


 エリスは、矢の飛んできた方角を見た。

 そこには運ばれてきたのだろう、攻城用のえ置き式大型()きゅうが数台設置されていた。

 その一台が、強烈な一矢を撃ち込んできたのだ。


 並んだ弩弓から続けざま矢が放たれる。

 凶悪な黒い鉄の矢が、アシェルの脇腹に刺さった。

 ドスッ、ドスッ、とくいを打つような音をさせ、脚に、腕に、次々と深い傷口を穿うがつ。


 けれど。

 アシェルは、そこから一歩も動かなかった。


 血をしたたらせながら、エリスをかばうように前に出る。


「あ、アシェル、もういい……わたしは、もういいの! だから、逃げて! お願い! 逃げてちょうだい!!」


 エリスは彼に向かって叫んだ。

 空の高みに逃れれば、矢は届かない。

 エリスを連れては無理だが、彼一人なら容易に脱出できるはずだった。


 ……それでも。


 それでもアシェルは、去らなかった。


 彼は、エリスを守ることを選んだ。


 たてのように矢面に立ち、いくも撃ち込まれる矢の洗礼を受け続ける。

 銀色の膚を、エリスの薄桃色のドレスを、赤い血が真紅に染めていく。


 エリスのほおを、アシェルの血飛沫(しぶき)が、ぴしゃりとらした。


「やめて! もうやめてちょうだい! お願い……!!」


 エリスは必死に叫ぶ。

 アシェルが死んじゃう。死んでしまう。

 わたしはどうなってもいい。だから、だからお願い、彼は……彼だけは、助けて!


 残酷ざんこくな音が、光景が、エリスの耳にこびりつき、目に焼き付く。

 その惨劇さんげきは一瞬だったのかもしれないが、永遠のようで……



 ……やがて、アシェルのひざが折れた。



 エリスの盾になっていたその身体が、どさりと重たい音をさせて地面にくずれ落ちる。



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