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【完結】生贄にされた王女は竜の城でお茶をたしなむ  作者: なんかあったかくてふわふわしたやつ
第四章 彼の決意

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「……僕が千年の間、この城で眠りについていた理由をずっと考えていた。分かったんだ。きっと、君を助けるためだったんだと思う。僕は、君のために目覚めたんだ。君を女王にするために、僕は今ここにいるんだよ」


 違うわ、とエリスは思った。

 そんなはずない。わたしの都合のためだけに、あなたはここにいるんじゃない――


 ……けれど、言葉に出来なかった。

 アシェルの優しいほほみを見ていたら、胸がつぶれたように何も言えなくなってしまった。


戴冠たいかん式だっけ。三日後、だったよね」


 アシェルはケヴィンにたずねた。

 真剣な顔で見つめていたケヴィンが、うなずく。


「ああ。そうだ」

「その式典の最中に、死んだと思われてる王女が伝説のドラゴンをしたがえて現れたら、みんなびっくりするんじゃないかなーって思うんだけど、どうかな」

「……悪くないと私は思うぞ。だが、エリス……君は、それでいいのか」


 ケヴィンの問いに、エリスは硬直した。

 心臓を、氷のくいで打ち付けられたようだった。


 アシェルがドラゴンになる。

 人間として生きる未来をあきらめて、エリスが女王になる未来を、彼は選ぼうとしてくれている。


 ……なら、わたしは?


 彼と共に生きる未来。

 女王になって、国を、民を守っていく未来。


 どちらを選ぶのか。選ばなければならないのか。


 わたしは――




「……アシェル、お願い。ドラゴンに、なって」


 それが、エリスの選択だった。

 ふるえる声で、ぐ彼の目を見て、そう言うのがやっとだった。


「うん」


 アシェルが、頷く。

 おだやかな微笑みを浮かべていた。

 きゅ、とエリスの手を握る彼の手に、力が入る。


「三日後の正午、僕はドラゴンになって、エリスを連れてフェリシーダ城の広場に行く。エリスを、女王にする。約束するよ」


 アシェルがケヴィンに言った。

 二人の男が見つめ合う。その間には、無言の同意。


「……そうか。それでは私は、全力でそなたたちを援護しよう。先にアモルへ行っている」

「うん、頼むよ。それと、エリスと楽しく過ごしたいんだ……最後の日まで。いいかな」


 最後の問いは、エリスに向けてのものだった。


 手を握られたまま、エリスはうつむいた。

 最後の日、その言葉に泣きそうだったのだ。胸が苦しくて、鼻の奥がつんとして、目の奥が熱かった。

 アシェルの目を見ていられなかった。泣いてしまう。

 自分で選んだことなのに、なんて勝手……


 エリスの無言を、アシェルは肯定ととったらしい。


「ありがとう、エリス」


 そう言って、アシェルは笑った。


「……私は準備ができ次第、この城を出る。何かそれまでにできることがあれば、言ってくれ」


 言い置いたケヴィンは、「馬の様子を見てくる」と騎士と共に城の外へと出て行った。


 静かになった城内に、エリスとアシェルは無言のまま。

 メイルが悲しげに自分の方を向いているのに気づき、アシェルは明るく声をかけた。


「メイル。今晩からはとびきり贅沢ぜいたく美味うまい料理を食べさせてくれるかい。フォークとナイフを使うのも、最後になるからさ」

「ご主人様……は、はい! しょうメイル、誠心誠意、心を込めてお作りいたします! では、さっそく準備に参りますね……うう……」


 涙声のよろいは、そのまま調理場の方にけていく。


 あとには、エリスとアシェルだけになった。


 俯いたままのエリスの肩に、そっとアシェルの手が触れる。

 エリスがびくりとした瞬間、アシェルがエリスを抱き寄せた。

 壊れものをあつかうかのように、そっと、優しく……

 エリスの目から、涙がひとしずくこぼれて、アシェルのシャツにみを作った。


「エリス。また君にい寝をしてもらいたいんだけど。いいよね?」

「……だめなんて、言えないわ……」

「よかった」


 エリスのにおいを確かめるように、アシェルがエリスの首筋に顔を埋める。

 エリスは、彼の身体を抱きしめ返した。


 彼が消えてしまわないように。

 彼という存在をかき寄せるように。





「ケヴィン様、お願いがあります。これを、届けていただけませんか」


 その日の昼過ぎ、ケヴィンがしゅったつのため城を出ようとした時だった。


 一人見送りに来たエリスは、彼にそっと一通の手紙を差し出した。

 ケヴィンが受け取り、しげしげとながめる。


「……これは?」

「元老院の議長へてた手紙です。元老院の議員のうち、議長を始めとした数名は、信頼できる人たちですので」

「力を借りようと言うのだな?」


 こくり、とエリスは強く頷いた。


「……わたし、まだ、女王とは言えない未熟者です。こういう時、どうしたらいいかなんて、全然分からない。けれど、ハーデュスがそのつもりなら……わたしも戦わなきゃって」


 手紙には、エリスの想いがしたためてあった。

 自分がまだ生きていること、ハーデュスと戦うつもりでいること、議員たちの力を借りたいという切なる願い――それを、城の中で見つけた古びた羊皮紙に、必死に書きつづった。


印璽シールもなくて、わたしからのものだって、信じてもらえるかは分かりませんが……」


 エリスは、くちびるんだ。

 自分が今できることは、これくらいしかない。

 悔しいし、情けない。けれど、これしか……


「いい顔つきだ」


 ふいにケヴィンが口角を上げた。

 エリスは「え?」と首をかしげる。


「決意に満ちた顔つきだ。そなたは今、戦う者――大切なものを守ろうとする者の表情をしている。そういう者に、天は味方するのだ。

 これは必ず渡そう。必ずやそなたの想い、届けようぞ」


 ケヴィンは手紙を甲冑の間からふところにしまい、「では三日後、また」と言い残して、颯爽さっそうと城を出て行った。

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