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【完結】生贄にされた王女は竜の城でお茶をたしなむ  作者: なんかあったかくてふわふわしたやつ
第四章 彼の決意

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 エリスとアシェルは、それから三日の間、楽しかった日々をなぞるように暮らした。


 城の掃除そうじに洗濯を共にして、書庫では並んで読書を、それからエリスのれたお茶でティータイム。

 中庭で語らい、夜は一緒のベッドで寝て、互いの体温を分け合った。



「エリス、今晩が最後だね」


 三日目の晩、ベッドの中で、アシェルがさびしげにつぶやいた。

 エリスを背中からぎゅっと抱きしめて……まるで、別れを惜しむように。


「……ねえ、エリス。一つだけ、頼みがあるんだ」

「なに……?」


「…………僕がドラゴンになっても、嫌わないで欲しいなって」


「き――嫌いになんてならないわ!」


 思わず振り返り、エリスは叫んだ。

 薄闇うすやみの中、アシェルの目を見て、声をふるわせる。


「絶対……絶対に、嫌いになんか…………」


 なるわけがない。


 だって、こんなに悲しいのに。

 離れたくないのに。

 ……離れたく、ない。


 自分の、王女じゃない部分が、彼を求めている。

 こんなにも、彼を……


「エリス……ありがとう」


 アシェルのうでが、エリスを優しく抱き寄せた。

 エリスは小さく首を振る。


「違うわ、アシェル。お礼を言わなきゃいけないのは、わたしの方よ……選んでくれて――」


 ――“ありがとう”。

 彼の胸に頬を埋めながら、言った。


 アシェルは、エリスの未来を選んでくれたのだ。

 自分の未来をせいにして。


 だから、応えなくてはならない。

 必ず女王にならなくてはならない……


 そんな決心とは裏腹に、エリスは朝がこなければいいのにと思った。

 ずっとこの夜が続けばいいのに……そうすれば、彼と、ずっとこうしていられるから……


 けれど、そんな願いは叶わないこと。




 三日後の、その時がやって来た。




「まあ、人間の生活も悪くなかったよ」


 中庭の中央に立ち、アシェルが感慨かんがい深げに城を見渡して言った。


 み渡る空を泳ぐ太陽が中庭の上にいて、白い光をアシェルに注いでいるようだった。

 アシェルの銀髪と、しろちょうがいのような左(ほお)うろこが、きらきらと光っている。


「メイル、君のおかげで城での生活はとても快適だった。僕なんかにつかえてくれて、ありがとう」

「ご主人様……いえ、もったいないお言葉です……本当に……もったいない……」


 うなだれるメイルの肩を、アシェルが両腕で抱いた。


「泣くなよメイル。君はよろいだろ」

「鎧だって悲しければ泣くんですよ……ううう」


 彼がぽんぽんと背中を叩くと、鎧がぐすりと鼻をすすり、うめいた。

 アシェルが困ったように微笑む。


「さて、そろそろ行かないとね……エリス」


 呼ばれて、薄桃色のドレスを着たエリスは、彼の元へゆっくりと歩み寄った。

 見つめあったのもつかの間、気づけば腕を引かれてアシェルの胸の中にいる。

 目頭が一気に熱くなった。アシェルがささやく。


「……大好きだよ、エリス。きっと、ドラゴンになっても変わらないから。

 ずっと、好きだ」


「アシェルっ……!」


 エリスは彼を抱きしめ返した。


 胸の奥から、悲しみが津波のように押し寄せてくる。

 彼を放したくなかった。

 放してしまえば、彼は、もう……


 この古城にやってきてから、まだいくばくしか経っていない。けれど。


 彼と過ごした時間。



 その全てが、愛おしい。



「エリス……――さようなら」


 アシェルが、エリスから身体を離した。

 エリスはとっさに手を伸ばした。遠くなる。彼が行ってしまう。

 待って、行かないで――エリスが叫ぼうとした瞬間。


 ぴしっと空気が割れる音。

 そして、真っ白な光がアシェルの身体からあふれた。


 太陽が目の前に落ちてきたようだった。

 あまりのまばゆさに、エリスは思わず目を閉じる。

 世界が光で塗りつぶされる。眩しい――


 ――しばらくすると、まぶたの裏にせいじゃくが戻ってきた。

 そっと、目を開く。


「あ……」


 心臓が、こおった気がした。


「……あ……、ああ……………」


 エリスは言葉にならないうめき声を上げながら、ひざから地面に力なくくずれ落ちた。

 目の前の残酷ざんこくな光景に、三日間ずっとえていた涙が、せきを切ったようにぼろぼろと溢れてくる。


 庭の中央。

 アシェルがいたはずの場所。


 そこにアシェルは――あの美しい青年は、いなかった。


 代わりに佇んでいたのは……巨大な銀色の、ドラゴン。


 銀の鱗におおわれたはだ、白銀のたてがみとへびのような尾、鳥にも似た大きな翼に、するどい牙とかぎ爪――

 ――薄紫の、


 それは、これまでエリスが見たどんなものより美しい生き物だった。

 陽の光を反射して、全身から七色の光を発しているように見える。


 エリスは、視線でドラゴンの姿をなぞった。

 膚を見れば、アシェルの左頬を思い出した。

 たてがみを見れば雪のような髪を、アメジストのような薄紫の瞳は、人間の姿だった頃の彼のままで……


「アシェル……?」


 ドラゴンは静かな、悲しげな目でエリスを見ていた。

 ぐる、とのどを鳴らして答える。人の言葉が、利けないようだった。


 エリスは、愕然がくぜんとする。


 覚悟していたことだ。

 けれど、彼と、二度と言葉を交わすことができないなんて。

 彼の優しい声が聞けない……もう名前を呼んでもらうこともできない……


「アシェル、ごめんなさい。わたし……ごめんなさい……!」


 女王になるために。

 自分のために。

 アシェルを変えてしまった。

 彼を犠牲にした。


 ……涙のカーテン越しに、消えてしまった青年の姿が見える気がした。


 けれど、彼はもう――



 ――なげきに目をつぶり、絶望にうつむいた瞬間だった。


 ざり、と頬にざらついたものが触れた。


「わ……」


 びっくりして目を開ければ、目の前に大きな二つの薄紫の眼が。

 ぐるう、とアシェルが鼻面をエリスにすり寄せてきた。

 あまりにも大きなたいなので、エリスの身体がすられたようによろめく。


「あ、アシェル? や、やだもう……!」


 ドラゴンが、器用に尻尾でエリスの身体を包み込んだ。

 すり、と頬を寄せてくる。

 まるで、泣かないで、とでも言うように。


 エリスは泣きらした目元をぬぐい――立ち上がった。

 目の前のドラゴンを見上げて、ささやく。


「…………あなたなのね、アシェル」


 薄紫の瞳が真っ直ぐにエリスを見つめている。


 アシェルだ。


 言葉は交わせない。

 けれど、彼は変わらずここにいる。


「……アシェル。フェリシーダ城へ、わたしを連れて行ってくれる?」


 ぱちり、と薄紫色の瞳が一度(またた)いた。


 ドラゴンが、地にせる。

 エリスに、背中に乗れと言っているようだ。


 エリスはメイルに手伝ってもらいながら、アシェルの背によじ登った。

 たてがみをつかみ、落ちないように背にまたがる。

 ふわり、と羽のような翼がエリスの頬をでた。くすぐったい。


「それじゃ、行ってくるわね」

「エリスさん、お気をつけて……!」


 メイルが叫ぶように言う。


 アシェルが大きく羽ばたいた。

 風が巻き起こり、中庭の植物をざわめかせる。


 二度、三度と翼が風をはらむと、アシェルの身体が浮き上がった。

 エリスの身体も、地面から離れていく。


 地上で見守るメイルが、どんどん小さくなっていく。


 アシェルと踊った中庭が遠くなる。

 古城も、眠りの森も、全てが遠ざかっていく。


 真っ青な空の中に落ちて、上下が分からなくなるようだった。

 必死にアシェルの背にしがみつく。怖い。



 ――エリス、見てよ。



 そんな声が聞こえた気がして、エリスはそろりと目を開けた。


 冷たい風の中、エリスは光の中にいた。

 太陽が、彼女を頭上から照らしていた。

 泳ぐような雲が近い。まるで天国にでも来てしまったかのように錯覚さっかくする。


「……きれいね、アシェル」


 アシェルがうれしそうな鳴き声を上げた。


 眼下には、眠りの森が地上の全てを覆う海原ように広がっている。

 その先、空と森の境界に、エルマギア王国の王都アモルが見えた。

 アモルの上空は黒い雲に覆われている。森との間に、空気の境目があるらしい。


 エリスは王都を真っ直ぐ見据みすえた。


 ……あそこに、今から自分は戦いに行くのだ、と。


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